第4章 『無差別に殺された、四人の死体』  全20話。その5。

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『やっと助けが来たのね。二人の警備員さん、お手柄よ。よく他の生存者達をここに連れて来てくれたわ。こんにちは、私の名は梅塚幸子うめづかさちこ。職業は洋服専門のしがないモデルをやっている者よ。この死体が転がる陰惨なデパート内に閉じ込められて一時はどうなることかと思ったけど、人手が一気に増えて本当に良かったわ。これであの可笑しな格好をした悪魔のような殺人鬼も、もうむやみにここに襲撃に来る事は出来なくなったはずよ』


 時刻はお昼が過ぎた午後の十四時三十分。勘太郎達四人は、二人の警備員に案内されながら話にあった在庫保管用の倉庫内に来ていた。

 その部屋の隅には顔にタオルを掛けられた四体の死体が綺麗に並び、その死体から流れ落ちる大量の血が大きな血だまりとなってその事件の凄惨さを物語る。


 恐らく死体を動かしたのだろう。本来その場で撲殺された死体にあった場所には血の跡が床は勿論のこと壁にも飛び散り。その後死体を動かした跡が血のりとなって床に跡を残す。勘太郎はそのむせ返る血の臭いとその光景に思わず吐き気を催しそうだったが、何とかこらえると部屋の中央で十人ばかりの逃げ遅れた人達に食料を分け与える一人の女性の前に足を向ける。


 背の高い痩せ型の四角い眼鏡を掛けたその女性は自分の事を梅塚幸子とそう名乗った。見た感じは二十代半ばくらいに見えるが、ショートカットにキリッとした目が印象的な気の強そうな女性である。

 そして今も(どこから持ってきたかよく分からない)パンやおにぎりといった食料を恐怖で怯える人達に分け与えるその行動力から、恐らく彼女がここを仕切っているリーダーなのだろうと勘太郎は勝手に決め付ける。なぜなら目の前にいる二人の警備員達はこれからどうしたらいいのか分からないと言った感じで、全ての指示をその梅塚幸子なる人物に頼りきりだったからだ。

 勘太郎は、泣きながら静かにあんパンを食べる女子学生や四十代くらいの主婦、それに六十代くらいの夫婦や、恐らくはお孫さんなのだろう……その老夫婦の傍で震えている小学生低学年くらいの女の子らに目を向けながら、梅塚幸子なる人物の前に立つ。


「どうやら間に合わなかった見たいですね。くそ、俺達がもっと早く二階に来ていれば少しは状況が変わっていたかも知れないのに!」


「いえ、それでもこうしてわざわざ下から助けに来てくれたのですから、私達は感謝しかありませんよ。何せ、もし迂闊に廊下に出てまたあの水瓶人間に遭遇してしまったら、また死人が幾人も出てしまいますからね。それに今度あの水瓶人間が襲って来ていたら間違いなく私達はみんな死んでいたでしょう。ですからあなた達が来てくれて私達は本当に心から安心したのですよ」


 そう安堵の言葉を送った梅塚幸子に勘太郎は改めて自己紹介をする。


「あ、名乗るのがまだでしたね。俺は黒鉄勘太郎と言います。隣にいる羊のマスクを被っている可笑しな女性は羊野瞑子です。なぜ彼女がこんな格好をしているのかと言うとコスプレ好きな可笑しい奴だからです」


 その雑な紹介が気に入らなかったのか、羊野が改めて自己紹介をする。


「こんにちは私は羊野瞑子と言います。ある都合によりこんな格好をしていますが、別に可笑しな人間ではないので彼の言葉を余り鵜呑みにしないで下さい。どうぞお見知りおきを」


