第2話 『三人は警察に連行される』 全25話。その9。
三 『姿を見せない復讐者』
1
勘太郎と羊野、それにただ車で待っていただけの緑川の三人は、江東第一高校に一番近い交番で警官達に囲まれながら事情聴取を受けていた。
まあ、あれだけの事をやってしまえば当然警察に通報されても別に可笑しくはないのだが、それに巻き込まれた緑川の方は溜まった物では無い。何故ならいつものようにお縄に付く羊野瞑子とその羊野に親の用に付き添う黒鉄勘太郎とは違い、緑川自身は全く関係がないからだ。
状況が飲み込めず警察に言われるがままにここまで付いて来てしまった緑川は、頭を抱えながら呪文の用に小言を言い続ける。
「私は関係ない……私は絶対関係ないのに……私は極めて関係ないのに……私は誰がなんと言おうと本当に関係ないのに……」と。
時刻は十七時三十分。交番に連行されてからあれこれ三時間半は経過した事に憤る勘太郎は、ついさっき巡査長と共に隣の部屋に入っていったある人物に期待の眼差しを送る。
隣の部屋に消えてから約三十分後。その人物は荒々しく隣の部屋のドアを開けると、またかと言う顔をしながら勘太郎と羊野の前まで歩み寄る。その人物の名は川口大介警部(五十代)。警視庁捜査一課特殊班に三人しかいないメンバーを束ねる心強い上司である。
因みに勘太郎と羊野とも深く関わりのある人物の一人だ。
「江東第一高校に事件の繋がりを調べに行って早々、まだ一日も経たない内に学生相手に傷害事件を起こすとは一体どう言う事だ黒鉄の探偵、あれ程白い羊の言動には気をつけろといつも口が酸っぱくなるほど言っているはずだぞ!」
「でもあれは……挑発して暴力を振るって来たあの四人の不良達にもそれなりに落ち度と問題行動がありまして、それを見かねた羊野がやむなく助けに入ってくれたと言うのが現状です……なので」
「それで、あれだけの怪我人を出したと言うのか。ふざけるなよ、あれはどう言いつくろっても立派な障害事件だろうが! 被害に遭ったあの四人の学生達は皆口を揃えてもう少しであの頭のいかれた羊人間に殺される所だったと言っていたぞ。何故こうなる前にもっと早く止めなかったんだ!」
「いや、止めようと急いだんですけど……俺自身が大きなダメージを負ってしまって、しばらく動けなかったんですよ」
「言い訳は言い……各家の親御さんからもお前らを早くムショに入れてくれと言う苦情の電話も幾つも貰っている。中には刑事と民事で訴えると言い出した親もいるほどだ!」
「でしょうね」とそこには勘太郎も羊野を見ながら同意の意思を示す。
「で、実際俺達はこれからどうなるんですか。警察に捕まってもうお役御免ですか?」
緊張した面持ちで思いを口にする勘太郎に渋い顔を向ける川口警部は、羊野が持っていた凶器の品々を目の前のテーブルに乗せる。
無造作に置かれた凶器を並べた川口警部は大きく溜息をつきながら話の本題へと入る。
「大鬼力と言う高校生の話では、可笑しな羊のマスクを被った奴に行き成りシャープペンシルを突き付けられたと言っていたが、それで間違いは無いか?」
「そ、それは……」
焦った勘太郎が何かを弁解使用とした時、羊野がまるで人ごとのように笑顔で話し始める。
「いいえ、それは内田君と言う生徒と共に理不尽にも暴力を受けていた黒鉄さんを助けようとした時にたまたま刺さってしまった物ですわ。仮に私が行為にそのシャープペンシルであの大鬼力君とか言う男子学生に襲いかかったとしてもああも都合良く相手の拳に深々とシャープペンシルの先端を突き刺す事は出来ませんわ。そうは思いませんか」
「確かにあの右拳に刺さった刺さり方は刺そうと思っても出来る事じゃないな」
「ええ、彼が私の左胸めがけて正拳突きを仕掛けて来たらたまたま私の胸ポケットに入っていたシャープペンシルが彼の右手の拳に突き刺さったまでの事ですわ。まあ私も彼の正拳突きを喰らって後ろへと吹き飛んだのですから、これは明らかに彼の傷害事件であり、か弱い女性に暴力を振るった彼の自業自得では無いでしょうか」
「なるほどな……確かにあの大鬼力と言う学生は喧嘩っ早いと有名だからな。彼から先に喧嘩を仕掛けてきたと言う事もあるだろう。なので白い羊、お前の言葉を信じよう」
あれは明らかに羊野が大鬼力の正拳突きにカウンターを合わせた結果なんだけど。え、そんな簡単に羊野の話を信じちゃうの……と言う勘太郎の驚きを余所に、川口警部の次の質問が続く。
「次はこのメリケンサックとスタンガンの事だが、この凶器については一体どう言いつくろうつもりだ。これに関しては流石に弁解の余地はないだろう。何せどこからどう見ても立派な凶器だからな」
「ああ、あれですか。そのメリケンサックとスタンガンはあの厚化粧の女子高生、綾川エリカさんが凶器として振りかざしていた物を私が取り上げようとした際にたまたまスタンガンの電流が彼女に当たって感電してしまったのですわ。本当にお可哀想な事をしました。それに転んだ際に左頬を地面に強く打ち付けた見たいですからその後どうなったのか彼女の怪我の具合が心配ですわ。まあ、向こうが先にメリケンサックとスタンガンを振り上げながらで襲って来たのですからこれは私の正当防衛なのですかね」
いや~いや~いや~そんな作り話は流石に無理があるだろう、こんな嘘話をあの川口警部が信じる訳が無いだろう!
