第4章 『疑われる水谷里子の疑惑』    全20話。その11。

            11。



 時刻は十七時十分。


「梅塚さん、何処ですか。どこにいるんですか。いたら返事をして下さい!」


「水瓶人間はどこにいるんだ。姿が見えないぞ!」


 二階のフロアーから聞こえてきた梅塚幸子の叫び声に釣られてエスカレーターの階段を降りた長瀬警備員と関根孝は、肝心の梅塚幸子の姿を確認する為、声がしたと思われるそのフロアー全体を丹念に探す。

 だがなぜか水瓶人間の姿はおろか助けを呼んでいたはずの梅塚幸子の姿さえも見つからず、誰も見つけられないことに焦りを感じていた二人はその場で途方に暮れるしかなかった。


「くそ~これだけ回りを探しても見つからないだなんて……梅塚幸子さんもそうだが、二階に現れたという水瓶人間は一体どこに消えてしまったんだ?」


「まさか水瓶人間に捕まったんじゃないだろうな。くそ、だとしたら非常に不味い事だぞ。もう一度手分けして梅塚幸子さんを探すんだ!」


 長瀬警備員と関根孝はもう一度二階のフロアーを丹念に探すが梅塚幸子の姿はおろか水瓶人間の姿も見つけることは出来なかった。そんな二人の前に姿を現したのは、更に下の一階フロアーから登ってきた羊野瞑子である。

 羊野は被ってある不気味な白い羊のマスクを長瀬警備員と関根孝に向けると、少し前に二階のフロアー辺りから聞こえてきた人の悲鳴について話し出す。


「あら、関根孝さんに警備員さんじゃないですか。先ほど二階のフロアー辺りから人の悲鳴のような物が聞こえて来たのですが、もしかして誰かいなくなったのでしょうか。聞いた感じでは女性の声に聞こえたのですが、梅塚幸子さんの身に何かありましたか?」


「あなたは確か……あの黒鉄の探偵さんの相棒とか言う探偵助手の羊野さんでしたか。何かようがあるとか言って一階に行っていたみたいですが、一体何をしていたのですか?」


「フフフフッ、それはまだ秘密ですわ。私のことよりも今は悲鳴を上げていた人物について私が聞いているのですよ。あの悲鳴は梅塚幸子さんの物ですか?」


「はい、恐らくは彼女の悲鳴だと思います。俺達は三階の在庫の品を入れる荷物倉庫の前にいたのですが二階フロアーから女性の悲鳴が聞こえて来まして、たまたま近くにいた関根孝さんと一緒に急いで二階に降りてきたんですよ」


「ああ、そうだぜ。俺も久し振りに本気で二階まで走ったよ。二階フロアーにはあの梅塚幸子さんがいたはずだから、恐らくは彼女の悲鳴で先ず間違いはないだろう。叫んでいる際に水瓶人間が現れたとか騒いでいたから、恐らくは襲われて何処かに連れて行かれた物と思われるんだが、一体どこに連れて行かれたんだろうな?」


 かなり焦り気味に言う関根孝に向けて羊野が自分の考えを述べる。


「あなた方の今の状況から察するに二階のフロアーはもう既に一通りは探し回ったみたいですから、なら残るはこのデパートで働く社員達しか入れないという裏の隠し階段を使って梅塚幸子さんを誘拐し連れ去った可能性もありますよね。長瀬警備員はその階段に通ずるドアの鍵を持っていますか」


「ああ、勿論持っているぜ」


「なら、このまま私がその鍵を使って三階の階段ドアの前まで行きますので、関根孝さんと警備員さんの二人は三階にある隠し階段のドアの前で待っていて下さい。もう既に水瓶人間はその階段を使って三階かそれ以上の各階に行っているかも知れませんから」


「わかったよ、羊の姉ちゃん。この隠し階段の鍵はあんたに任せるぜ。俺にはとてもじゃないがあの隠し階段のドアを開けて中に入る勇気がないからな」


 姿無き水瓶人間の恐怖に怯える長瀬警備員から鍵を受け取った羊野は急ぎ足で隠し階段のドアの前まで来ると鍵穴に鍵を差し込み、しっかりと鍵を回す。だがなぜかドアは開かず、強引にドアを開ける事も出来なかった。