「そして、後の二人は……」


「私は緑川章子と言います。誰か怪我人はいますか。一応救急箱を持ってきたので何かお役に立てるといいのですが」


「俺は関根孝と言う者だが。この上の階の何処かにうちの会社の社長とその幾人かの社員達がいるはずだから探しに来たのだが、どうやらここにはいないようだな。流石に社長と他の社員達は皆外へと避難しているとは思うんだが。さっきから幾度も電話をして確認を取っているんだが、誰一人として俺の電話に出て来ないからもしかしたらみんなまだこのデパート内のどっかにいて、電話に出れない状態にあるのかも知れない。そう思ってこの探偵さんについて来たんだが、上は上で大変な事になっている様だな」


 顔をしかめながら関根孝が答えると、みんなの自己紹介を見届けた勘太郎は真剣な顔をしながら梅塚幸子に話を聞く。


「どうやらそちらは死人が出た様ですね。そこに並べられている四体の死体は皆、あなた達を襲ったというその水瓶人間の仕業で亡くなった人達ですか。もしその水瓶人間の姿と殺しの犯行を見たのなら、その時の状況を俺達に教えて貰ってもよろしいでしょうか」


「ええ、分かったわ。その時に見た私の情報をあなた方にも教えてあげるわ」


 そう言うと梅塚幸子は、この部屋の隅にある死体の話や水瓶人間の事について話し出す。


「私が閉じ込められていた女子トイレの個室から脱出した時に、実は私、その大きな水瓶の甕を頭から被った水瓶人間を遠くから見ているのよ。結構距離も離れてたし幸いな事に向こうは私のことに気付いてはいなかったから、トイレに隠れてあの水瓶人間が何処かにいなくなるのをしばらくじっと待っていたのよ。実際その水瓶人間に声を掛けて見ようかとも思ったけど、その両手には大きな大木槌がしっかりと握られていたから、なんか怖くて声を掛ける事はしなかったわ。今思うと懸命な判断だったと本当に思うわ」


 その言いながら梅塚幸子は思わず息を呑むと、その姿を見ていた勘太郎が更に話に食い込む質問をする。


「それで、その水瓶人間はそれからどうしたのですか?」


「その後は在庫保管用の倉庫の方で人の叫び声や物が倒れる音とかが聞こえたような気がしたんだけど、とても確認しに行く勇気はなかったからしばらくはトイレでじっと身を隠していたわ。それから数十分後、在庫保管用の倉庫内からまた廊下に姿を現した水瓶人間は、そこにいる二人の警備員さん達と廊下で遭遇して、警備員さん達はまた一階フロアーへと逃げていったんだけど水瓶人間は追うことはせず、また元の場所へと帰って来てたわ。その後水瓶人間は、そのまま非常階段の横にあるとされる社員達だけがよく出入りに使っている専用の隠し階段を使って何処かに消えたと思われるわ」


「社員達専用の隠し階段だって、そんな階段がこのデパート内にはあるのですか」


「ええ、確かあるはずよ。何でも一般のお客さんとこれから仕事に出る従業員さん達とが階段で出会う事がない様に作られた。建設当初からある特別な階段だと言う話よ。何でもその階段を使うには社員達が持っている特別な鍵が無いとその隠し階段の扉は開かない仕組みになっているから一般のお客さんは決して使うことは無いとされる、知る人だけが知る隠された階段との話よ」


「そうなんですか。そんな階段があるだなんて、流石に盲点でした。もしかしたら水瓶人間はその隠し階段の扉の鍵を使って各階を行き来しているのかも知れませんね。その水瓶人間がいなくなってから、それからあなたはどうしました」


「それからしばらくして、勿論私はその音のした在庫保管用の倉庫の方に向かったわ。でも私がこの在庫保管用の倉庫に足を踏み入れた時にはもう既にこの死体となっている四人は見るも無惨な姿で死んでいたわ。この洋服店の従業員だと思われる一人は、まるで西瓜でも叩き割られるかのように頭を割られ。そしてお客さんだと思われる三十代くらいの男性と四十代くらいの男性の二人は背中や胸の辺りに何かを叩き付けられて胸のあばら骨や背中の骨も見事にたたき折られていたわ。勿論その犯人の持っていた得物は餅つきなどでよく使われているあの大木槌で間違いないと思うわ」

