第3話C わたしは返答をためらいました
わたしは返答をためらいました。
主人公には、ここで彼からのプロポーズを受けてみせるのが、もっとも効果的だとわかっていましたのに。
「マック? あなたたち何をしているの?」
そうやってわたしがまごついているうちに、主人公の少女がつかつかと歩み寄ってきていました。そして、マッケンジー・G・パンチ……いえ、マックに声をかけたのです。
後ろにぞろぞろと10人からの殿方たちを引き連れた圧巻の大名行列ですが、その声色は、すこし、焦っているように感じられました。
「サツキ。何って、ぼくは彼女に――」
「あれ? ロズ、あなたなんだか顔色が優れないわね?」
マックの言葉をさえぎるかのように、主人公――サツキさんは、わたしにおっしゃいます。
(顔色……?)
わたしが自分の頬に手を当てると、先ほどマックに、その……キスをしたときの高揚感からか、とても熱くなっているように感じられました。たぶん真っ赤になっているのだと思います。
こういうのも、普段と違うという意味では『顔色が優れない』と言うのかもしれません。
顔に手を当てたまま、ぼおっと考え込んでしまったわたしに、サツキさんは、
「あちらで休みましょう?」
そう優しく声をかけ、手を引いてくださいました。
「返事、待ってる」
引かれながらマックのほうを見ると、彼はわたしだけに聞こえるように、そう、おっしゃったように思いました。
***
「あの金髪、あなたにほんと何したわけ!?」
控室――だと思います。
大きな鏡台ともっと大きなソファのある部屋に、わたしは連れてこられました。
まだぼんやりしているわたしをソファに座らせ、サツキさんはすごい剣幕です。
「無理やりキスされたように見えたけど、ロズ、大丈夫だった?」
わたしの顔を覗き込んでこられます。
唇をじっと見つめて、まるで、わたしが怪我でもしていないか心配なさっているかのように。
「サツキさん……」
つぶやくわたしに、
「さん!? ほんとどうしちゃったのよ、ロズ……。あたし心配だよ。せっかくのあなたの16の誕生パーティだってのに、あたしが浮かれて調子に乗ったせいで、あんな……あんな〝すけこまし〟にロズが何かされちゃったらと思ったら、居ても立ってもいられなくなって」
泣きそうになりながらサツキさん、いえ、サツキはまくし立てます。
どうやら今日は、わたしの16歳のバースデイパーティだったようです。
となると、ここはわたしの家。
(家というか、もうこれは屋敷ですわね……)
さすが悪役令嬢といったところでしょうか。
何かしらの財閥的なあれだと思います。
おそらくはわたしのお父様が、日本の裏社会を牛耳っている――そう、『ドン』みたいな感じのあくどい人物なのでしょう。愛猫は、への字口をしたふっかふかのペルシャ猫だと想像がつきます。
「……ロズ、ここがどこだかわかる?」
ぼおっとしすぎました。
サツキが深刻な顔で、わたしが本当におかしいのではないかと思い始めておられます。
慌てて、
「大丈夫ですわ、サツキ。ここはわたしのお屋敷です」
そう返したわたしに、サツキはパッと明るい表情になり、
「ああよかった~、そうよ、ヴァルタン家のお屋敷。あたしも中に入るのは初めてだけど、あなたのおうちってほんとすごいのね。親友っていうのが不思議なくらい。あたしんちなんか貧乏長屋で二世帯家族が肩寄せ合って暮らしてるでしょう? つい緊張しちゃったもんだから、さっきも、おじいちゃん仕込みの愉快な小噺をいっぱい披露しちゃって――」
「イケメンたちに大ウケだったのよ。面白い面白いって」
けらけらとお笑いになられます。
緊張から解放されたせいもあるのか、それはもう、楽しそうに。
(……なるほど。本当に「面白い女」だったというわけですわね)
わたしは自分の認識を改める必要があると考えました。
主人公サツキ――この女性は、その立場を利用して殿方たちをたぶらかし、わたしの存在など、殿方たちとの恋愛の駆け引きの道具としてしか見ていないのだと思っていました。
でも、どうやら、親友ポジションだったようです。
サツキが主人公であることには変わりはありませんが、女子どうしの友情は固く、恋のライバルではなく『主人公が選ばなかったキャラと結ばれる』という、ハッピーなタイプの乙女ゲームなのでしょう。
と、なると――
(あのマックは、サツキが攻略を進めていない放置キャラ?)
わたしはこのゲームのシナリオに反乱を起こしたつもりでいました。
が、もしかしたら、そこも含めてシナリオどおりだったのかもしれません……。
そう考え始めたわたしに、
「それでロズ。あの金髪とは何があったの?」
サツキは、本題とばかりに再び質問してくるのでした。
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