恋しい人 第90話

「14人だ」

「え? 『14人』って? 何が?」

「今この家を任されているSPの数だ」

 わざわざ言うことでもないが一応教えておく。

 そう言った陽琥さんの言葉に僕は呆然としてしまう。今まで僕達を守ってくれているボディーガードは陽琥さん一人だと思っていたのに、その14倍だっただなんて驚きを通り越してしまうのは当然だ。

 言葉を失う僕を確認した後、陽琥さんは虎君に視線を向けて厳しい口調で二度目はないって言い切った。

「次同じヘマをした場合有無を言わさず葵にSPをつける。いいな?」

「はい、分かりました。すみません」

 頭を下げる虎君に僕は我に返って、何故虎君がそんな風に謝るんだと声を荒げてしまう。

 確かに虎君は陽琥さんに色々お願いしたのかもしれない。でも、だからと言ってこんな風に話を聞かず失敗だと決めつけて怒るのは間違っていると思う。虎君は陽琥さんの部下じゃないんだから。

 あまりにも高圧的な陽琥さんの態度に怒りを露わにする僕。でも、またしても虎君に止められてしまった。

「確かに俺は陽琥さんの部下じゃないよ。でも、それは俺がライセンスを持っていないからってだけだよ」

 葵を護る立場という意味では陽琥さんは俺の上司でありお手本だから。

 そう笑う虎君は僕が食い下がることを予期してか「これは俺の我儘だから」と僕の言葉を奪ってしまう。

「……そんな風に睨んでくれるな。俺は仕事をしているだけだ」

「分かってるし! 陽琥さんの意地悪っ!」

 気が付けば陽琥さんを恨めしそうに睨んでしまっていた。

 苦笑を漏らし肩を竦ませる陽琥さんは虎君に「行っていいぞ」とリビングに顔を出すよう促して、早く僕を連れて行けとばかりに手を動かした。

 邪険にされた僕はもちろん反論しようとした。でも、苦笑交じりに虎君が僕を宥めてきて、二人の関係性を考えると僕が怒り続けるのは虎君の立場的にも良くないからこの不満は耐えるしかなさそうだ。

(陽琥さんのことは凄いって思ってるけど、あんなふうに虎君に偉そうにしなくてもいいと思う!!)

 いや、そもそも虎君に何をさせているんだって話だ。虎君が僕のSPの代わりだなんて、そんなの無茶苦茶過ぎる。

 契約してるわけでもないのに僕を命を懸けて護れとか、そんなの非常識だと思うのは僕だけじゃないはず。それなのに誰よりも良識ある大人であるはずの父さんが了承しているとか、信じられないの一言に尽きる。

「ただいまっ!!」

「! お、かえり。……え? 何? どうしたの?」

 悶々とする心のまま力任せにリビングのドアを開けば、テレビを見ていただろう姉さんが物凄くびっくりした顔を向けてきた。

 そして僕が怒っていることを雰囲気で感じ取ったのか、姉さんは僕じゃなく虎君にどうして怒っているんだと尋ねる。

 虎君は「ちょっとな」と姉さんの質問を受け流すと、僕の肩を叩いて部屋に行こうと笑いかけてきた。

「ママ、ちゃにぃどうしたの……?」

「んー、物凄く怒ってるみたいね。今は静かにしてよう?」

 リビングには姉さんだけじゃなくて母さんもめのうも居たようで、怯える妹に罪悪感が胸を刺した。

 母さんは悲しそうに顔を歪めるめのうを抱き上げると、「虎君が何とかしてくれるから」と此方に笑いかけてきた。そうよね? と。

「ほんと? とら、だいじょうぶ?」

「大丈夫だよ。すぐにいつもの優しいお兄ちゃんに戻るから」

 心配かけてごめね?

 僕の代わりにめのうに謝る虎君に、どうしてみんなして僕のことを虎君に丸投げにするんだと憤ってしまう。今までの自分を省みればこれは当然の結果なのに。

「ほら、行こう?」

「……分かった」

 虎君は手を取りもう一度促してくる。僕は虎君に手を引かれるがまま仏頂面でリビングを後にした。

「……ごめんな?」

「! なんで虎君が謝るの? 謝らなくちゃダメなのは虎君に頼り切ってる僕の方でしょ……」

 学生の虎君にボディーガードをさせちゃっていたなんて、知らなかったこととはいえ申し訳なくて合わせる顔がない。

 危険な真似をさせて本当にごめんなさいと謝れば、虎君は「誤解してる」と笑った。

「『誤解』?」

「俺は自分から茂さんと陽琥さんに頭を下げたんだよ。でも、……でも、自分の手で葵を護りたいってエゴのために葵のことを危険に晒してるよな……」

 虎君は苦笑交じりにさっき陽琥さんに言われて自分の認識の甘さを痛感したと呟いた。本当に葵のことを考えるなら今からでもプロに任せるべきだよな。と。

 表情は笑顔。でも、とても悲しそうな虎君。

 僕は、どうしてこんなにも僕なんかを想ってくれるんだとその愛の深さに戸惑ってしまう。

「でも、ごめん。……『プロに頼もう』って、やっぱり言いたくない」

 部屋の前、ドアノブに手を掛ける虎君は無理に笑っているように思えた。

「何があろうと俺が必ず護るから、だから、俺に葵のことを護らせて欲しい……」

「な、なんで……?」

「葵は俺の全てだからだよ」

 問いかける僕に、目尻を下げて笑いかけてくる虎君。でも、貰った言葉は僕の疑問に対する答えと少し違った。

 僕は、どうして僕なんかをそこまで愛してくれるのか知りたかったんだけど、虎君は愛しているから自分の手で護りたいからだと想いの先の言葉をくれた。

 部屋のドアを開けてくれる虎君。僕は少し戸惑いながらも部屋に入る。

 このまま先の疑問に蓋をするべきかもしれない。そう思いながらもやっぱり知りたい欲の方が強くて、僕は意を決して振り返った。

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