「でもその死体となっている彼らが襲われている所をあなたが直接見た訳では無いんですよね。ならなぜそう思うのですか?」


「なぜならその犯行の一部始終を今ここで菓子パンに齧りついている人達が目撃しているからよ。ここにいる人達が言うには、頭に大きな水瓶を逆さまに被ったその水瓶人間が両手に大きな大木槌を持ちながら在庫保管用の倉庫内にいた人達に次々と襲いかかったとの事よ」


「水瓶人間がその手に持った大きな大木槌でその目に付く人間を無差別に次々と叩き殺したと言う事か。本当に情け容赦の無い狂人の様だな」


 その勘太郎の言葉に梅塚幸子は更に何かを告げたいのか掛けてある眼鏡を指で上げながら微妙な顔をする。


「確かにそれもそうなんだけど、更に不可思議な死を遂げた人も中にはいるのよ。その最後の一人の男性は、口から大量の水を吐きながら散々苦しんだあげくに溺死したとの事だからね」


「溺死……ですか」


「そう溺死よ。その瞬間を私は見てはいないけど。この時の状況を目撃した人達が言うには、火災の放送後、この一部の店内に強制的に閉じ込められたここにいる十四人もの人達は皆、急いで一階に降りようと思ったらしいんだけど、洋服店のシャッターを開けることが出来なくてどうしても一階に降りる事が出来なかったとの事よ。二階の店内に人が誰もいなくなったその十分後、その店のシャッターを開けて入って来たのは店の従業員では無くその大きな水瓶を頭からスッポリと被った水瓶人間だったそうよ。その水瓶人間は持参していた鍵で難なく店のシャッターを開けると、何の説明も警告も無しに行き成り目に付く人々にその大きな大木槌を無情にも振り下ろし始めたと聞いているわ」


「大木槌をですか……」


「しかも入り口を押さえられ逃げ場の無い彼らは一人の人が襲われている内に本来は業務員しか入る事の許されない裏の在庫保管用の倉庫に逃げ込んだらしいんだけど、その中まで追ってきたその水瓶人間は最初に叩き殺した男をその倉庫内に投げ入れると、恐怖の余りその場から逃げようとした他の二人の男達もあえなく捕まり、無情にもその大木槌で叩き殺されたと、ここにいる人達からはそう聞いているわ」


 その梅塚幸子の話を聞いた勘太郎の顔は更に凍り付く。なぜならその水瓶人間がこの閉鎖された逃げ場の無い店内で大木槌を振り上げながら襲い来るその姿を想像してしまったからだ。しかも最後の一人は口から何故か大量の水を吐きながら溺死している。そんな摩訶不思議な死に方に勘太郎はその口から水を大量に吐きながら死に至ったという被害者を見ながら重点的に話を進める。


「その一部始終の犯行を見たのは一体誰ですか。その時の状況をもっと詳しく聞きたいのですが」


 その勘太郎の言葉に一人の老人が名乗りを上げる。その初老の男性の老人は奥さんと孫をなだめながら勘太郎を見上げる。


「わ、ワシは確かに見たぞい。水を吐いて死んだあの男は確かに口から大量の水を吐いて死んでしまったよ。それは確かだ!」


「水を大量に吐いて死んだだとう。そんな馬鹿な。一体そんな容量の水がその死んだ被害者の胃の中に入っていたとでも言うのか?」


 にわかには信じられないといった感じでつい叫んでしまった勘太郎に、その死体を調べていた羊野が極めて冷静な声で応える。


「四体の死体を一通り調べて見ましたが、三体の遺体は皆大木槌による攻撃で受けた傷が致命傷の様ですね。最初の人は頭部に一撃をくらい即死の様ですね。二人目と三人目の人は胸や背中に数発の大木槌による攻撃をまともに受けている様ですから、心臓辺りを直接狙い打ちにされた時に受けた激痛によるショックと呼吸困難でショック死した物と思われます。後、胸の一番から~三番のあばら骨や背中の骨が折れていますね。これはショック死をして正解だったと思いますよ。もしもこれでまだ意識があったのならかなりもだえ苦しむ事になりますからね」


