第5章 『西園寺長友警部補佐の悲劇』   全25話。その12。

            12。



「くそ、こいつは重いぜ。あ、皆さんお疲れ様です。たった今、川口警部から皆さんに差し入れが届きました。皆さんの長時間の野外での捜査を心配して、脱水症状を防ぐ為にもこの缶コーヒーを飲んで下さいとの事です」


「缶コーヒーか……俺は、別にいいや」


「そう言った一人の捜査員に向けて山田鈴音刑事がニコニコしながら言葉を付け加える。



「これは川口警部から皆さんへの伝言なのですが、この缶コーヒーを飲むのは川口警部からの命令だとも書いてありました。なので皆さん、必ず一本は飲んで下さいね。そうしてくれないとわざわざここまで缶コーヒーを運んで来た俺の苦労が台無しになって仕舞いますから」


「ハハハハ、違えねえや」


 その山田鈴音刑事と捜査員との言葉のやり取りに回りの刑事達も皆一斉にクスクスと笑い出す。そんな山田鈴音刑事が持ってきた川口警部からの差し入れにその場の雰囲気が和んだ他の刑事達は、山田鈴音刑事から缶コーヒーを受け取っていく。


「よし、川口警部からのせっかくの差し入れだからみんなで頂く事にするが、流石に死体の傍で休憩をするのは不味い。だから交代で小休憩を入れる事にするが、それで異論はないな」


「「はい、西園寺長友警部補佐!」」



             *



 現場から少し離れた所に行き他の刑事達が順番に小休憩に入るが、ついにその順番が西園寺長友警部補佐へと回って来る。そんな西園寺長友警部補佐の前まで来た山田鈴音刑事は缶コーヒーが沢山入ったビニール袋から1本の缶コーヒーを取るとその缶コーヒーを西園寺長友刑事に渡そうとするが、その缶コーヒーを何故か西園寺長友刑事は受け取ろうとはしない。西園寺刑事は無言で山田鈴音刑事が持つビニール袋の中身を見ながら横に大きく首を振るう。


「すまんな、俺はコーヒーはブラックコーヒー以外は甘ったるくて飲めない男なんだよ。だからここにある缶コーヒーはちょっと飲めないぜ」


「微糖のコーヒーとかもありますけど、駄目ですか」


「ああ、駄目だな。何故かコーヒーは昔からブラックコーヒー以外は体が受け付けないんだよ。甘いのはハッキリ言って苦手というかな。だからせっかく気を遣って買ってきてくれた川口警部には悪いが、ちょっと遠慮させてもらうぜ」


「そうでしたか。でもこれは川口警部からの、嫌でも水分を取れという命令なので何かを飲んで貰わないと、俺としても困りますよ」


「後で近くの自販機でブラックコーヒーか水でも探すから、俺は遠慮しておくよ」


「そうですか、じゃ仕方がありませんね」


 そういいながら山田鈴音刑事が缶コーヒーが大量に入ったビニール袋を引っ込めようとした時、後ろから行き成り現れた羊野が缶コーヒーを物色しながら山田鈴音刑事に話し掛ける。


「もう私も昨日から外に立ちっぱなしで喉がカラカラ何ですから早く私にも缶コーヒーを分けて下さいな」


「げ、白い羊、お前は少しは遠慮をしろよ!」


「いや、ですわ。うかうかしていたら私が飲みたい缶コーヒーがなくなるじゃないですか」


 そう言いながらビニール袋の中を物色する羊野が見つけたのはラベルにブラックコーヒーと書いてある缶コーヒーだった。羊野はそのブラックコーヒーを西園寺長友刑事に見せつけながら態とらしく勝ち誇った声を上げる。


「ほほほほ、ビニール袋の一番下にあったブラックコーヒーを一本だけ見つけましたわ。これはラッキーですわね。まあ、お砂糖入りのコーヒーも特に好き嫌いは無く美味しくいただくことは出来ますが、実はなにを隠そうこの私もブラックコーヒー派なのですよ。と言うわけでこの一本しかないブラックコーヒーはこの私が頂いて行きますね。あ、因みに川口警部には私から、西園寺長友警部補佐は川口警部からの心づくしの差し入れを拒否していましたよとちゃんと言って起きますから安心して拒否って下さい」