「おかしいですね、開きませんわ」


「な、何だって?」


 ドアが開かない事に三人が困惑し疑問を抱いていると、エスカレーターを上がった三階の入り口の方でガシャリとした音が二階フロアー全体に響き渡る。


「な、なんだ、今の音は……まさか」


 その金属が擦れる音から察するに、一度施錠が解けて開く事が出来た金網式のシャッターを、また誰かが閉めて再び鍵を掛けたようだ。そう瞬時に想像し判断が出来た三人は、二階から上の階に行く手段を分断させられた事に気づき急いでエスカレーターの方へと走り出す。


 エスカレーターの階段を駆け上がり三階フロアー入り口の前に辿り着いた三人の目に飛び込んできたのは、金網式のシャッターを隔てた三階フロアーの中で必死に抵抗をする梅塚幸子と、その彼女を後ろから押さえ込む悪魔の水瓶の姿だった。

 悪魔の水瓶に押さえつけられている梅塚幸子の後ろ手は絞め縄のような何かでキツく縛られ、それと同じようにぱっくりと開かれたその口には布のタオルをひねった即席の猿ぐつわが彼女の声と言葉を奪っていた。

 梅塚幸子は涙を流しながら声にならない悲鳴を漏らす。


 必死に暴れたのか彼女の掛けている四角い眼鏡は涙と汗でずぶ濡れとなり。羽交い締めにされた頭や髪が疲労と共に乱れまくる。


「うぐぐぐ~っ、うっぐぐぐ~っ!」


 そんな彼女の嗚咽やその眼差しから察するに恐らくは助けてくれと訴えているのだろうが、そのどうにもならない状況が梅塚幸子の生命の危機を暗示していた。


「う、梅塚さん……。ち、ちくしょうなんてことだ。まさか水瓶人間に梅塚さんが捕まるだなんて。しかも三階フロアーを隔てる金網式のシャッターのせいで梅塚さんを助けに行く事が出来ない」


「梅塚さんもそうだが、うちの社長の方も心配だぜ。西条社長は三階の休憩コーナーの長椅子で休憩しているんだぞ。もしもあの水瓶人間と鉢合わせでもしよう物なら今度こそ確実に殺されてしまう!」


「その言葉……水瓶人間の前で言っちゃ流石にまずいでしょ」


「あ、そうだった。しまった、つい取り乱してしゃべってしまった!」


 金網式のシャッターの前で梅塚幸子を後ろから押さえ込む悪魔の水瓶と対峙しながら、長瀬警備員と関根孝は悪魔の水瓶を睨みつける。

 その挑発に応えるかのように悪魔の水瓶は左手で押さえつけている梅塚幸子を目の前にある金網式のシャッターに押し付けると「ポポポポポポポポポーッ、ポポポポポポポーッ!」と謎の奇声を上げながら大木槌を持つ右手を腰のベルト付近に置く。その瞬間猿ぐつわを噛まされている梅塚幸子の口から茶色く濁った大量の液体がまるで噴水のように止めどなく溢れ、金網式のシャッターを隔てた外側にいた長瀬警備員と関根孝の顔にまともに液体が浴びせ掛かる。


「うわあああああーっ、なんだこの液体の量は? う、梅塚さんが大量の茶色い水を口から吐きやがった!」


「梅塚さん! 梅塚さん! ちくしょう、この金網式のシャッターを開けやがれ、このままでは梅塚さんが死んでしまう!」


 目の前で大量の茶色く濁った水を吐き続け、体を悶絶させながら苦しむ梅塚幸子の姿にパニックを起こした長瀬警備員と関根孝はその余りの恐怖に泣きわめいているようだったが、落ち着いた感じで後ろから状況を見ていた羊野は「フフフッ」と笑いながら悪魔の水瓶の顔を凝視する。


