第15話 ライブ当日1

 ライブ当日の朝、予定通りの時間に目覚ましに起こされ寝坊せずに済みほっと胸を撫で下ろした。


 寝癖が付きボサボサになった頭を掻き毟りながら上体を起こしテディベアの様にベットに座った状態になる。


 今から楠木と2人でゆいにゃんのライブに行くというなんとも非現実的な予定を未だに受け入れられていない。


 普段は寝癖を直す為に髪の毛を水で濡らしドライヤーで乾かす程度。

 しかし、今日は念のため朝起きてもう一度シャワーを浴びた。

 寝汗のせいで臭いと思われるリスクを軽減したかった。


 髪型や体臭よりも困っているのは服装だ。俺は女の子と出かけたことが無いため、今どきのお洒落な服は持っていない。


 かと言ってトレンドを取り入れた服装をする為にアパレルショップに行きわざわざ服を購入するのも面倒くさいし恥ずかしい。


 悩みに悩んだ挙句、俺はジーンズにシャツを羽織る無難な格好で家を出た。


 楠木を俺より先に駅に到着させては男が廃ると思い、俺は集合時間の30分前に駅に到着するよう家を出た。

 早すぎたかもしれないと感じたが、楠木を駅で待たせるより自分が待ったほうが良い。


 駅に到着し辺りを見渡すが楠木はまだ到着していないようだ。

 それも当たり前か。30分前だからな。


 俺は駅の改札前の柱にもたれ掛かり、立ったまま携帯を弄っていた。

 アプリのゲームやSNSを確認して時間を潰す。


 自宅で携帯を弄っているといつの間にか時間が経過していることが多いが、人を待つために携帯を弄るとなると意外に時間は過ぎてくれない。

 10分が経過し、残りは20分。あと20分もどうやって時間をつぶせばいいんだよ......。


「ーー渋谷さん?」


 残りの待ち時間に途方に暮れ、ため息をつき下を向いていた俺の右方向から声をかけてきたのは楠木だった。


 驚きのあまり、楠木を舐め回す様に直視する。


 最近は毎日のように楠木とファミレスに行っていたはずなのに、今日の楠木からは違和感を感じる。


 ーーそうか‼︎ 楠木が私服を着ているからだ。


「く、楠木⁉︎ は、早いな」

「すいません。渋谷君を待たせないようにと思って早く家を出たつもりだったんですけど......」

「全然待ってないよ。それにまだ集合時間の20分前だ。早いくらいだよ」


 考えていたことは同じだったようだ。相手を待たせないようにという楠木の優しさは想像した通りだった。


 楠木とファミレスに行き始めた頃は会話をするだけでも相当緊張したが、今となっては会話をするくらいなら朝飯前だった。

 しかし、今日は楠木が私服を着ているせいか緊張で上手く話せない。


「あれ、楠木っていつも眼鏡かけてないよな? 今日はどうして眼鏡を?」

「変装です‼︎ もし知り合いに声優さんののライブに行くことがバレてしまったら大変ですから」


 自慢げに眼鏡を見せびらかしてくるが、正直なところ眼鏡一つだけではまったく変装になっていない。


 楠木を知っている人なら誰が見ても楠木祐奈だと気付くだろう。

 楠木の可愛さは眼鏡をしても隠しきれないってことか。


「早くついたことだし予定より1本早い電車に乗るか」

「了解です! 次の電車は……」


 楠木は乗換案内アプリで次発の電車の時間を調べ始めた。


「や、やばいです。もう1分後に発車です‼︎ 早く乗車券を買わないと‼︎」

「お、まじか。とりあえず2枚分チケット買っておくよ」


 ありがとうございますとぺこりと頭を下げる楠木に券売機から出てきた乗車券を渡し改札を通る。


 改札からホームまでは小走りで向かい何とか電車に乗ることが出来た。良い子は駆け込み乗車はやめましょう。


「ギリギリだったな」

「早めに来たのに遅刻しそうな気分です」


 お互いが息を切らし額に汗が滲む。6月に突入し気温はもう少しで真夏日になるという気温まで上昇している。


 ハンドタオルで汗をポンポンと拭う楠木にやたらと女性らしさを感じた。


 電車には乗客が大勢おり、座るスペースがない。

 俺と楠木は電車の端の方で2人でつり革を持ち立っていた。


 楠木はつり革に手が届くか、届かないかの瀬戸際で背伸びをしてやっと手が届いている。


「ここ持っていいぞ」


 そう言って俺が指差したのは俺が持ってきたリュック。


 地肌に触れさせるのは気が引けるが、鞄なら楠木に触らせても嫌がらないだろう。


「あ、ありがとうございます」


 それにしてもあれだな。うん。この状況はもうどう考えても……。


「デートみたいだよなぁ」


 ……あ、俺今口に出たか⁉︎


 大変なことを口にしてしまった。楠木も下を向いて恥ずかしいのをごまかしている。


「や、やめてください。意識しない様に頑張ってたんですから……」


 あ、もうダメだ。この可愛さ、反則。

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