「な、なに、そんな事をしゃべられたら川口警部が俺に抱く印象が悪くなるじゃ無いか」


「最初からそんなにいい印象は持ってはいないと思いますから、どうか安心して下さい」


「ふ、ふざけるな。あの川口警部とギクシャクするのだけは絶対にごめんだぜ。そんな溝を抱えながら今後も川口警部と会う事になるのは流石にキツすぎるからな。そんな訳でそのブラックコーヒーを俺によこせ。そのブラックコーヒー缶は俺の物だ!」


「ま、まさか私からこのブラックコーヒーを強奪するつもりですか。それは流石にパワハラですよ」


「うるさい。おまえのその勝ち誇った言動を見ていたらそのブラックコーヒーをどうしてもお前には渡せなくなった。お前にやるくらいならこの俺が飲んでやるわ。て言うかそのブラックコーヒーは川口警部が俺のために買ってくれた物じゃないのか」


「いや、まさか、流石にそんな事はあり得ないでしょ」


「いいや、川口警部はこの俺の為にそのブラックコーヒーを買ってくれたんだ。たった一本しかないと言うのがその証拠だ。去年の忘年会の飲み会の時に俺が川口警部にブラックコーヒーしか飲めないと言ったその言葉を川口警部は知っていてくれたんだ。そうに違いないぜ。だからそのブラックコーヒー缶は、川口警部がこの俺の為にわざわざ一本だけ買ってビニール袋に入れてくれた物なんだよ」


「そ、それは流石に考え過ぎじゃないでしょうか。一度川口警部に確認を取ってみたらいかがですか。もし違っていたら大恥を掻くことになりますよ」


「う、うるさい。とにかくだ、そのブラックコーヒー缶はこの西園寺長友が貰い受けるぞ!」


 そう言うと西園寺刑事は羊野の手からブラックコーヒー缶を奪い取ると、さも当然とばかりに缶コーヒーの蓋を開けてその液体を口の中へと一気に流し込む。


 ゴク~ゴク~ゴク~ゴク~ゴク……「ぶっはぁー上手い、やはりブラックコーヒーは上手いな!」


「あああぁ、飲んじゃいましたか……」


「ハハハハ、残念だったな、白い羊。お前は普通の……いや、最も激甘な甘い缶コーヒーでも飲んでろよ。ざまあ見ろ!」


「あなたは子供ですか。本当に性格が悪いと言うか、物事を譲らない人ですわね」


「ふん、お前にだけは言われたくはないわ!」


 そんな子供のような言い争いをしていると、微糖のコーヒー缶を既に持っていた赤城文子刑事が二人の会話に割って入る。


「まあ、缶コーヒーの事はどうでもいいとして、さっき羊野さんが言っていたこちら側に鑑識の資格を持つ人が一人もいないと言う話はハッキリ言ってかなり大きいわね。先ほどのようにその犯行現場から、まずは犯人が残してあるかも知れない指紋や足跡を先ずは探し出し調べるという初歩的な事にも、羊野さんに言われるまでは誰一人として気付かなかった事ですからね。そう考えると裏方の鑑識の人達の働きがどんなに大事な物か改めて考えさせられるわね」


「確かに……鑑識さんや科捜研さんのお仕事はとても重要ですからね。て言うか捜査一課・殺人班の刑事達の働きって余りにもずさん過ぎませんか。まさかあんな初歩的なミスを犯すだなんて……こんなミスをした事をあの川口警部が知ったら一体どんな雷が落ちるか分かりませんよ」


 その羊野の言葉に西園寺長友警部補佐だけでは無く、その場にいた全ての刑事達が皆一斉に青ざめるが、そんな羊野の脅しを赤城文子刑事が止める。


「やめて、そんな事をしたらこの私まで連帯責任で確実に怒られるじゃ無いの。絶対に嫌よ、みんなで三時間程の川口警部からの説教を共に喰らうのだけは……」


「分かりました。冗談ですよ。そんな事をうかつに話してこの私までそのお説教に巻き込まれてしまったら、本末転倒ですからね。全く警察という組織はいろいろと縦社会の規則が厳しいですわね」


