竜装騎士、宿屋で魔王の副官を働かせてしまう

「ふわぁ~あ。それじゃあボクは、エルム以外の異物を背中に乗せて疲れたから寝るね~」


「ああ、おやすみバハさん。お疲れ様」


 いつもの面々が酒場に集まっていた。

 本来なら客の冒険者たちもいて忙しいのだが、本日はセルフサービスだ。

 勝手に酒を注ぎ、作り置きの料理を取り、貨幣を置いていく。

 ちなみにセルフサービスにしても、客の冒険者たちは盗みや金額のちょろまかしはしない。

 後が恐ろしい事を知っているからだ。


「あ、そうそう。寝る前に言っておくけど、後でお客さんが来るかも知れないね。それじゃあ、おやすみエルム~」


「お客?」


 聞き返してみたが、子竜の姿に戻っていたバハムート十三世は、エルムの膝上で気持ちよさそうに眠ってしまった。

 まぁいいか、とエルムは話を戻した。


「あらためて紹介する。この執事の格好をしているのは、元魔王軍の副官だ」


「ま、魔王軍の副官!?」


 酒場のテーブルを囲む面々は、ジ・オーバー以外驚きの声をあげた。


「あ、あの時、村を襲ってきて、エルム殿に蘇生させられた……?」


「そうだ」


「危険ではないのですか? 確か悪魔、それも上位種だったはずです」


 勇者は、その立場上どうしても抑えきれないのか、声を荒げていた。

 それに対して余裕の副官。


魔王軍の副官ですよ、勇者。それにただの上位悪魔アークデーモンでは、どう足掻いてもエルムさんには敵いません。まぁ、もっとも? 勇者を軽くひねり潰す事は可能ですがね?」


「クッ、貴様。このわたしを侮辱するか!?」


 両者の間に魔力を帯びた視線がバチバチと火花を散らしていた。

 慌てて止めに入るエルム。


「ま、まぁまぁ落ちつけ。副官は上級悪魔でも、先の帝都の折に住人を救ったり、俺に情報をくれたりと陰で活躍していたんだ」


「……そんな事が。エルム殿が言うのなら正しいのだろう。非礼を詫びよう」


 スッと引き下がる勇者に、エルムはホッとした。

 既に勇者は魔王と話したことにより、魔王軍への敵意も薄れていたのかも知れない。

 次に興味を持ったのは、ガイとオルガだった。


「へぇ~。コイツが上級悪魔ね~。ただのスカした野郎にしか見えないぜ?」


「あら~。エルムとはまた違ったイケメンね~。目の保養になるわぁ~」


「っおい、オルガ。超絶イケメンなオレが横にいるだろう!?」


「ガイとは別腹よ~」


 いつものようにイチャついてるカップル。

 それを横目に、マシューとウリコは別の観点から見ていた。


「確かに外見は人間ですけど、私が視たところ……メガネが魔界で作られたものですね……」


「ウリコさんも気が付きましたか。僕から視ても、その身体自体が武器のようになっていて、言われてみれば上位魔族の特徴がありますね」


「な、なぜわかるのですか!? 完璧に化けてるワタクシの事が!?」


 副官は、マシューとウリコの言葉に驚いた。

 並の魔術師では見破れない様に魔法で変化しているのに、それが見た瞬間に看破されたのだ。

 魔族の常識からして、ただの人間相手ではあり得ないことだ。


「そっちのウリコはSSSランクまでの鑑定眼持ちで、マシューはレア職業ウェポンマスターだ」


「エルムさん、それは本当ですか……!? この村はとんでもない人材がいるのですね……」


 そこで副官はハッとした。

 エルムの周りにいる存在が全員、脅威の存在なのではと勘ぐったのだ。


「もしかして、そっちの如何にも低級冒険者なカップルも隠された力があるのですか!?」


「えっと……そっちの二人は……。ん~、オルガの方は酒場のツマミを作るのが上手い。絶妙な塩加減で冒険者に酒をグイグイ飲ませて、この店の生命線の一つとも言える」


「料理と酒……確かに軍の士気を高めるのに有効ですね」


「そっちのガイの方は――」


「おぉ? オレ様の紹介か? ドーンとやってくれや!」


「……特に何もない」


「そう、エースであるオレ様は特に何も……何も……だと!? エルム、何かあんだろゴルァ!!」


 ガイが憤慨した表情で睨み付けるも、エルムは静かに目をそらした。

 相方であるオルガはクスクスと笑う。

 そして、マシューだけが――。


「ガイさんの良いところはですね、勢いがあることですね! あとはオルガさんに優しいし、最近だと僕にもちょっとずつですが、二人きりの時に褒めてくれたりとか――」


「だーッ! うっせぇぞマシュー! やっぱ特に何もない男の方が、後で成り上がった時にギャップで格好良いからな! 特に何もない男で、もういいぞ!?」


 ガイは照れ隠しに頭を掻いた後、顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏してしまった。

 マシューは不思議そうにそれを眺めて、指で突っついていた。


「あらあら、ガイったらぁ。どっちが年上なんだかぁ~」


 オルガもそれを面白そうにつっつく。

 左右からつんつんされる図は、哀れとしか言いようがない。


「な、なるほど。悪い方では無さそうですね」


「例え昔は悪い一面があっても、それを償っていけばいいんじゃないか。もっとも、当事者同士が和解をすればの話だが――」


 そのエルムの言葉に、副官はドキリとした。

 自分の事でもあるからだと気付いたからだ。

 確かに副官は帝都で、それなりの償いをしたのかもしれない。

 しかし、被害の当事者であるボリス村の住人たちには償いをしていないのだ。


「わ、ワタクシは……許されるのでしょうか?」


 悪魔らしくない、不安げな表情の副官。

 今までは人間と一線を置いた上級存在だったが、なまじ関わってしまったために感情移入をし始めてしまったのだろう。

 それを今まで黙って見ていたジ・オーバーは、魔王としての言葉を発した。


「副官よ、ならば命令を与える!」


「ジ・オーバー様……!?」


「ここで我の副官として働き、村人や冒険者のために汗を流すのである!」


「わ、ワタクシが村のために……どの面を下げて……」


「ふんっ! 既に魔王である我が、メイドの格好をして働いておるのじゃ。副官の一人や二人追加したところで、どうとも思うまい。このエルムによって慣らされた、ボリス村の住人はな」


「ジ・オーバー様……! そのようなお考えを……!?」


 手間の掛かる幼女のような存在であった魔王が、一人で立派にやって、自らに生き方を示すくらいに成長していたのだ。

 感銘を受けないはずが無い。


「はい、わかりました! この副官、新たな魔王城で立派に勤めを果たします! 粉骨砕身の……覚悟ですッ!」


 涙ぐむ副官。

 メガネを取って、胸ポケットに入れてあったハンカチで拭いた。

 そして暫くした後、表情をポーカーフェイスに整えて、副官としての威厳を取り戻した。


「ジ・オーバー様。この副官めに、最初の御命令を――」


「うむ! 皿洗い!」


「はっ!」


 こうして、新たな従業員が誕生したのであった。

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