第1話 『村で聞き込みをする』       全28話。その8。


         第三章 『蠢く者達』


             1


「羊野、お前が屋敷の中を見たいと言うから一緒に見て回ったが、一体何がしたかったんだ。興味本位だけで見て回ってた訳じゃないだろう」


 真意を聞こうと口を出す勘太郎に羊野は笑顔を向けながら首を傾げる。


「もし大蛇を操る犯人が大沢家に何らかの恨みを持つ人物だったのだとしたら、犯人は結構近くにいて、今も大沢家の人達を殺す機会をうかがっているのかも知れません。何故なら犯人側が殺す相手の行動を把握はあくしていないとこの殺人は成り立ちませんからね」


「確かに、伊藤松助や大沢早苗は蛇野川美弥子の予言の数日後に殺人大蛇に殺されている。つまりその大蛇を操る犯人が外にいる部外者なら美弥子の予言を知ることは出来ない訳か。まあその美弥子が犯人の仲間で情報を流していたのなら話は別だが」


「この際、美弥子さんが犯人の仲間かどうかは一先ず置いといて、今は伊藤松助さんや大沢早苗さんがどうやってあの蛇神神社におびき出されたかですわ」


「いや、普通に犯人に拉致らちられて誘拐ゆうかいされたんじゃないのか。用も無くたまたま蛇神神社を歩いてたとは流石に考えづらいぜ」


「大沢早苗さんは恐らく誘拐されてはいませんよ。その証拠に早苗さんの自家用車が蛇神神社前の入り口付近に止まっていたとの事です。と言う事は早苗さんは誰かに呼び出されてその場に来たと考えるのが普通です。仮に大沢早苗さんの車に同乗して犯人が蛇神神社に来たのなら、その車は既に蛇神神社には置いてはいないはずですから」


「なるほど、大沢早苗を拉致し自家用車を奪って蛇神神社に来たのなら、必然的に帰りもその車に乗ってその場を後にする事になると言う事か。だが実際車は蛇神神社入り口付近に停めてあった。つまりそれはどういう事か。つまり大沢早苗は犯人に何かの事情で呼び出されて蛇神神社に来た事を意味している……いや、その可能性が大きいと言う事か。それに犯人が大沢早苗の乗ってきた車を置いて暗い夜道を歩いて帰ったとは流石に考えにくいからな。それならば犯人も自分の自家用車を運転して現場に向かったと考えた方が正しいだろう。そしてその犯人となり得る人物は結構身近にいるかも知れない……その可能性があるからこそお前は屋敷の中を探っていたのだろ」


「まず私は外から来た部外者の人を犯人だと考えて見ました。ですがこの村で知らない人が歩いてたら一発で怪しまれますし、噂にもなります。なら町から来る人達の中に犯人がまぎんでいたらどうでしょうか。町から来たアルバイトの人達は皆駅にくなり会社のワゴン車に乗せられて仕事場に連れて行かれるらしいですから、当然タイムカードでその行動は管理されています。だから仕事場からはそう簡単には抜け出せません。つまりアリバイが成立していると言う事です。午後の部のバイトは十四時から~二十時までなので、その後は二十一時の最終バスで皆お帰りになると言う事ですから、バイトの人達に大沢早苗の殺害はまず不可能と言う事です」


「アルバイトの人達は誰も仕事場からは抜け出せないと言う事か。でもその逆に大沢農園株式会社の正式な正社員達なら話は別何だろう」


「ええ、この大沢農園株式会社で働く正社員は、皆この村に住んでいる人達だけで形成けいせいされていますから比較的夜ひかくてきよるは自由です。つまり大沢早苗さんが死亡した二十時から~二十二時のアリバイがしぼられると言う事です」


「だ、だとしたら……お前の仮説の通りなら、その大蛇神を操る蛇使いはこの草薙村周辺にいると言う事になるぞ! 勿論その中には大沢家の屋敷も含まれるがな」


「いえいえ、これはあくまでも私の推測すいそくですし、まだ何の確証かくしょうもありません。ですが、この大蛇事件にかかわりがあるかも知れない人物なら何人かいますわ」



「その一人目が伊藤松助や大沢早苗の死を予言したと言う蛇野川美弥子と、二人目が殺人大蛇の犯行を蛇神様の祟りだと今も信じている大蛇神信仰の信者、宮下達也か。確かに初めて宮下に会った時、奴は大沢早苗の事を余り良くは言ってはいなかった気がする。だからなのか……だから一応屋敷いちおうやしきの中を調べて見ようと思ったのか?」


「ホホホホッ忘れたのですか。私は最初から大蛇神の存在やたたりなんて信じてはいないと言う事を。なので犯人が大沢家の人間をねらっていると知った時点で、もしかしたらこのお屋敷の中に人知れずひそんでいるかも知れないと軽く想像しただけですよ」


「誰が一体犯人か想像していたと言う事か。他には犯人かも知れないと思う容疑者はいないのか」


「副業で蛇園を経営している小島晶介さんと、動物の模型作りが趣味という池ノ木当麻さんのアリバイも一応調べてみますわ。村人の話によれば、小島晶介は実際に何匹かの大蛇をっているみたいですし、池ノ木当麻は等身大とうしんだいの動物の模型もけいを作れる程の腕前を持っているらしいですから、もしかしたら作り物の大蛇を作れるかも知れませんね。それにこれはあくまでも噂ですが、小島さんと池ノ木さんの二人には大きな借金があって、その話で前に大沢早苗さんとはげしくめていたとの事ですよ」


「なるほどなぁ、二人にはそんな借金の話があったのか。今名前を上げただけでも疑わしいと思われる容疑者は四人もいるのか。それで……何か分かったのか?」


「いいえ、今の所はこれと言って何も。ただ植物園と他のビニールハウスの中は中々暑なかなかあつかったなぁ~と、実感じっかんしましたわ」


「何だ、結局全部空振りかよ。まあ、冬のこの時期に作物を育てているんだから中は暑くて当然だろう。ちょっと個人的に光熱費こうねつひが月にどれくらい掛かるか気になるけどな」


「家の中だけで無く仕事場の工場全体を暖めていますから、その光熱費はかなりの物になるでしょうね」


「ああ、最後に見て回ったあのいくつかの冷凍室れいとうしつだってかなりの電力を食うだろうよ。あれは一体何のためにあるんだ」


「この大沢農園株式会社では確か冷凍肉の加工もしているとの話ですから、鶏肉・牛肉・豚肉・馬肉の保存もしているとの事です。恐らくは各店舗に出荷する為に一先ずはあの冷凍室に保管しているのでしょう。て言うか、私達一緒にその冷凍庫の中を見て回ったじゃないですか。まさかとは思いますが黒鉄さんは余り冷凍室の中を見てはいませんでしたよね」


 その疑り深い羊野の言葉に勘太郎の体は一瞬震える。


「ああ……ぁぁ……見た見た、確かに見たぜ。屋敷の裏倉庫うらそうこ廊下ろうかに十二個程あるその冷凍室をな。冷凍室の中はどれもビッシリと冷凍肉が詰まっていて美味しそうだったな」


「ええ、そうですわね。冷凍肉はともかくとして、確かに冷凍室の中に大蛇はいませんでしたわ。とても残念です」


 そういいながら羊野は冷たい風が吹き付ける夕焼けの空を見ながら大きく溜息をつく。

 あれから更に全ての屋敷の中を見て回った勘太郎と羊野はそのまま大沢家を後にし、村人達のなまの話を聞く為民家の方へと足を向ける。

 だが行き成り村に現れた怪しげな黒服を着た男と、白い羊のマスクを被った不気味な怪人に、村人達は戸惑とまどいと困惑こんわくの顔を向ける。


 そんな警戒けいかいにもめげずに大蛇にかんする聞き込みを開始した勘太郎と羊野だったが、直ぐに日は落ち、貴重きちょうな時間はぐに経過けいかしてしまう。


 その証拠に山々の下に消えようとしている太陽は光と共に闇を誘い、うっすらと暗くなったそら徐々じょじょに染め上げようとしていた。

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