 そう言いながら羊野は赤城文子刑事の言葉に素直にうなずくが、当の赤城文子刑事の方は行き成り真剣な顔をしながら心に思っていた事を語り出す。


「それにしても私、前々から思っていた事があるんだけど、聞いてくれる」


「何ですか、行き成り」


「あの不可能犯罪を掲げる闇の秘密組織・円卓の星座の事よ。科捜研や鑑識は勿論のこと、全ての警察関係者やその事件に関わりのある全ての人達の自由や権利を……その理不尽なルールと絶対的な恐怖で完全に支配しその動きを封じるだなんて……円卓の星座の創設者でもあるあの狂人・壊れた天秤が作り出した狂人ゲームと言うルールはある意味『クローズド・サークル』みたいな物だと思ってね。この閉鎖された犯人側が作り出した狂人ゲームと言う理不尽なルールの中で私達はあの黒いライオンを操る狂人・暴食の獅子に挑まないといけないと言う事よ」


「クローズド・サークルですか。これは中々面白い事を言いますね。確かにこの狂人ゲームはあの壊れた天秤が勝手にルールや舞台設定を弄ったり変えたりする事が出来るのですから、ある意味完璧なクローズド・サークルなのかも知れませんね。もしそのルールを破る物がいたら、その時は問答無用で罪のない人達が無差別に何処かで殺されるのですから、これは即ち全ての日本の国民を人質に取られているのとたいして変わりはしないと言う事になるのでしょうか。まあ、その人質達を盾に円卓の星座側は警察の動きを完全に封じて、その舞台となる殺人現場へと誘い込み、そして殺人者でもある狂人と呼ばれる恐ろしいトリック使い達を毎回飽きること無く送り込んで来るのですから、これはとてもスリリングで刺激的な楽しい事件が約束されていると言う事になるのかも知れませんね」


「はあぁ~、この状況、全く楽しくはないんだけどね」


「おい、赤城文子刑事、白い羊の言葉なんかにまともに答えているんじゃねえぞ。こいつらはいかれたサイコパスであり恐ろしいシリアルキラーなんだから、その考えがぶっ飛んでいても特におかしくはないだろう。そんな事よりだ。このコーヒーブレークの休息を終えたらこの死体のあった辺りをもっと集中的に探して見るぞ。他の残りの刑事達は周りの民家への聞き込みにいけ。もしかしたら何かを見ているかも知れないからな」


「「分かりました、西園寺長友警部補佐!」」


 西園寺長友警部補佐の激励を聞いた他の刑事達が皆一斉に返事を返したその時、草木をかき分けて木の陰からひょっこりと現れた川口警部が、ハア、ハア、と息を切らしながら刑事達がいる現場の輪へと入ってくる。


「おう、みんな遅れてすまなかったな。ちょっと途中で腹が痛くなってこの公園から外れたコンビニに行っていたんだよ」


「トイレって……この公園内に備え付けられてある公衆トイレを使用すればいいじゃないですか?」


 そんな赤城文子刑事の素朴な疑問に川口警部は少し怒った口調で語り出す。


「それがよ、この公園内にある全ての男子トイレと女子トイレの大便を使用する方のトイレの扉に釘が打ち付けられていて、全く開くことが出来なかったんだよ。全ての大便の用をたす公衆トイレの扉にだ。お陰で公園の外のコンビニまで走る事になってしまったよ。まあどうにか間に合って良かったが、もう少しだけ遅かったら大惨事になっていた所だぜ」


