第100話 好みのハンカチ

 ショッピングセンターは大量のカップルで埋め尽くされている。

 周りから見れば俺と楓もカップルに見えるのだろうか。

 いや、あまり意識し過ぎるのは良くない。純粋に楓と過ごすクリスマスを楽しもう。


 楓とショッピングを楽しんでいる間、聞き馴染みのあるクリスマスソングが無限ループしている。


 聞き馴染みがあると言ってもテレビのコマーシャル等で聞いたことがあるだけで、実際こうして家の外でクリスマスソングを聞いた経験はほとんど無い。


 クリスマスは毎年家に閉じこもるか、風磨と過ごすかのどちらかだった俺はこうしてクリスマスの雰囲気を直に味わうのは初めての経験だった。


 各所に設置されたクリスマスツリーはオーナメントで装飾され、店の看板も赤、緑を基調としたデザインで彩られている。


 この雰囲気のせいで気分が浮つくのは理解できるが、どうにも落ち着かない。


「賑やかだけどなんか落ち着かないな……」

「そう? 装飾がきれいだし、クリスマスソング聞いてると私は楽しくなっちゃうけど」

「まあそれは分からなくもないが……」


 俺とは違いクリスマスの雰囲気を楽しむ楓の姿を見ると、これが本当に初めて男子と過ごすクリスマスなのか? と疑いたくなる。


 まあ俺が本気でクリスマスを楽しめていないのは告白の返事をどうするか決め切れていないからだろう。


「ちょっとトイレ行ってくるわ」


 緊張していたせいか尿意を感じた俺はトイレに行く事にした。


「楓は大丈夫か?」

「大丈夫。ここで待ってるね」


 楓を待たせてはいけないと出来るだけ早く用を足し、手を洗った俺はトイレを後にする。


 しかし、トイレの外で楓が待っていると言った場所に楓がいない。遠くには行っていないだろうと辺りを見渡すと楓がお店の前で物欲しそうに何かを見つめていた。


「なに見てるんだ?」

「祐⁉︎ お、思ったより早かったね」

「ああ。小の方だったからな。で、なに見てたんだ?」

「な、なんでもないよ。私もちょっとトイレ行ってくる」


 そう言って楓は逃げるようにトイレへと入って行った。


 楓が眺めていた棚に陳列された商品を見るとそこには彩り豊かなハンカチが並べられていた。


 こんなハンカチが好みなんだな……。


 しばらくして楓がトイレから戻ってきた。その後も俺たちは服を見たり雑貨を見たりして過ごした。


 世の日菜ファンがこの光景を見たらどう思うだろうか。発狂して1週間は家で寝込むんじゃなかろうか。

 そんな皆んなから羨まれる状況を本気で楽しめていない自分の決断力の無さが恨めしい。


 告白の返事を決断しないといけない時間は刻々と迫っている。

 それでも尚、告白の返事を決めきる事はできていないのだった。

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