そう勘太郎が思っていると、あの厳格な川口警部が「分かった。その言葉を信じよう。近所でも評判の悪い綾川エリカの事だから恐らくは凶器くらいは隠し持っていたのかも知れないしな」といいながら次の質問に移る。
え、こんなんで本当にいいの? 川口警部も一体どういうつもりだよと勘太郎が驚きの顔を向けると、川口警部は構わずに最後の質問をする。
「あの玄田光則という高校生の右二の腕に刺した包丁の事だが、これは一体どう言いつくろうつもりだ。これは立派な銃刀法違反の傷害罪だぞ!」
そう言うと川口警部は机の上に置いてある羊野の持っていた包丁を手に取ると、手で刃先を確認しながら羊野に迫る。
「ホホホホ~っ、彼の腕の傷の具合はどうでしたか」
「刺された右腕の傷の具合よりもお前に顔をボコボコに殴られた傷の方がでかかったよ。お前は相変わらず人様を殴り過ぎなんだよ」
その川口警部と羊野のやり取りを聞いていた勘太郎が首をかしげながら川口警部に詰め寄る。
「ち、ちょっとまて下さいよ。包丁で右の二の腕を深々と突き刺されたのに殴られた顔の傷跡の方がでかいって一体どういう事ですか。血だってあんなに大量に出ていたのに?」
「そうだな。まあ口で言うよりは実際に体験した方が早いかな。つまりはこういう事だよ!」
そう言うと川口警部はその手に持っていた包丁の刃を勘太郎の左胸目がけて深々と突き立てる。そのあり得ない展開に勘太郎の思考は一瞬止まり、その場にいた警官と緑川章子は溜まらずお声を上げる。何故ならその刺された胸元からは
「か、川口警部……これは一体どういうつもりですか。あ、あんた正気ですか!」
「きゃあああああーっ、黒鉄先輩、黒鉄先輩が包丁で胸を刺された! は、早く救急車を、救急車を呼ばないと、黒鉄先輩が死んじゃうぅぅ!」
慌てふためきながら勘太郎の元へ駆け寄る緑川と警官達を見ていた川口警部が、今度はその視線を羊野に向ける。
その視線を向けられた当の羊野は勘太郎が刺された事にも特に気にすること無く、その状況を楽しげにニコニコと見つめているだけだ。
「白い羊……お前また謀ったな。この包丁の刃先は強く押す事で途中から刃先が分かれて刃の中へと引っ込む仕組みだろう。だから宛も刃が刺さった用に見えたんだ。まあよくある刃物を使ったトリックの一種だな。しかもご丁寧に刺さった際には柄の中に仕込んである血のりが刃先から噴き出る仕組みになっている。こんな仕込み包丁をわざわざ準備していたとは相変わらず用意周到な奴め」
その川口警部の言葉に合わせるかに用に、血に染まる胸の部分を押さえていた勘太郎がすらりと立ち上がる。その元気な姿に驚く緑川と警察官達であったがただの血のりだと分かると安堵の溜息をつく。
「川口警部、行き成りあんな事は止めて下さい。いくら本物の包丁では無いとは言え、行き成りあんな事をされたらびっくりして心臓麻痺で死んでしまいますよ」
「そうですよ、私も川口警部が乱心したと思ってびっくりしたんですからね。でも黒鉄先輩が生きていて本当によかったです。もう~羊野も知っていたのなら早く言って下さいよ。無駄に心配してしまったじゃないですか」
「ホホホホ~っ、私が言わなくても川口警部が直接種明かしをしてくれると思っていましたからお任せした次第ですわ。でもまさか川口警部があんなお茶目な事をするだなんて予想外でしたけどね」
「ふん、お前の仕込み包丁のトリックを分かりやすく黒鉄の探偵に教えてやったまでの事だよ。まあ、これ以外では本当に相手を容赦なくぶちのめしているみたいだがな」
川口警部が厳しい顔をしながら羊野を見ていると、疑問に思った勘太郎が仕込み包丁の事をもっと詳しく問いただす。
「でもあの玄田光則がその包丁で右二の腕を刺された時は誰はばかる事無くかなり痛がっていたが、あれは一体どう言う事なんだ? まさか錯覚だけで痛がっていた訳じゃないだろう」