「それで、肝心の四番目の死体の方はどうなんだ。この倉庫内で溺死して死んでいると言う話だが」


「そうですわね。確かに、そこにいる梅塚幸子さんや先程話してくれたおじいさんのように、確かにこの男性は喉に大量の水を詰まらせて溺死していますね。その証拠に彼の唇は酸素の欠損により色が黒く変色していますし、口の中にはどうやらまだかなりの水が溜まっているみたいですからね。それにしてもこの水の色と臭い……何だかただの水では無い見たいですね。このヘドロのような色は何かの毒物か汚染水でしょうか? 少し嗅いだだけでもかなり臭いです」


「汚染水だと……円卓の星座の悪魔の水瓶とか言う狂人は、一体なんでこんな汚い水をわざわざ使って人を殺しているんだ。人を溺死させるだけなら普通の水で殺せばいいだけの話じゃないか?」


 そんな勘太郎の疑問に羊野が死体を調べながら応える。


「恐らくはそこにこの悪魔の水瓶の殺しへのこだわりと謎のメッセージが隠されているのかも知れませんね。確か一週間くらい前にもこの狂人は人を幾人も殺していますよね」


「ああ、一週間前はある別荘内で十人もの人をその大きな大木槌で容赦なく撲殺し。後の二人は何らかの方法で大量にその水を口の中に入れられて溺死させられているな」


「ならその狂人は今回も、当然その汚染水を使って人を溺死させているかも知れませんね。そして悪魔の水瓶が使うその汚染水は当然、西条ケミカル化学会社と何らかの関わりがある汚染水と言う事も十分に考えられますわ。何せあの別荘にいた人達は皆、西条ケミカル化学会社で働いている社員さん達みたいですし、今ここに倒れている汚染水で溺死させられた人もどうやら西条ケミカル化学会社の社員さんみたいですからね」


 そう言いながら羊野はその死体となっている男の上着の内ポケットから定期入れに入っていた免許証を取り出す。


 その免許証の氏名欄には『良秋松次よしあきまつじ』と言う名前がしっかりと書かれていた。


「なになに、良秋松次って名前なのかこのおじさん」


「な、なにぃぃ。良秋松次だとう!」


 そう叫びながら溺死体の傍に駆け寄ったのは、勘太郎ではなく関根孝その人だった。


「まさかこの遺体は……良秋松次係長か。見るも変わり果てた姿になっていたから全く気付かなかったぞ。ち、ちくしょう。一体、良秋松次係長はその水瓶人間に何をされたんだ。これじゃ一週間前に死んだ、海月歩うみつきあゆむ従業員や西川正樹にしかわまさき課長と同じじゃないか!」


 その関根孝の言葉に勘太郎は思わず聞き返す。


「海月歩さんと言ったら……確か生き残った母子の名字もそんな名字でしたね。と言う事はもしかして関根孝さんはあの一週間前に起きた事件のその後に、被害者の奥さんに会いに行ったのですか。名前は確か……海月光子うみつきみつこさんだったかな」


「ああ、勿論会いに行ったよ。まあ、あんな事件があった後だったからな。強いショックで精神をすり減らして入院を余儀なくされていたらしいんだが。あの惨劇の現場で一体何があったのか……失意と悲しみに心を痛めながらも海月光子さんは俺にその時の状況を隈無く話してくれたよ」


「そこで海月光子さんは、あなたにどんな事を話したのですか?」


「その水瓶人間に容赦なく撲殺された十人の社員達の事と、不可思議な水による現象で溺死させられて死んだ旦那の海月歩さんとその上司でもある西川正樹課長の謎の死に方について話してたよ。何せその話を聞いて俺は、西条ケミカル化学会社に何らかの恨みを持つ者の犯行ではないかという疑問をえていたからな。それを裏付けるかの様にその殺人鬼から我が会社に犯行声明と脅迫文の手紙が届いている」


