恋しい人 第71話

「ご機嫌に笑ってるってことは、先輩に頼んであげるんだ?」

「! マジで?!」

 上機嫌な僕に意地悪を投げかけてくるのは慶史で、慶史の言葉に頼んでもらえると思った悠栖が目を輝かせて僕を見てくる。よっぽどクラヴ・マガを習いたいんだろうな。

 僕は苦笑いを浮かべ、話すだけ話してみると悠栖に伝えた。すると悠栖は凄く喜んで、ちょっとだけ罪悪感。

(ちゃんと頼んであげよう……)

 悠栖が習いたいと言っていると『伝える』だけにしようと思っていた自分の心の狭さに今更ながら自己嫌悪を覚える。

 すると慶史は僕の心を見透かしたのか、それとも表情を読み取ったのか、にやにやと笑いながら「ご愁傷様」となおも意地悪を言ってくる。

「なぁ、なんで藤原、『ご愁傷様』なんて言ったんだ?」

「え? それは、な、なんでだろう? 慶史君、どうして?」

 訝し気な顔をしている姫神君の質問に朋喜はしどろもどろ。

 姫神君は同性の恋愛に否定的。だから僕と虎君の関係を隠して話をしないと場の空気は悪くなってしまう。

 朋喜は、そんな器用なことできないからね? と慶史に全部任せて話を振ると、姫神君に気づかれないように僕に謝ってきた。

(謝らなくちゃいけないのは僕の方なのに……)

 皆に気を使わせてしまって凄く申し訳ない気持ちになる僕。慶史は仕方ないと肩を竦ませ、本当のことを隠して姫神君に説明を始めた。

「さっきから話題に出てる『先輩』っていうのは葵の大好きな幼馴染のお兄さんなんだよね」

「それはなんとなく察してた。……三谷がその人にめちゃくちゃ懐いてるのも伝わってる」

「なら、分かるよね? 悠栖が先輩に護身術習おうと思ったら必然的に葵が先輩と過ごす時間が減って、先輩大好きな葵がそれに良い顔するわけないって」

 ズバズバと言い当ててくる慶史に、僕は自分の心が読まれたのではないかと焦る。

 慶史はそんな僕のことなどお見通しだとばかりに笑うと、直ぐに姫神君との会話に戻って行った。

「言いたいことははっきり言えば? 姫神らしくない」

「お前が俺の何を知ってるんだよ……」

「確かに全然知らないけど、少なくとも言いたいことを我慢する性格じゃないことだけは知ってるかな?」

「俺だって言っていい事と悪い事の区別はつくぞ」

「またまた! 今朝も『男のケツおっかけてくんな変態共が!』ってブチ切れてたじゃん」

 慶史の言葉に姫神君は眉を顰め、それとこれとは全然違うと反論。変態を変態と称しただけだ。と。

「本当のことしか言ってないだろうが」

「なら、今思ってることは本当のことじゃないんだ?」

 言葉の上げ足をとる慶史は本当に意地悪だ。悪い顔をして笑ってるから絶対にわざとだし。

 僕が姫神君に同情を覚えていたら、息が止まりそうな言葉が姫神君の口から零れて冷や汗が全身から吹き出しそうだった。

「いや、なんつーか、三谷がその『先輩』って人に惚れてるみたいだって思ってさ。ごめんな、三谷」

「えっと……」

「ゲイ扱いされるとか、気分悪いよな?」

 お願い、申し訳なさそうに謝らないで。『実はそうなんだ』って本当のことを言えなくなっちゃうから。

 姫神君は本気でゲイだと思われることが嫌なんだろう。だから相手もゲイだと勘違いされるなんて嫌だって思うんだ。

 僕は、女の人が好きとか、男の人が好きとか、人を好きになる感情に性別がくっ付かなければいいのにと心底思う。

(だって僕は『男の人だから』虎君が好きなわけじゃないし……)

 自分の性的嗜好を聞かれると正直困る。

 僕は、男の人が好きなわけじゃない。かといって女の人が好きなわけでもない。だって、虎君以外の誰かを好きになったことはないから。

 ハッキリと言えるのは、『虎君が好き』という気持ちだけ。虎君以外好きになれないという想いだけ。

(でも、同性愛に否定的な人からすればそんなの関係ないんだよね。きっと……)

 好きになった人がたまたま男の人だった。

 姫神君に、それを受け入れてもらえるとは思わない。だからきっと僕は笑って『平気だよ』と答えないとダメだろう。

 でも……。

「三谷? ごめん、そんなに嫌だったか? いや、嫌だったんだよな? マジでごめんっ」

 虎君を好きな気持ちを隠しておかなくちゃダメだって、ちゃんと分かってる。

 けど、頭ではそう理解しているのに、僕はどうしても笑えなかった。虎君を好きな気持ちを偽ることなんて、どうしてもできなかった……。

 僕は頭を過る色んな事柄に俯き口元を隠し、黙り込む。

 聞こえるのは姫神君の焦る声。

 早く何でもないって弁解しなくちゃって思っているのに、焦れば焦るほど感情が昂って泣きそうになってしまう。

(言わなくちゃっ……早く、『虎君はただの幼馴染のお兄ちゃんなんだから』って、早くっ)

 必死に言葉を口に出そうとするも、喉の奥に引っかかって出てこない。僕の全てがそんな嘘を吐きたくないと叫んでいるようだった。

 そう。たとえ今後姫神君と仲良くなれなくても、虎君への想いを自分で貶める言葉を口にしたくないんだ。

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