第5話B 年配の殿方のほうへ倒れ込みました
「ロズ、そんなに急いで戻る必要はないわ!」
扉に向かうわたしの背中に、サツキの声が聞こえてきます。
でも、好感度最低の殿方を逃すわけにはまいりません。わたしへの興味がまるでないのですから、いつこの場を立ち去るか、わかったものではないのです。
わたしはほとんど駆け出さんばかりに急ぎました。
そして――
「きゃっ」
わたしは、扉を出て左側、年配の殿方のほうへ倒れ込みました。
もちろん
右側の殿方のほうを選ばなかったのは、たんに、ちょっと不安だったからです。
若くて尖ったような感じのお方ですと、倒れ込むわたしを普通に避けられてしまいそうな気がしたのです。
わたしへの好感度が低くても、優しそうに見えるこちらのお髭の殿方なら……
「おっと、大丈夫かい?」
ほら、ちゃんと抱き留めてくださいましたの!
「ごめんなさい。すこし、足元がふらつきましたの……。あの、このまま、もうしばらく
この機を逃しません。
全力で好感度アップに持ち込むことにしました。
普段は強気の悪役令嬢が、弱っている姿。
これを間近でお見せすることで、保護欲のようなものをガシガシつついて差し上げます。
案の定。
わたしを抱きしめながら、そのお方は、
「もちろんだよ、ロズ。しばらくここにいなさい」
心に沁みる低い声で、そう言ってくださいました。
わたしの背中を、愛おしそうに撫でながら。
その手から、愛情が強く強く伝わってまいります。
……って、
(これ、おかしくないですか!?)
このお方は、わたしに対する好感度がいちばん低い殿方のはずです。
たしかにわたし、好感度アップを狙った行動を取りはしましたが、そしてちゃんとうまくやったつもりですが、こんな……こんな一気に最高まで上がりますか?
わたしがそう訝しんでいると、そばで見ていた、冷たい感じのする殿方が、
「ヴァルタン氏。お嬢さまはお疲れのようですね。撮影はあとにしますか?」
(え、何?)
ヴァルタンはわたしだけど……お嬢さまもわたしで……?
混乱するわたしをよそに、ふたりは会話を始めます。
「ああ、そうしよう。いつものロズじゃないと、視聴者の方々にも要らぬ心配をかけてしまう」
「それで伸びないともかぎりませんが」
「……アースP。そういう手は、駆け出しの方々にお任せしたいね」
「たしかに。『ヴァルタン家』がやることではありませんね。失礼」
そう言って、アースPと呼ばれたお方は、広間へと戻って行かれました。
広間に散らばっていたスタッフたちに、何やら指示を出しておられます。
「さあロズ、もうしばらく
「あの……?」
優しく促すお髭の殿方に、混乱したわたしが問いかけの眼差しを向けると、
「撮影のほうは、パパが延期しておいたから心配ない。ロズはサツキちゃんと一緒に、落ち着くまでこの部屋にいなさい。こんな豪勢な誕生日は初めてで、きっと疲れたのだろう」
――パパ。
あ、はい。
わたしは理解いたしました。
(このかたは、わたしのパパ)
わたしを撫でる手から愛情が感じられたのも当然のことでした。
部屋に押し掛けたみなさんとは違い、扉のところから離れて見ていたので、わたしに関心がないのだと勘違いしてしまいました。
娘が友だちに囲まれている様子を、遠くから見守っているだけだったのでしょう。
そして、アースP――
(パパの仕事のパートナー?)
会話の端々に、そんな雰囲気がありました。
撮影、そして視聴者。
よくわかりませんが、何かしら番組のようなものを作る仕事かと思われます。
そう考えると、『P』というのもプロデューサーのことかもしれません。
ミュージシャンのように見えた長髪も、冷たく感じられたその表情も、仕事に真剣に取り組む業界人といったところだったのでしょう。
そんなことを考え込んでいるわたしは、パパからサツキへと丁重に手渡され、
「よかったわねロズ。やっぱり急に生活が一変しちゃって疲れが溜まってたんじゃない?」
そんなふうに気遣われながら、またソファへと戻りました。
大勢の殿方たちも、さすがに悪いと思ったのか、
「ロズ、早く元気だしてくれよ」
「ロズりんの高飛車、また見たいな~」
「ピエールさんも、家ではちゃんとお父さんなんだね」
「『ハイヒール刺してみた』、またやるときは呼んでくれ」
口々に言いながら部屋を去って行こうとします。
(もう好感度はわかりません。でも、このままでは、何の突破口も見いだせないまま、シナリオにただ流されることになるのではなくって?)
彼らの背中を眺めるわたしの頭には、そんな考えが膨らんでいました。
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