「ああ、あの五年前に起きたと言う川の堤防決壊事故についての事でしたね。その事でこの手紙を送った人物は西条ケミカル化学会社の社員や管理職の人達に復讐すると言っていたとか。ならその手紙を送りつけた人が別荘で十二人もの人を殺した水瓶人間かも知れませんね。その可能性は十分にあります」


「ああ、信じたくはない事だが、この封鎖されたデパート内で西条ケミカル化学会社に関わる人間がまた一人殺された事によって、俺の事件への疑問は今まさに確信へと変わったよ。あの水瓶人間は間違いなく一週間前に西川正樹課長の別荘で十二人もの人を殺害し、そして犯行声明文の手紙を会社に送りつけてきた犯人に先ず間違いは無いだろう。そして今現在、このデパート内で人を殺し回っている犯人も恐らくは同じ水瓶人間で先ず間違いは無いはずだ」


「そうですか。なら俺達にも海月光子さんが話していたと言うその話を聞かせて下さい。その汚染水で殺された二人の犠牲者の話と、その彼らを襲った水瓶人間の事についてです」


 その勘太郎の言葉に関根孝は、頭の中で言葉を少し整理しながら話し出す。


「大きな水瓶を逆さまに頭から被ったその異様な姿をした水瓶人間は、緑色のレインコートの下に長い厚手のスカートを履いている事から、もしかしたら女性の人なのではないかと言う話だ。そんな水瓶人間に殺された西川正樹課長の方は既に死亡していた後だった事から一体どうやって溺死させられたのかは分からなかったみたいだが、夫の海月歩さんの方はその時はまだ生きていて、両手を後ろ手に縛られ、口には捻り鉢巻きの手拭いを口に猿ぐつわのようにはめられて自由に話せない状態にさせられていたとの事だ。だが奥さんと対面したその数秒後、海月歩さんは奥さんの見ている前で大量の水を口から吐きながらそのまま地べたへと倒れている。つまりその汚染水をそのまま胃の中に無理やり流し込まれて、気道や喉に詰まり溺死させられたと言う事だ」


「しかし異常な殺人鬼とは言え、たった一人の女性に一晩で十二人もの大人が大した抵抗も出来ずに殺されるだなんて、一体その水瓶人間はどうやってその多くの被害者達の動きを封じて殺害を実行する事が出来たんだ。一週間前に起きた殺害事件では十人もの人があの別荘の三階の部屋にいたらしいじゃないですか。いくら入り口を押さえられていたとは言え、誰かを襲っているその隙を突いて何人かは確実に逃げられると思うんですが?」


「足がすくんで逃げられなかったのか、それとも仲間を助けようとしてそのまま殺されたかは知りませんが、この犯人はそれだけ何か悪魔的な謎の力をまだ隠し持っている、俺にはそう思えてなりません。なにせ長刀の有段者でもあるあの海月光子さんがあまりの恐ろしさに逃げる事しか出来なかったと言っているくらいですからね」


「それだけ向こうの殺意が凄かったと言った所でしょうか。人を何の躊躇も無く冷静に殺せる人間に立ち向かうのは物凄く危険な行為ですからね。気持ちで負けていたらいくら長刀の有段者でも太刀打ちはできませんよ」


 そう言いながら勘太郎は溺死している良秋松次なる人物に手を合わせると、五年前に起きた西条ケミカル化学会社が関わる痛ましい水害事故について話を聞く。


「先程、金物店の休憩所で西条ケミカル化学会社関連の事故の事を関根孝さんは話していましたが、まだ俺達に話してはいない事がありますよね。その事があるネットの記事に書いていましたよ。そうだよな、羊野」