「フフフ、皆さんそのインパクトのある水を使ったあり得ない恐怖にパニックになっているようですが、私の目は節穴ではありませんよ。一度見ただけでそのトリックの仕掛けと正体に気付いてしまいましたわ。その口から噴き出る大量の水を使って相手を溺死させるというトリック、その仕掛けはその布を捻って即席で作った猿ぐつわにあると見ましたわ。一見何の変哲もない即席の猿ぐつわのように見えますが、液体を口の中に流し込むチューブの菅に布のタオルをねじりながら巻き込んで外側からは見えないようにし、猿ぐつわの真ん中から液体が勢いよく噴射して梅塚幸子さんの胃の中に直接流し込むと言う仕掛けですわ。口は猿ぐつわのせいで閉める事が出来ませんから胃の中に直接送られる謎の液体を飲みきれない梅塚幸子さんは拒絶反応を起こし、その飲みきれなかった液体を今度は吐き続ける事になるので宛も大量に口から吐いているように見える。そんなトリックですよね。蓋を開けて見たら極単純なトリックですわ。恐らくはその大量の謎の液体は水瓶人間が重そうに背負っているあのリュックサックの中に大きなボトルとなって入っているはずですよ。あのリュックからチューブが伸びていて、猿ぐつわと繋がっていると見ましたわ。どうですか、悪魔の水瓶さん。もし違うというのなら梅塚幸子さんの口にはめられている猿ぐつわを取って見せて下さいな!」


 自信満々に言う羊野の言葉に悪魔の水瓶は少したじろいだが、茶色く濁った水を吐き続ける梅塚幸子の口からその指摘にあった猿ぐつわを強引に取り外すと、下を向きながら苦しみ続ける梅塚幸子の顎を強引に掴み上げ、その顔を長瀬警備員・関根孝・そして後ろに控える羊野に見せつける。


「あががが……あががが……うぐぐぐ……うぐぐぐ……ゴボゴボ……ゴボゴボ……」


 涙を流し、激しく暴れながら悶絶する梅塚幸子の口から大量の茶色い水が勢いよく噴き出る。


 ブッシャアアアァァァァァァァァーッ! プシュウウゥゥゥゥ!



 ずばりトリックの仕掛けを言い切ったはずの羊野の読みが外れたのか、猿ぐつわを外した梅塚幸子の口から絶え間なく茶色く濁った水が流れ落ち、床に吐き続ける。

 その吐き続ける液体の量はかなり多く、彼女の吐いた液体で汚れた床は直ぐに水浸しとなる。


「うっえぇっぇぇぇーッ! がは、がは、ごぽっうぅうーッ! ぐっえええぇぇーッ!」


 そして散々吐き散らかした茶色い液体が口の中から出なくなった時、梅塚幸子の体は力無く崩れ落ち、水たまりとなっている汚れた床の中へと倒れ込む。


「梅塚さん! ちくしょう、ちくしょう、そんな仕掛けなんて初めから何処にもされていないじゃないか。やはりあの水瓶人間が操る水は本物だ。あの水瓶人間は本当の魔術が使えるんだ。そうに違いない!」


「化け物だ……やはりあの水瓶人間は……地獄から来た本当の化け物なんだ!」


 何の仕掛けも無い事を知り、改めてその謎多き恐怖に絶望する長瀬警備員と関根孝を見ながら羊野は読みが外れて残念とばかりに大きく溜息をつく。


「はあ~、読みが外れてしまいましたか。まあ、よく考えたらこんな誰にでも思いつくようなそんな仕掛けをあの悪魔の水瓶がトリックとして使う訳がありませんよね。恐らくはその先にはまだ私達が知り得ない謎多き深い仕掛けがまだまだあるという事でしょうか。これは一本取られましたわ。流石は円卓の星座の狂人にして、水を操り、人を溺死させるトリック使い、悪魔の水瓶ですわね」


 羊野は悪魔の水瓶が操る水を使ったトリックを見抜けなかった事を素直に認めると、その潔い賛辞を悪魔の水瓶に贈る。

 そんな羊野の言葉を無視するかのように悪魔の水瓶は金網式のシャッターから離れると、下で力なく横たわる梅塚幸子を引きずりながら歩き出す。


「待ちなさい。まさか逃げるつもりですか。まだ私との勝負は終わってはいませんわよ!」


 そんな負け惜しみにも似た羊野の声を背中に浴びながら悪魔の水瓶は、三人の視界からその姿を消すのだった。



            *



 時刻は十七時三十分。


 甕島佳子のどうしてもと言う願いで、勘太郎・木戸警備員の二人は四階のフロアー内をもう一度丹念に調べ始める。

 たった今悪魔の水瓶を相手に派手に抗戦した後なので、もし四階のフロアー内に人が隠れているのなら絶対にこの騒ぎに気付いているはずである。こんな騒ぎがあったにも関わらずまだ人が出て来る気配が無いみたいなので、この捜索に勘太郎はかなり諦めムードになっていた。