「まあ、そんな事があったのですか。それでなんでその女子トイレの中の事まで川口警部は知っているんですか……まさか我慢出来なくて入ったんじゃないでしょうね」


「……。」


『……。」


 さあ、そんな事よりだ。早く仕事をするぞ。ここでみんなでコーヒーブレークをしている暇などないぞ!」


「あ、川口警部、今質問をそらしましたね。入った、女子トイレに入ったんですね!」


「妙な言いがかりを言うんじゃない。そんな事よりだ、俺もここまで走って来たから正直疲れたし喉もカラカラに渇いたから何かを飲ませて貰うぞ!」


「あ、川口警部が俺達の為に買って来てくれたコーヒー缶の余りがまだ何本か残っていますので、これをどうぞ」


 と言いながら山田鈴音刑事が差し出した缶コーヒーを川口警部が直ぐさま受け取ると、その手に持つ缶コーヒーに口を付けながらそのほろ苦くも甘味な液体を一気に流し込む。


「ゴクゴクゴクゴク……ぷっはあぁぁー、お陰で生き返ったぜ」


「それは何よりです」


「と、とにかくだ、公園の外からこの現場のある所まではやたらと遠いんだよ。普通に歩いても軽く片道二十分は掛かっているからな」


「そんなに掛かっているのですか。まあ、ここまでの道のりは確かに遠いですからね」


「それでだ……ん?」


 そこまで話した時、缶コーヒーを飲んでいた川口警部が何かに気付く。


「山田鈴音刑事、今この缶コーヒーは俺からの差し入れとか何とか、言っていなかったか?」


「はい、確かに……そう言いましたが、何か?」


「あ、川口警部、差し入れの缶コーヒー、ご馳走様でした!」


「あ、川口警部、缶コーヒーの差し入れ、有難う御座います!」


「あ、川口警部、差し入れ、ご馳走様です!」


 次々と感謝の言葉を述べる刑事達の言葉に疑問を感じながら、川口警部はコーヒー缶の入ったビニール袋を持ちながら愛想笑いを浮かべる山田鈴音刑事に話し掛ける。


「俺は知らんぞ。そんな缶コーヒーの差し入れなんてしてはいないぞ」


 その川口警部の本気の言葉に缶コーヒーを飲んでいた刑事達の手は止まり、そのみんなの視線は自然と山田鈴音刑事に集まる。


「おい、山田鈴音刑事、その缶コーヒーは一体どうしたんだ。その説明をちゃんとしろ」


「い、いや、俺はただ、ついさっきまで持っていたスマホを何処かで無くしたから、もしかしたら駐車場に止めてある俺の車の中にあると思い急ぎ車に戻ったら、車のボンネットの上に何故か俺のスマホが置いてあって、その車のタイヤの下には缶コーヒーが大量に入った大きなビニール袋が置いてあったんですよ。そしてそのビニール袋の中には川口警部の名前でこう書かれていました。私はコンビニのトイレを借りに公園の外にでて行くので暫くは現場には返ってこれそうにないから、山田鈴音刑事、お前にこの缶コーヒーを託す。この私の代わりにみんなにこの缶コーヒーを届けてやってくれ……と言うメモ用紙が入っていたのですが……でもまさか、違うのですか」


「ああ、俺はそんな缶コーヒーの差し入れなんか、してはいないぞ!」


「ま、マジですか。ではこの缶コーヒーの差し入れは……一体誰が?」


 そう山田鈴音刑事がその場で考え込んだのと同時に、川口警部の直ぐ近くにいた西園寺長友警部補佐がやたらとお腹の音をギュルギュルルー、ギュルギュルルーとならしながら、川口警部に話し掛ける。


「この缶コーヒーは川口警部が差し入れで持ってきてくれた缶コーヒーではないのですか?」


「ああ、俺はこんな缶コーヒーの差し入れを山田鈴音刑事に頼んだ覚えは全くないが!」


「では……俺がブラックコーヒーしかコーヒーは飲めないことを川口警部は知っていますか?」


「いいや、知らんが。お前はコーヒーはブラックコーヒーしか飲めないのか。初めて知ったぞ、そんな話は」


「じゃ……一体誰が川口警部からの差し入れと偽ってみんなにこの缶コーヒーの差し入れをしたんだ。なあ……白い羊よ!」


「そんなに青い顔をして、なんで私にそんな事を聞くんですか。西園寺長友さん」


「なんでだとう……今猛烈に腹が痛いからだよ。白い羊、お前、あのブラックコーヒー缶の中に下剤を大量に入れやがったな!」


 ナワナワと震えながらお腹を抑える西園寺長友刑事に羊野はあっけらかんとした声で応える。


「それは濡れ衣ですわ。大体液体の下剤を大量に入れた注射器の後なんて何処にもないじゃないですか。それにそのブラックコーヒーを私から奪ったのは他ならぬ西園寺長友さんですよ。それなのに妙な言いがかりも甚だしいですわ」