胸のワイシャツにべっとりと血のりのついた勘太郎は、これ洗濯で落ちるのかよと気にしながら、隣にいる羊野にその疑問を投げ掛ける。
「人という物は緊張をしている時に行き成り想定外の事をされたら必ずパニックを起こす物ですわ。私の持っている包丁が玄田光則君の中では当然本物だと認識されていたでしょうから、行き成りその包丁で刺された際は必ず脳が勝手にパニックを起こして一時的に体の情報伝達に支障を来すと思っていましたからね。なので彼自らが勝手に誤認すると思った次第です。恐らくその痛みは包丁で突いた際に受けたただの衝撃の跡だったのだと思いますが、包丁が深々と刺さり、尚且つその二の腕から血が流れ出た光景を見てしまったら『包丁で刺された、痛い!』と脳が勝手に判断したのではないでしょうか。だからこそ玄田光則君は有りもしない二の腕の痛みを感じてしまったのだと思いますよ。フフフ、思い込みとは本当に怖い物ですわね。そう言えば何かのテレビで実験番組を見た事があるのですが、目隠しをした状態で物を食べるとその食べた物が一体何なのか、物の味が分からなくなる現象が起こるらしいですよ。と言う事はそれと同じ用に視覚で見た情報がもし偽りの情報だったとしたら、人の脳はその情報に従って勝手に誤認して体の異常を引き起こしてしまうのではないでしょうか。まあ実際にそうなりましたがね」
「お前は人の視覚と思い込みを利用した心理的トリックで、あの玄田光則君を追い込んだのかよ」
「まあ~冷静さを取り戻せば直ぐにバレる心理トリックではありますが、彼がその事に気付く前に沈めてやりましたから刺されたと思い込んだまま倒れたと思いますよ。それにしても……包丁で右の二の腕を刺された時に見せたあの怯えた顔が今でも滑稽で忘れられませんわ。フフフフっ!」
「そうか、俺は全く笑えないけどな。むしろお前が人を刺していなかった事に安堵を感じているよ」
そう言うと勘太郎は羊野の犯した行いを咎めて見せる。そんな勘太郎だったが何故川口警部の尋問がこんなにガバガバなのか……その後の展開を何となく理解する事となる。
「そんな訳で羊野瞑子、お前は無罪だ。黒鉄の探偵、もう白い羊と緑川章子を引き連れて元の仕事に戻ってもいいぞ」
「な、俺がこんな事を言うのも何ですが本当にそんなんでいいんですか。相手の方から絡んで来たからとは言え、明らかに羊野の起こした傷害事件は罪になるのに」
その勘太郎の言葉に川口警部が突如怒り出す。
「言い訳が無いだろう! こんな事は本来なら決して許されない事だが上の……上層部の命令なんだから仕方ないだろう。つまりだ、お前らは何としてでもあの階段落下事件を仕組んだ狂人を捕まえろと言う事だ。捜査中に起きた苦情やトラブルはいくらでも揉み消してやるから、その代わりに円卓の星座の仕掛けた狂人ゲームには何としても勝てと言う事だ。もし事件を解決出来ずに負ける様な事があったら、その時は黒鉄の探偵共々ムショにブツ込んでやるとも言っていたぞ!」
「ま、マシですか、それは。ならもう現実的に勝つ以外に道がないんですけど。一体なんでこんな事になんたんだろうか。まさか敵も見方も全て敵だらけだなんて、相変わらず上の上層部も凄いプレッシャーを掛けて来ますね。狂人ゲームのタイムリミットが終わる前に俺が過労と心臓発作で死んでしまいますよ」
そんな弱音を吐く勘太郎に、川口警部は勘太郎の片を掴みながらマジマジとその言葉を語る。
「いいか黒鉄の探偵、もうこうなってはお前があのいかれた羊の狂人、羊野瞑子を何とか操って事件を解決に導く他に方法は無い。幸いな事に何故かは知らんがこの白い羊はお前の言う事だけは聞くからな、彼女の力を借りて今回も何としてでもこの階段落下事件を解決するんだ」
