第80話 逃避行

 改札の外で楓を呼び止めた俺は楓と一緒に改札を通ってホームで電車を待っている。


「何で東京までついてくるの」

「声優だって事をみんなに知られたからって別に学校を辞める必要は無いだろ? 何か理由があるんじゃないか?」


 以前楓から聞いた話では、日菜として声優の活動をしている事が学校のみんなに知られたら学校を辞めなければならないとの事だった。


 しかし、俺はその話に違和感を覚えた。


 確かに楓が日菜として声優活動をしている事がみんなに知られれば、学校生活に支障が出ることも少なからずあるだろう。


 だが、それが学校を辞める理由にはならないはずだ。高校卒業まで残すところ半年程度。


 その半年さえ乗り切れば卒業出来ると言うのに、みんなに知られたから学校を辞めるなんてあり得ない。


 何か他に理由があるはずだ。


「マネージャーさんに言われてるの。学校のみんなに知られたら学校を辞めさせるって」

「そんな横暴な……。声優の日菜だって知られたからってなんで学校を辞めないといけないんだよ」

「今まで普通の学生として、普通に学校に通ってるのも私がマネージャーさんに無理を言ってるからなんだ。せめて高校卒業までは普通の女の子として生活したいって思ってるから」

「それなら卒業までは普通の女の子でいてもいいじゃないか」

「ううん。本当だったらもう上京して声優の仕事に専念しないと行けないの。無理やり仕事も減らしてもらって、仕事の日は東京まで新幹線で行ってるし。だから、もし楓として学校に通っていることがバレたらすぐにでも学校を辞めて上京するっていうのがマネージャーさんとの約束」


 諦めたように肩を落とし、力なく話す楓の姿を見ているとなんとかしてやりたいと思わずにはいられなかった。


 楓は学校を辞めたくないと思っている。


 それ以上に俺は楓に学校を辞めて欲しくないと思っている。残り半年の貴重な学校生活に楓がいないだなんて考えられない。


「俺がマネージャーに直談判する」

「だ、大丈夫だよ。マネージャーさん頑固だし」

「それでも話をしないと気が済まない」

「……そう」


 東京について行きマネージャーに直談判するという俺の言葉に楓は賛同も反対もせず、ついてきたいなら勝手にすればとホームに入ってきた電車を見つめている。


 そうさせてもらうよ。勝手について行く。このまま楓が学校に来なくなるなんて絶対に嫌だ。せめて最後まで悪あがきをさせてくれ。


 平日の学校終わりに男女が2人で東京に向かう。


 ドラマでよくある逃避行のような展開だが、この急展開にあまり動じていない自分が意外だった。

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