特別な人

恋しい人 第44話

　自分にこんな浅ましくやらしい一面があるなんて知らなかった。

　理性で止めることができない程思考も身体も虎君を求めているなんて、自分が自分じゃないみたいで凄く怖い。

　でもそれ以上に怖いのは、虎君に拒絶されることだ。虎君はこんなやらしい僕をどう思うかと考えただけで恐ろしくて堪らなかった。

「……俺はここで葵を抱きたくない」

「！　わ、かってる……。分かってるけど、でも―――」

「でも、こんな可愛い葵の誘惑を無視することもできない」

　虎君は僕を見下ろし、困ったような、でも愛しくて堪らないと言わんばかりの笑みを浮かべる。

　僕が名を呼べば、頬に添えられる手。そして、そのまま落ちてくる甘くて蕩けるようなキス。

　僕の願いをどう思ったのかは分からないけど、でも、虎君は僕の願いを叶えてくれると思った……。

「もし俺が理性をぶっ飛ばしたら、殴ってでも止めてくれる？」

「だめ、なの……？」

「ここでは葵を抱かない。抱きたくない。……でも、葵に触れて暴走しないなんて絶対に無理だと思うから、葵が俺を止めて？」

　何の準備もなく愛し合うなんてハイリスクは冒したくないから、お願い。

　そう額を小突き合わせた虎君が漏らす切実な声に、僕は、僕の願いを聞いてくれるのと声を震わせた。虎君から返ってくるのは、愛しすぎる破願だ。

「我慢の限界。葵が可愛すぎて頭がどうかなりそうだ」

　だから、お願い。触らせて……？

　そう唇を寄せてくる虎君に、僕は堪らずその首に手を巻き付け、しがみついた。

「ごめんねっ……ごめんね、虎君……」

　大事にしてくれているのに、勿体ないぐらい、大切にしてくれているのに、我儘を言ってごめんなさい。

　そう謝りながらも歓喜の涙を零せば、「交換条件、忘れないでくれよ？」と僕を見つめる虎君。僕は、僕も理性を総動員して我慢する。と頷きを返した。

（ごめんね、虎君。ありがとう……）

　できることなら、今すぐにでも深く愛し合いたい。でも、虎君の気持ちは痛いほど理解できるから、これ以上の無理強いはしたくない。

　虎君と付き合い始めてからすぐ、親友が教えてくれた。男同士で愛し合いたいのなら時間をかけろ。と。

　他者を受け入れるようにできていない男の身体で愛する人を受け入れる方法は僕が想像していたよりもずっと難しくて、羞恥と痛みを感じざるを得なかった。

　恥ずかしさと未知への恐怖に狼狽えたことを覚えているからこそ、虎君が欲望のまま愛し合いたくないと言った意味が理解できる。

　そして、僕のことを本当に大切にしてくれているからだと言うことも、ちゃんと伝わっている。

　僕は僕の希望で関係を一歩進めてもらう。だから、虎君の希望もちゃんと聞かないと。だってそれが恋人、だよね？

　一方的な関係は破綻を招くと思うから、僕は虎君とずっと一緒にいたいから、ちゃんとお互いを尊重したい……。

「虎君、大好き……大好きだよぉ……」

「分かってる。……俺も大好きだよ。愛してる……。愛してるよ……」

　口づけを交わしながら、僕は虎君に促されるがままベッドに横たわり、身を任せる。

　触れるだけのキスはお互いの想いを受けて深くなっていって、再燃した熱が一気に燃え上がって身体を巡ってゆくのを感じた。

「んっ……、んん……、とら、く……」

「葵可愛い……。本当、堪らない……」

　傍にいたくて虎君を抱き寄せてしまう僕。虎君はそんな僕に何度も何度もキスを繰り返し、昂る熱に触れるように下肢に手を添えてきた。

　制服の上から昂ぶりを撫でられれば、それだけで腰が浮くほど反応してしまう。

　自分の身体なのに自分の身体じゃない気がして覚えるのは恐怖。でもキスの合間に落とされる愛の言葉の数々に、恐怖よりも虎君を求める欲望の方が勝った。

　熱を帯びた下肢を覆い隠してしまう大きな手。昂ぶりを覚えるそれの形を確かめるように何度か動かされるその手に、僕は自分のものとは思えぬ上擦った声を唇から零してしまう。

　虎君はその声を聞きたいと唇へのキスを止め、鼻先に、頬に、瞼に、と、顔中にキスを落としてきた。

「虎君っ、虎君、虎君っ……」

「俺は此処にいる。……大丈夫、もっと気持ちよくなっていいから……」

　初めて覚えた強すぎる快楽。それは下肢から背筋を伝い脳に直接響いているかのように頭を痺れさせ、すぐに快楽を得ること以外考えられなくした。

　虎君は唇を耳によせ、耳朶にちゅっちゅっと何度もキスしてくる。キスの合間に囁かれる『愛してる』の言葉に、その熱っぽい吐息に、今度は背筋を伝い下肢に電流が流れて……。

（気持ちいぃ。気持ちいぃよぉ……）

　僕の口から漏れるのは言葉にならない上擦った声ばかり。必死に虎君を呼んでいた気がするけど、正直よく覚えていない。

　目の前が白むような快楽の波に、下肢に集まった熱を解放することしか考えらえないでいた。

　でも次の瞬間、快楽を生み出していた下肢から虎君の手が離れてしまった。

　急激に昂り続けていた下肢は、熱を篭らせたまま昂ぶりを止める。僕は全身が爆発しそうなほどの抑圧を覚え、熱を吐き出したいと泣き出してしまう。

「ごめんな……、でも、制服、汚しちゃダメだろ……？」

　苦しいけど少し我慢して？

　そう囁いて耳朶を舐める虎君は、僕が返事ができる状態じゃないと知っているのだろう。答えを待たずベルトへと手をかけ片手で器用にそれを緩めると、そのまま制服の―――いや、下着の中に手を侵入させてきた。