「でも後二日とちょっとしか無いんですよ。それにもう十七時三十分を過ぎてしまいましたから学生がまだ校舎に残っているとは思えませんが」
「部活をしている生徒がまだ残っているかも知れないだろう。それに聞いた話ではあの高校では三日後に冬祭りなるイベントがあるらしいじゃないか。ならその出し物の創作作りの為にまだ残っている生徒がいるかもしれんぞ。そんな生徒達から少しでも情報を聞いて明日の捜査に役立てるんだ!」
「そう簡単に言いますけど、そんな都合のいい情報が直ぐに集まりますかね」
「やってみないと分からないだろう。て言うか聞き出してこない限りは帰ってくるな。徹夜で捜査をしろ。いいな黒鉄の探偵!」
「これは明らかにパワハラだ、それに労働基準法にも背く事ですし、その体質は明らかにブラック企業と変わらないじゃないですか!」
その当然とも言える勘太郎の嘆きに、川口警部は真顔になりながらその言葉を返す。
「だってお前らの仕事自体がもう既にずっぽりと得体の知れない闇に染まっているからな。お前らに対する人権なんて最初から無いんじゃないのか。逆に言えばお前らに与えられた様々な捜査権や優遇処置はその為の物だろう。用は国が公認に認めた近い捨ての駒と言う事だ」
「使い捨ての駒って……使えなくなったり用が済んだら容赦なく切られる定めなんですか、俺達……」
「ただ仕事的に切られるだけならいいんだけどな……闇から闇へ葬られるという可能性も捨てきれないな。しかも警察公認でな!」
「ひいいいぃーっ、なぜこんな事に、俺何か悪いことでもしましたか。これでもかなりの事件を(羊野と共に)解決しているんですが。警察上層部はそれでもまだ気に食わないと言うのですか。ちょっと一回失敗したらもう終わりだなんて、余りにも理不尽過ぎるでしょう!」
体を震わせながら本気でビビる勘太郎に、川口警部は大声で笑い出す。
「はははは、冗談だよ、冗談。つまりはそれだけ本気でやれと言う事だ。何しろお前が後二日間とちょっと以内にこの事件を解けなかったら、また罪の無い人達が無差別に死傷するかも知れないのだからな。心配するな、俺達もできるだけバックアップしてやるからお前らは何も心配すること無く捜査を続けるんだな」
「はあ、分かりました。ではこれからまた江東第一高校に戻ります。と言う訳で緑川、また車を頼む」
「ええ~またあの高校に行くんですか。もう嫌ですよ。もう生徒達も帰っていると思いますし、今日の所はもう帰りましょうよ!」
「そういう訳にはいかない事はもう既に川口警部の話を聞いて分かっただろう。お前も立派な俺達黒鉄探偵事務所の関係者なんだから文句を言わずに手伝えよ」
その勘太郎の言葉に緑川が救いを求める用に川口警部を見つめると、視線を向けられた川口警部は気まずい感じて緑川からその視線を外す。明らかにお前も関係してるんだから四の五の言わずに手伝ってやれと言う無言の頼みだった。
そんなあり得ない状況に絶望する緑川の肩に手を回しながら、羊野が和やかな笑み向ける。
「さあ~行きましょう、緑川さん。階段落下事件の解決の鍵は貴方の車での移動速度に掛かっていますわよ。早く急がないとまた人が何人も死傷する事になりますわ。それはつまり巡り巡れば貴方の責任になるかも知れないと言う事です。フフフッ、これはかなり責任重大ですよ!」
「羊野さん、あなたは悪魔、悪魔よ。私と黒鉄先輩に怪しげな事件を持ち込む文字道理の悪魔なんだわ!」
「ホホホホ~っ、何を
「「理解に苦しむのはこっちだわ!」」
同時に声をハモらせた勘太郎と緑川は、またあの疑惑漂う江東第一高校に足を向けながら重々しく歩くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます