恋しい人 第55話
「『まったくわからない』と言う顔だな。二人とも」
「だって全然分からないですし」
「僕も……全然分からない……」
「よく考えれば分かることだと思うんだがな。……そうだな、もう少しヒントをあげようか。『頭を下げてきたのは三谷君のご両親だけじゃなかった』。どうかな? 流石に分かっただろう?」
斗弛弥さんのくれたヒントは全くヒントになってない。
僕も慶史も全然分からない。お互いの顔を見て分かったかと視線を交わすも肩を竦ませ首を振る結果に終わった。
僕は「なぞなぞは苦手です」と不満を訴える。
「なんだ。アイツ、まだ隠してるのか」
「? 『あいつ』って誰ですか?」
意外そうな顔を見せる斗弛弥さん。本当、何のことを言っているのか分からない。
でも、謎が謎をよんで全く理解できていない僕の隣で「俺、分かったかも……」と呟く慶史。
「え? 嘘」
「全然、先生との接点が分からないけど、たぶん来須先輩じゃない? あの人以外考えられないし」
「虎君が? そんな―――」
「なんだ、三谷君が先に気づくと思っていたのに」
何を言っているんだと慶史を振り返った僕の耳に届く斗弛弥さんの驚きを含む声。
僕はびっくりして斗弛弥さんを振り返ってしまった。
「『葵が急にクライストに進学するって言い出した』。『一生のお願いですからクライストの養護教諭になってください』。って、土下座までしてな。惚れた相手守るために高校生のガキが一丁前に男の顔してたんだよ」
あれには不覚にも感動した。
そう昔を懐かしむ斗弛弥さんの笑顔はびっくりするぐらい優しかった。
言葉を失う僕。だって、斗弛弥さんがクライストの養護教諭だったって僕が虎君に話した時、『凄い偶然だ』って虎君驚いてたのに……。
「つまり、柊先生は来須先輩の『仲間』だったんですね」
「『仲間』というか、保護者みたいなもんだな。アイツが母親の腹の中にいた頃から知っているし」
おしめも替えたことがあるしミルクもやったことがあるぞ。
そう笑う斗弛弥さん。慶史は「最悪」と物凄く嫌そうに吐き捨てた。
「くそっ。おじさんの知り合いだから完全に油断してたっ」
「茂の知り合いである前に、俺はジュニアの親父の知り合いだからな」
忌々しそうな慶史の反応に満足したのか、斗弛弥さんは満足そうに笑うと「聞きしに勝る敵視具合だな」と挑発のような言葉を口にする。
「だって完全にストーカーじゃないですか! いや、前から知ってましたけどね!?」
「はは。そうだな。アイツの一途さはストーカーと呼ばれても反論の仕様がないな」
「笑ってますけど、先生も『同類』ですからね!?」
「酷い言われようだな。知り合いの息子の身を案じる優しい大人なだけだぞ?」
「優しい人はそんな胡散臭い笑い方しませんから!」
虎君の知り合いだと分かったからか、慶史は斗弛弥さんに物凄い敵意を見せる。そこまでして葵を監視するとか異常だ! と。
慶史は驚きすぎて色々置いてけぼりになっている僕を振り返ると肩を鷲掴むと「目を醒まそう!?」と揺さぶってくる。
「やっぱりあいつ、危ない奴だよ! キズモノにされる前に別れよう!?」
「け、慶史、ちょ、やめて、肩痛いよ」
そんな力任せに掴んで揺さぶらないで。
そう訴えれば我に返ったのか「ごめんっ」と解放してくれる。
慶史は純粋に僕の心配をしてくれているのだろう。それはすごく嬉しい。でも、慶史の『お願い』は聞き入れられない。
(また余計に虎君のこと苦手になっちゃうだろうな……)
関係を修復して欲しいけど、余計にこじれちゃいそうだ。まぁ仕方ないんだろうけど……。
「心配してくれてありがとう、慶史。でも、ごめんね?」
「なんで? 先生とか瑛大とか、知り合い使って学校でも監視されてるんだよ? イヤじゃないの?」
「『監視』されるのは確かに嫌だけど、でも虎君は『監視』してるつもりはないと思うよ?」
これ以上慶史を興奮させないように極力穏やかな口調で話すものの、拒否を示す言葉に慶史は「現実見なよ!」と声を荒げてしまう。
慶史の表情にどう頑張ってもこの拒絶は覆しようがない気がした。
(もう……。虎君、本当に慶史に何したの?)
ヤキモチを焼いて慶史を敵視していたことは虎君も認めているけど、絶対それだけじゃないよね? 敵視しただけじゃこんな拒絶されないよ?
きっとよっぽど嫌な目に遭ったんだろうな。と、申し訳なくなってしまうのは当然だ。
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