恋しい人 第78話

 躊躇うことなく手を握ってくれる虎君は、僕の隣を歩調を合わせて歩いてくれる。

 お店に着いても手は離されることは無くて、先に待っていた女の子達はチラチラと此方を盗み見る。ついさっきまでの僕ならその視線が怖くて手を振りほどいてしまっていただろう。

 でも今は全然平気。むしろ『虎君は僕の虎君です!』って自己主張できるほどポジティブに考えることができていた。

(きっと虎君とずっと一緒なんだって安心できたからだよね)

 何があっても傍にいると言ってくれた虎君の言葉は魔法のように僕の心を前向きにしてくれる。

 僕が間違った方向に向かいそうになった時、虎君はいつだって正しい方向へと導いてくれる。本当に、僕にとってかけがえのない人だと改めて実感するのはこういう時だ。

(ありがとう、虎君。大好きだよ)

 僕は人目を気にせず虎君に寄り添い、半身に流れ込む温もりに言葉では言い表せない程の幸せを感じた。

 すると虎君は繋いでいた手を放してしまう。それに、どうして? と悲しい気持ちになりそうになった僕だけど、悲しい気持ちになることは無かった。

 それは虎君が僕の手が僕の肩を抱き寄せたから。

 僕が虎君を見上げれば、虎君は「ん?」と小首を傾げてどうかしたのかと不思議そうな顔をしていて、虎君にとってこれは自然な仕草なんだと分かった。

「なんでもない」

 ただ嬉しかっただけ。そう笑えば、微笑みが返ってくる。大好きな笑い顔に幸せ過ぎて泣いちゃいそうだ。

 虎君の想いが嬉しくて、嬉しすぎて、僕は人目ということも忘れて虎君の半身に抱き着くように寄り添ってしまう。

(あ、見られた)

 『好き好き!』と言葉ではなく全身で伝えるように虎君にくっついていたら、ふと視界に入った僕達の前に待っている女の子二人組と目が合った。

 女の子達は明らかに『しまった』という顔をして慌てて前を向いて、声を抑えつつも『三次元ビーエル』と騒いでいた。

(『びーえる』ってなんだろ……? 雰囲気的に悪口じゃないとは思うけど……)

 聞き耳を立ててるわけじゃないけど、聞こえる単語は『カッコいい』とか『可愛い』とか『尊い』とかマイナスなものじゃないから、ひとまず安心。

(『カッコいい』は虎君のことだよね?)

 盗み見るように再び見上げれば、すぐに視線に気づいた虎君から「どうした?」と笑いかけられる。

 僕はその笑顔にもう一度なんでもないと笑いながら、騒ぐ気持ちはよく分かると前の女の子二人に心の中で同意した。

(一緒にいることが当たり前だったからあんまり意識してなかったけど、虎君って物凄くカッコイイ男の人だよね)

 いや、昔からカッコイイとは思っていたけど、僕が思ってる以上に、という意味だ。

 高身長高学歴で端正な顔立ち。横から見ても正面から見てもカッコいいし、何なら後ろ姿も様になる。そりゃみんな盗み見たくなるよね。

(綺麗系のカッコイイじゃなくて逞しい感じだし……、って、虎君って凄く着痩せするよね? 抱き着くと物凄くがっしりしてるもん)

 こういうの何て言うんだっけ? 細マッチョ?

 筋肉が付き辛い僕とは正反対に、虎君は鍛えれば鍛えるだけ筋肉が付くと言っていた。僕がそれを羨んだ時ドイツ人の血のおかげだって言ってたけど、絶対それだけじゃないよね?

(確かにドイツ系の人達って凄く体格良いって聞くけど)

 もし僕もドイツ人の血を引くクォーターならもっと筋肉が付きやすかったのだろうか?

 でも残念ながらどっちのお祖母ちゃんもイギリス系アメリカ人だったはずだから、これは叶わぬ夢というやつだろう。

「何百面相してるんだよ?」

「……虎君はカッコいいなと思ってただけ」

「誉め言葉を拗ねた顔で言わないでくれよ。喜んでいいのか分からないだろ?」

 くすくすと笑って僕の突き出した唇に手を添える虎君は、優しく輪郭に沿うようになぞる。

 僕は堪らずその指先にちゅっとキスを落とすと、「だって狡いんだもん」と羨望を口にした。

「何が『狡い』んだよ?」

「同じクォーターなのに見てよこの差。全然違う」

 大木と枯れ木程の差がある虎君と僕。もちろん虎君が大木。

 身長は頭一つ分違うし、体格は大人と子供。

 昔を知らなければ歳の差のせいだと言い訳することはできるけど、幼馴染だから虎君が高校生の時を知っているからそれもできない。

 みすぼらしい僕とは大違いの逞しい虎君に「狡い!」ともう一度訴えた。

「僕も虎君みたいにがっしりしたいよ」

「えぇ? でも葵、筋トレ2日で辞めちゃうだろ?」

「! そ、そうだけど……」

 痛いところを突かれた。今まで何度も虎君や茂斗を巻き込んでボディメイクを試みたことがあったけど、大体1日で辞めちゃってたのは僕の方だ。

 自分のせいかと肩を落とす僕。すると虎君は僕の方に添えていた手に力を込めて、隣から虎君の前に僕を移動させると背中からぎゅっと抱きしめてきた。

「……虎君?」

「こうやって俺の腕の中にいるのは嫌?」

 耳元に落とされる低く甘い声。心臓が飛び跳ねたようにドキドキしちゃうのはしかたない。

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