「ええ、スマホでその五年前に起きた西条ケミカル化学会社が関わる水害事故を調べていたらしっかりと載っていましたわ。その十人もの子供達が大雨で流された川辺の堤防は、西条ケミカル化学会社が別のプロジェクトで作った独自の堤防らしいじゃないですか。その堤防は当初からその技術面や度重なる欠陥で問題があり、その事で近くの住民とトラブルや書証問題で裁判沙汰になっている。ならその水難事故で亡くなった子供のご遺族の誰かが今もその時の痛烈な思いを消すこと無く恨みに思っている。そんな思いを今も抱く人がいても可笑しくはないですよね。なぜその事を最初から言わなかったのですか」


 その羊野の指摘に関根孝はバツが悪そうに何故か少し離れた所で他の人達の擦り傷の手当てをしている緑川章子を気にしながら、小さな声で話し出す。


「べ、別に隠していた訳じゃないんだが、そこは特に話さなくてもいいと思ったまでの事だよ。うちの会社の恥をむやみやたらに俺がわざわざ晒すのはあまりいい気持ちじゃなかったからな。だが……やはり隠さずに言うべきだったよな。すまない、つい肝心の事を言いそびれてしまった。確かにうちの会社は五年前に水害で決壊した堤防の事業に関わっていた。新しい分野にシアを伸ばした新事業だったんだ。だが明らかに土木工事と言う畑違いの仕事だっただけに思わぬ事故や欠陥が見つかってな、近くの住民とも幾つものトラブルを起こしている。勿論この堤防の工事を行うにあたり、土木の技術者やそれに関わる従業員達も雇ってその堤防を完成させたんだが、指揮の低さによる手抜き工事と完成の納期に追われた事から、あんな欠陥だらけの堤防を作り……そしてその後はあの長雨で決壊させてしまった。このプロジェクトは最初から無理があると俺は何度も西条社長に堤防の工事の中止を打診していたんだが、結局は聞き入れられず、あのような大きな事故にいたってしまった。だが個人のワンマン経営を推し進める西条社長はあんな大きな事故があったにも関わらず特に気にする様子も無くまた新たな土木事業を受注しようとしている。それどころか地元の有権者達に賄賂を渡して、いろんな工事の自注を不正で貰っていると言う噂もあるほどだ。全く心臓に毛が生えたような人だよ。あの人は」


「そうですか。そんな事があったのですか。だからあの水瓶人間は、五年前に水害事故を起こした西条ケミカル化学会社に関わる従業員達を……いや、たまたまこのデパートを訪れていた一般のお客さん達をも巻き込んで無差別に人の殺害を実行しようとしているのですね。なんとも迷惑で恐ろしい話です。恐らくはその水害事故で死んだ子供達に関わる遺族達の中に犯人がいて、その依頼人があの水瓶人間に殺しの依頼をしたのだと思いますよ」


「殺しの依頼だとう? あれは過去の水害事故で恨みを抱いた遺族の誰かが、あのふざけた水瓶人間の格好をして殺しの犯行を行っているだけの事だよ。そうに違いないんだ!」



「それは流石にないと思いますよ。恐らくあの水瓶人間に殺しの依頼をした闇の依頼人は、何食わぬ顔をしながら何処か安全な場所でこの事件の行く末を静かに見守っているはずです。そして現在このデパート内で四名の人を殺害しているあの水瓶人間は間違いなく殺しのプロの犯行です。なのであの水瓶人間自身は、五年前に起きたあの水害事故とはなんの関係もない人物だと思いますよ」



「プロの殺し屋ですか……いかれた格好をしたあの水瓶人間は、俺達とはなんの関係も無いただの殺し屋だと言うのか。だ、だからなんの躊躇も無くあんな冷静冷徹に人を何人も殺せたのか……確かにいくらうちの会社に恨みを持っているとは言え、あんな恐ろしい殺しはただの素人には絶対に出来ないか」


 そう呟くと関根孝は既に死体となっている哀れな四人の被害者達の亡骸を見つめながら静かに手を合わせるのだった。

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