 そんな事を思っていると、行き成り四階の隠し階段に通ずるドアが勢いよく開き、その中から一人の女性が息絶え絶えになりながら勘太郎と木戸警備員の元に駆け込んで来る。


「ハアッ、ハアッ、ハア~ッ、誰かは知りませんが、た、助けて下さい。この上では可笑しな格好をした異形の殺人鬼が五階フロアにいるお客さん達を殺し回って徘徊しているんです! 警察に電話をしても中々来てくれないし、どうした物かと物陰に隠れながら五階フロアーから逃げるタイミングと機会を伺っていたのですが、あなた達が四階であの水瓶人間と戦っているのを音で聞きまして……これからどうなるんだろうと思っていたらあの水瓶人間が五階に逃げ帰って来たのを遠くから目撃する事が出来ました。その状況から察するにこの下の階まで既に助けが来ていると知った私は、あの水瓶人間が社員用の隠し階段のドアから離れてどっかに行ったのを確認してから、勇気を出して五階の隠し階段から四階まで一気にダッシュで降りて逃げて来たと言う訳です。本当にあなた達に出会えて良かったですよ」


 かなり興奮気味に話すその長身の女性に勘太郎は抱きつかれていたが、勘太郎は少し赤面しながら彼女に名前を聞く。


「怖い思いをしてここまで逃げて来たのは分かりますが、とにかく落ち着いて下さい。先ずはあなたの名前を教えて下さい」


 その勘太郎の冷静な態度に我に返ったその女性は直ぐに勘太郎から離れると、赤い顔をしながら一つ咳払いをする。


「ゴ、ゴホン……これは失礼しました。私の名は水谷里子みずたにさとこといいます。ここのデパート内の五階にある竹内書房という書店でバイトとして働いている者です」


「水谷里子……君がそうか。君が甕島佳子さんの友人の水谷里子さんか」


「甕島佳子さんをご存じなのですか」


「ご存じも何も、その彼女も一緒にここまで君を探しに来たんだよ」


「甕島さんがですか?」


 そう水谷里子が話した時、廊下の方から「その声は水谷さんですか。大丈夫でしたか。本当に無事で良かったです」という甕島佳子の声が聞こえてくる。

 甕島佳子は手に持つ杖で足下を確認しながら水谷里子に近づくと、「甕島さん」という水谷里子の声に反応しながら彼女を軽く抱きしめる。


「本当に良かったです」


「甕島さん。確かに私はあなたに、誰かにこの事を知らせて助けを呼んで来てと電話をしましたが、まさか自分自らがここまで乗り込んで来るだなんて思っても見ませんでした。ここまで危険を顧みずに私を助けに来た事には感謝しますが、こんな危険な行為は金輪際やめて下さいね。もしもあなたになにかあったら、私はあなたのお母さんに顔向けが出来ませんからね」


「申し訳ありません。でも誰かに助けを求めるあなたの事が心配だったのです。そしてその水瓶人間と一緒にいたという子供のお子さんの事も。あなたからの電話での話ではその子は男の子のお子さんだと言うではありませんか」


「ええ、年の頃は……私の見立てでは6歳から7歳くらいの子だと思うんですけど」


「そんな子があの水瓶人間に連れられて何処かに消えるのをあなたは五階のフロアーで目撃したのですね」


「ええ、そうよ。その水瓶人間は泣きじゃくるその子供の手を引きながら何処かへと消えて行くのを確かに私は見たわ」


 そう言うと水谷里子は着ている服の上から右腕を何やらつらそうに摩る。そんな彼女の些細な言動に気付いたのは、あの水瓶人間が立ち去った数分後に行き成りその五階から現れた水谷里子に警戒の目を向けている木戸警備員だった。


