恋しい人 第93話
溢れる想いのまま傍にいたいと抱き着けば、離さないと言わんばかりに抱きしめてくれる虎君。
僕は心の底から安心してほぅっと安堵の息を吐く。できるならこのままもう少し引っ付いていたかったけど、家だとどうしても邪魔が入ってしまうから悩ましい。
「オイ、虎。葵の機嫌治ったか?」
部屋のドアを叩くのは茂斗で、「さっさと機嫌を治してもらわないと姉貴が煩い」なんて言ってくる。
僕の心配じゃないんだ!? ってちょっぴりカチンとしてしまう僕を予期していたのか、虎君は僕の唇に手を添えて茂斗への文句を塞いできた。
「気になるなら自分の目で確認しろよ」
「……入って大丈夫なのかよ?」
気まずい目に遭わせやがったら覚悟しろよ。
そんなことを言いながら部屋に入ってくる茂斗は、ドアを開けるや否や眉を顰めた。
「……親兄弟に心配かけてイチャついてんなよ」
あてつけのように盛大な溜め息を吐く茂斗。またイライラのまま八つ当たりされるのかもしれないと身構える僕。
でも、茂斗は脱力したままで何も言ってこなくて、それが逆に不気味だと思ってしまった。
「機嫌治ったなら降りて来い。親父もそろそろ帰ってくるだろうし、晩飯食うだろ? 虎も」
「ああ。毎日悪いな」
「いきなり他人行儀になるなよ。何企んでるんだ?」
警戒心を覗かせる茂斗は、苛めてないだろうがって睨んでくる。苛めてるって、『誰を』とは言わなかったけど、きっと僕のことだよね?
僕は虎君を見上げる。茂斗に何を言ったの? と。
「海音に茂斗の現状を報告したって言っただけだよ」
「? 海音君に? なんで?」
「凪ちゃんが心配してるらしくてね。電話で葵の様子を聞くと不機嫌になるって」
茂斗らしからぬ様子に、凪ちゃんは僕達が喧嘩をしているのかと心配してくれているらしい。
でも、当の本人である茂斗は何でもないの一点張り。もし喧嘩だったならきっと僕に聞いても同じだろうと考えた凪ちゃんは、お兄ちゃんである海音君に相談したらしい。二人が仲良くしてるかちゃんと教えてね。と
虎君の説明を聞いた僕は、少し呆れながらも茂斗を見た。
「僕達喧嘩してたの?」
「! してねぇーよ!」
お前絶対分かってて聞いてきてるだろ!?
バツが悪いのか睨んでくる茂斗だけど、赤い顔をしていていつもと違って全然迫力がない。
僕はそんな双子の片割れに笑ってしまう。
(海音君に相談したらこうなるって凪ちゃんは分かってたのかな?)
いや、凪ちゃんのことだ、きっと純粋に頼りになるお兄ちゃんに心配事を相談しただけだろう。
でも、そうは思っていてもほんの少しだけ海音君が虎君に話すことを見越していたのでは? なんて考えてしまう。
あり得ないと思いながらも、もし本当にそうだったら、引っ込み思案で極度の人見知りな凪ちゃんは、実は結構したたかなのかもしれない。とか思ってしまう。
(……凪ちゃんに限ってあり得ないか)
凪ちゃんはまだまだ虎君が怖いみたいだし、海音君経由で虎君の話を……なんて、妄想を膨らませるにも無理がある。
「んな笑うなっ。つーか海音君も虎に聞くなよな……。絶対俺のことボロカス言っただろ?」
「酷い誤解だな。俺は事実しか言ってないぞ」
「お前のフィルターがかかった『事実』だろうが」
「『凪ちゃんに逢いたくて毎日泣いて過ごしてる』のは事実だろ?」
「他にも言っただろ!」
「まぁ、『茂斗がピリピリしていて葵が元気がない』とは言ったかな?」
噛みつくように虎君を責める茂斗だけど、これって自業自得だよね? 僕と虎君は別に茂斗にあてつけようとか全く思ってないんだし。
「絶対海音君誇張して喋ってるぞ!」
「それは俺に怒られてもなぁ」
文句なら海音に直接言えばいいだろ? って虎君の言うことは尤もだ。でも、絶対に言えないと分かっていてそう言うのは意地悪だと思ってしまう。
(海音君は凪ちゃんの『お兄ちゃん』だし、茂斗が文句言えるわけないよね)
年上だろうが年下だろうがお構いなしに横柄な態度をとる茂斗。でもそんな茂斗には家族以外にこの世に二人、絶対に逆らわない相手がいる。それが凪ちゃんのお兄ちゃんである海音君と、お姉ちゃんである芹那ちゃん。
基本相手を呼び捨てにする茂斗だけど、二人に対しては君付け、ちゃん付けで弟ポジションに甘んじている。
現に茂斗は虎君の提案に悔しそう顔を歪めるだけで言い返しはしなかった。
「本当、海音には従順だよな。お前は」
「当たり前だろうが。未来の『兄貴』に楯突いて何かあった時に援護射撃してもらえなくなったら俺が困るんだからな!」
「えぇ……告白する前から結婚後の話するとか流石に怖いんだけど……」
「だよな? まずは告白してからだよな?」
臆病なのか大胆なのか分からない茂斗に流石に引いてしまう僕。虎君もさっさと告白すればいいのにと笑って僕に同意する。
そんな僕達に茂斗は「その言葉そっくりそのまま三ヶ月前のお前らに言ってやるよ!」って反撃してきた。
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