第78話 緊急事態

 告白の返事をすると意気込んで登校したその日、楓は風邪で休んでおり学校には登校していなかった。


 今日に限って楓が登校していないとは……。


 声優の仕事なのか、はたまた本当に風邪なのか。


 今日楓に告白することが出来なくなった俺は気が抜けてしまい、午前中の授業には全く身が入らなかった。


 先生が喋っている言葉も全て右から左へと通り抜けて行くだけ。何も身にならない。


 気が抜けてしまいただただ眠いだけの午前中を乗り切って昼休みになった。


 いつも通り教室で風磨と昼飯を食べている。


「なぁ、聞いたか?」

「ん? なにを?」

「この街に、お前の大好きな日菜が住んでるらしいぞ」

「ブォフッ‼︎」


 俺は思わず口に入っていた弁当のおかずを吐き出してしまった。


「ちょ、汚ねぇな‼︎」

「ご、ごめん。で、日菜がなんだって?」

「いやだから、日菜がこの街に住んでるらしいぞって」

「ど、どこ情報だそれは」

「同級生に聞いたんだよ。噂が広まってるらしい」


 風磨の話を聞く限りでは、日菜がこの街に住んでいると言う噂が広まっているらしい。

 しかし、それが楓だと言う事実はまだ噂として広まっていないようだ。不幸中の幸いだな……。


「そ、そうか。日菜がこの街に住んでるんだとしたらいつか会えるかもな」 

「あれ、意外と驚かないんだな。祐ならもっと飛び跳ねて驚くと思ったけど」

「まあな。俺も大人だし、その噂が事実かどうかもわからないのに飛び跳ねて喜ぶことなんてしないよ」


 日菜がこの街に住んでいる事はもう知っているし、日菜が同じ学校に通っててしかも告白をされた。


 だから今更俺が驚くことは無い。


 俺が懸念しているのは日菜がこの学校に通っていると知られてしまったら、学校を辞めなければならないと言うところ。


 今日、楓が休んでいるタイミングも怪しく感じてしまう。楓はすでにその噂が広まっていることを知っており、学校を休んだんじゃ無いか?


 いや、いくらなんでも日菜がこの学校に通っている地味で引っ込み思案な女の子、楓だと気づく人はいないだろう。

 事実、楓は高校3年生になるまで誰にも気づかれずに普通の生活を送っている。


 そんな簡単に理由もなく楓が日菜だとバレるわけがない。


 自分にそう言い聞かせるが、楓の事が頭から離れず午後の授業に全く身が入らなかった。


 そして放課後、祐奈に屋上へ呼び出されている俺は楓の事は一旦考えないようにして屋上に向かうことにした。


 もしかすると今から告白されるのか? と考えている自分がいる。


 そんなわけないし、そうじゃなかったときのショックを考えればそんなことは考えるべきではない。


 しかし、どうしても告白されるのではないかと考えてしまう。


 期待と不安が入り混じる中、屋上に向かう途中で同級生の女子が4人で集まって話をしていた。

 別に仲が良いわけでもないし音沙汰なくその4人の横を通り過ぎようとしたが、俺の耳にとんでもない言葉が聞こえてきた。


「同級生の楓さん、日菜って名前で声優の仕事してるらしいよ」


 ん? 今なんて言った?


「あ、それ私も聞いた。日菜って声優、だいぶ人気らしいね」


 これは緊急事態だ。楓が日菜だと言うことがみんなに知られてしまっている。


 ……やばい。

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