 その屈託のない笑顔を向けながら話す水谷里子に対し不信を感じた木戸警備員は堂々と彼女に今自分が抱いている疑問を投げかける。


「水谷里子さんとかいいましたか。俺はここで三年間、警備員の仕事をしていますがあなたのような従業員に会うのは今回が初めてです。あなたを見た記憶もありませんし……あなたが働いているという竹内書房の従業員達の顔は大体覚えているのですが、あなたの顔は見た覚えがないし、このデパート内で見かけた記憶も無い。あなたは本当にこのデパート内にある竹内書房で働く従業員なのですか」


 その木戸警備員の言葉に水谷里子は反論する。


「もしかして私のことを疑っているのですか。私はこのデパートの五階にある竹内書房で働く従業員です。とは言っても週に三回しか働いていないただのアルバイトですし、その出勤する曜日もランダムなシフト制なので出て来る日にちも毎週違うのですよ。しかも一日五時間しか働いていませんので、たまたまあなたに出会っていないだけかも知れませんよ。それに後で私の勤務表を見たら私がここで働いている証明が出来るはずです」


「それとあの水瓶人間が立ち去ったその数分後に、あなたはその五階にいるはずの水瓶人間のいるフロアーから行き成りこの四階へと現れた。何だかやけに都合のいい登場だとは思いませんか。それにあなたがこのデパートで働く従業員だと言うのなら従業員専用の鍵を持っているはずですよね。いくら凶暴な殺人鬼でも相手はたったの一人なんですから、あの水瓶人間が五階フロアから離れたのを見計らって下の階に逃げるチャンスはいくらでもあったはずです。それなのにあなたはこのタイミングで都合良く現れた」


「一体あなたは何が言いたいのですか」


「もしもあなたがあの水瓶人間なら、その正体を隠してこうやって近づいて来てもおかしくは無いと思いましてね。五階から逃げて今ここで出会うのも何だか都合が良すぎると思いましてね。こうやって警戒しているのですよ」


「私は水瓶人間ではありません。それに私は甕島佳子さんに電話をしてわざわざ助けを呼んで知らせています。まだ幼い子供が捕まっているかも知れないと言う情報も流しました。私がもし水瓶人間だったらそんな事をわざわざするでしょうか。しませんよね、そんな無駄なことは」


「それともう一つ、あなたの体からあの水瓶人間が放つ独特の汚染水の臭いがするのですが……あなたから聞いた話ではあなたはあの水瓶人間と直接出会って襲われてはいませんよね。ならあの汚染水を浴びる機会もなかったはずです。でも貴方の体からはあの汚染水の臭いがする。これは一体どう言うことですか?」


「私、ここに来る際に五階のフロアーの何処かで足を滑らせて転んでしまったんですよ。よく見たらあの水瓶人間が他の人達を襲った時に吹き付けたと思われる汚染水が床に液体となって溜まっていましたので、その液体の染みついた床に転んでしまったから私の服は臭うのだと思います」


「転んだ……ですか。でもそれを証明してくれる人はいませんよね。全ては貴方一人の話ですからね。あなたがあの水瓶人間ならその服が臭うのも納得がいくのですが」


「だから違うと言っているじゃないですか。大体なんであの水瓶人間がわざわざあなた達の前に現れる必要があるのですか、ただ闇雲に人を殺し回っているだけですから、あなた達の前に正体を晒してまで出てくることはしないですよね」


「そしてあなたが水瓶人間だと疑う最大の理由は、その長袖に隠されている右腕です。水谷里子さん、その右腕の長袖をまくり上げてくれませんか」


「ええ、いいですけど、何なんですか一体?」


 そう言うと水谷里子は長袖部分の右腕をまくり上げるが、その右腕を見た勘太郎と木戸警備員は互いに顔を見合わせながら驚きの顔を見せる。何故なら水谷里子は右腕を負傷していたからだ」


「その傷は一体どうしたんですか?」そう勘太郎が恐る恐る質問すると水谷里子は笑顔で答える。


「ああ、この傷ですか。数分前に何処かにぶつけた際に何処かに右腕を引っかけて切ってしまったんですよ。傷はハンカチや水で軽く処置したのですが、まだ血は止まってはいなかったようですね。もうこれ以上は怪我をしないように直ぐに長袖に着替えたのですが、この怪我が一体何だと言うのですか?」


 その水谷里子の素朴な質問に、勘太郎と木戸警備員はこの行き成り現れた水谷里子に不信を抱くのだった。

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