「お前が川口警部の名前を出して俺を煽り、俺がブラックコーヒー缶を取るように仕向けたんだろうが。お前……俺がブラックコーヒーしか飲まないことを初めから知っていやがったな!」


「言いがかり……西園寺長友刑事、それはただの言いがかりですよ。大体私が仕掛けたという証拠はあるのですか……フフフフ……」


「証拠はこの俺がついさっきまで飲んでいたブラックコーヒー缶だ。絶対にそのコーヒー缶の何処かに証拠となる注射器の針の穴がわずかに開いてあるはずだ。そうだよな山田鈴音刑事。お前についさっき返したブラックコーヒー缶の空き缶をそのゴミ袋からだして見てくれ。そうすれば全てがわかるはずだ。


「はい、分かりました。西園寺長友警部補佐、どうぞ、これがあなたが先ほど飲んでその空き缶を返したブラックコーヒー缶です」


 そのカラのブラックコーヒー缶を山田鈴音刑事から受け取った西園寺長友警部補佐はその手に持つブラックコーヒー缶を丹念に調べたが、結局は注射器の針の跡を発見することは出来なかった。


「可笑しい……絶対におかしすぎる。こいつが……あの白い羊が犯人に違いは無いんだ」


 そう西園寺長友刑事が羊野瞑子の疑惑を話したその時、西園寺長友刑事は何かを思い出したかのように再び山田鈴音刑事にあることを聞く。


「はっ、まさか、山田鈴音刑事……まさかとは思うが、俺がこのブラックコーヒーの空き缶を返してから、まさかこの白い羊がこの空き缶のゴミ袋の中をあさってはいなかっただろうな?」


「そうですね……そう言えばあなたが俺にそのブラックコーヒーの空き缶を渡してから、確かに白い羊はこのゴミ袋の中をあさっていました。何をしていたのかは正直分かりませんがね」


「白い羊ぃぃぃぃーっ、お前ぇぇぇ、予め用意して置いたブラックコーヒーの空き缶と俺が飲んだブラックコーヒーの空き缶とを人知れず入れ替えやがったな。このクソがぁぁぁ!」


「このクソがぁぁぁと叫ぶのは結構なのですが、西園寺長友刑事……そろそろお腹の方は限界なんじゃないのですか。ここから普通に歩いても公園の外にあるというコンビニまでは急いでも二十分くらいはかかるみたいなので流石に持たないのではないでしょうか。なら一体どうしますか?」


「どうするって……それは……それは……」


 西園寺長友刑事は顔から大量の脂汗を掻きながらお腹を抑えゆっくりと歩く。


「耳沢仁刑事……紙を持ってはいるか。緊急事態だ……そこの遠くの草むらの中で用を足してくる。それと白い羊……この仮は必ず返すからな……覚えていろよ……」


「妙な逆恨みはやめて貰いますか。ただの濡れ衣ですし、ハッキリ言って迷惑ですわ。あなたがこれからしでかす野糞の事まで私のせいにされては溜まりませんからね」


「ちくしょう……ちくしょう……俺にこんな屈辱を与えるだなんて、許さん……許さんぞ!」


「いいから早く行って野糞をして来なさいな、この野糞刑事……あなたのこれからのあだ名は野糞刑事ですわ。それをお忘れ無く!」


「プップププ、野糞刑事って……」


「クスクスクスクス~笑っては駄目だ。みんな……決して笑っては駄目だぞ……」


「だけど耳沢仁刑事……しかし……これは流石に堪え切れませんよ。クスクスクス……」


 今の西園寺長友刑事の言動と羊野の野糞刑事という言葉に他の刑事達は笑いを押し殺しながらも思わず小さな声で反応をする。


 そんな不名誉且つ屈辱的なあだ名を羊野に付けられた西園寺長友刑事は、その後は他の刑事達の間で、その野糞刑事というあだ名が密かに定着するのだった。

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