第36話 母親の反応

 磨りガラス越しに玄関の扉の向こう側に祐奈の母親の姿を確認した俺は、急ぎながらも忍び足で2階に登った。


 祐奈の部屋に入った俺は、祐奈の母親がこの部屋に入ってくる可能性を考え、クローゼット中に隠れた。


 クローゼットの中に収納されている服からは祐奈の香りがする。祐奈の服に挟まれながら、あたかも祐奈が自分に密着しているような感覚になった。


 こんな状況でそんなことを考えられるとは、俺も意外と大物なのかもしれない。


 1階から祐奈と祐奈の母親の会話が聞こえてくる。


「あら。今日は早かったのね」

「う、うん。今日は友達と寄り道とかしなかったから早く帰ってきた」


 祐奈と似た声だが、ワントーン声が低く落ち着いた女性の声が聞こえてくる。


 その声だけでも祐奈の母親が美女であると容易に想像が出来るほどの美声だった。


 母親との会話を終えた祐奈は階段を登り部屋に戻ってきた。


「あれ、祐くん?」


 扉を開け部屋に入ってきた祐奈は俺がクローゼットの中に隠れているということに気がついていないようだ。

 祐奈の母親に俺が家にいることがバレないよう、いち早くこの家を後にしたい俺は急いでクローゼットを開けた。


 するとドンッと言う重たい感触の後に、「あっ」という祐奈の声が聞こえた。

 俺が開いたクローゼットの扉にぶつかった祐奈が倒れそうになっている。


 俺は咄嗟に祐奈の体を支えようと祐奈の腕に手を伸ばす。

 祐奈の腕をガッチリと掴んでなんとか踏ん張ろうとしたが、非力な俺の力では祐奈を支え切れずにそのまま倒れ込んでしまった。


 そして再び先ほどと同じ、俺が四つん這いで祐奈の上にいるという体勢になった。

 いや、この体勢になるの2回目なんだけど。さっきピンチを乗り越えたばっかりなのにまたピンチなんだけど。


 俺と祐奈はその体勢でしばらく顔を見合わせる。


 すると、ガチャっと音を立て祐奈の部屋の扉が開く。


「……あらまぁ」


 扉の方向を向くと、そこには祐奈と同じく小柄な美女がこちらを向いていた。


 口を手で押さえ驚く祐奈の母親に急いで弁解する。


「あ、あの、こ、これはですね、ち、ち、ちがうんです‼︎」

「お邪魔しちゃったわね。ごゆっくり〜」


 そう言い残して笑いながら部屋を後にする祐奈の母親に、祐奈も、「ち、ちがうから‼︎」と大声を出して否定するがその声が母親に届いたのかどうかはもはや分からない。

 

「これ、大丈夫なのか?」

「私のお母さん、ゴシップ系のお話が大好きなので……」


 ゴシップが好きって、それだけで済む話なのか?


 俺はそのまま何事もなく自宅へと帰宅した。祐奈のお母さんには変な勘違いをされてそうだけど。

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