恋しい人 第26話
「あーごめん、ただの言い回しだよ。そんなに目くじら立てないでよ」
「嘘だ! 絶対僕のこと子供っぽいって思ってるんでしょ!」
「子供っぽいとは思ってるよ? だって俺達まだ子供じゃん」
平然と言い放つ慶史は本当意地悪だ。
僕が唸り声をあげて睨めば、姫神君が驚いた声を上げた。三谷って双子なのか。と。
「そうだよ。葵君は双子で、今の大きな内緒話に出てきた葵君の双子のお兄さんは物凄くカッコイイんだよね。大学生って言っても通りそうなぐらい凄く大人っぽいんだよ」
「へぇ……。なぁ、MITANIの社長って、昔『絶世の美男』って見出しで何かの経済誌の表紙飾ったことないか?」
「え? それは、知らない……」
「いや、確かにあの表紙はそうだったはずだ。なるほどな。あの人が三谷の父親か」
存在すら知らなかった雑誌の表紙の話に一人で納得を示す姫神君は何度か深く頷くと僕を見る。上から下まで、二度ほど。
「な、何?」
「いや、似てないなと思って。三谷は母親似? で、双子の兄貴は父親似か?」
「うん、そうだね。僕はどちらかと言えば母さん似、かな? 茂斗――双子の兄は、完全父さん似だね」
姫神君の質問に答えれば、「なるほどな」と何やら納得している様子。
僕は姫神君が何を考えているか分からず、聡明な慶史に答えを求めて振り返る。でも、慶史もまだ姫神君を掴めないのか、分からないと首を横に振って見せた。
「なぁ、どういうことだ? さっぱりわからないんだけど」
「! ああ、悪い。三谷が自己評価低い理由が分かったって事だ」
「え? 何? 何々?」
「『何?』って、圧倒的な劣等感だろ? 兄弟って普通、何かと張り合ったり比べられたりするもんだろ? それが双子となれば闘争心は普通の兄弟よりもずっと強いんじゃないかな」
姫神君の分析を熱心に聞くのは悠栖だけじゃなくて朋喜も。慶史は姫神君の分析に同意なのか「そういうこと」と頷いている。
「葵は凄く優秀だし可愛いし、劣等感を抱く必要なんて全くないんだけど、比較対象が茂斗っていうのが最悪なんだよ」
「確かに、あいつめちゃくちゃすげーもんな……。ほら、なんていうの? チートってやつ?」
「眉目秀麗で頭脳明晰、運動神経も抜群でまさに文武両道。性格を除いたら茂斗に勝てる男なんて殆どいないだろ」
「! 性格は確かに難ありだよな!」
「でも家族と大切な人には真摯で一途って、凄く魅力的じゃない? 僕は茂斗君の性格、とっても魅力的だと思うけどなぁ」
四人は茂斗の話で盛り上がる。
双子の片割れを褒めてもらえるのは嬉しいけど、僕の自己評価が低いとか、その手の話は見当違いすぎてどう訂正すればいいかと頭を抱えてしまう。
だって、別に僕は自己評価が低いわけじゃない。茂斗に劣等感を感じているわけでもない。……確かに、ちょっぴり羨ましいとは思っているけど、劣等感というほどではない。
(そもそも、悠栖も慶史も根本的な勘違いをしてるよね。僕が『優秀』とか『可愛い』とか、他の人に聞かれたら笑われちゃうよ……)
友達の欲目ってこういう事を言うのかな?
惨めではないけど、居た堪れないとは思う。僕がもう少し父さんか母さんに似ていたら友人達からの誉め言葉を素直に受け入れられるのかもしれないけど。
(まぁ、努力を評価してくれるのは単純に嬉しいけどね)
目の前で推理合戦を繰り広げている友人達を眺めながら、身に余る光栄と言いたくなるほど友人達が僕をどう見ているか知ることができて嬉しかった。
下駄箱前で話し込んでいたら、ホームルームに向かう先生に声を掛けられた。早く教室に戻りなさい。と。
僕達は先生の声に素直に返事をして、お喋りを終わらせる。
先生の後を追うように教室に向かって席に着けば、丁度教壇に立った担任の先生が話を始める。
話の内容は入学を祝う言葉と、明日以降の授業の話。それと、簡単な自己紹介をと促された。
僕は進級後のこれがとても苦手だった。面白おかしく自己紹介ができる人なら何でもないんだろうけど、自分の名前しか出てこない僕にはテストよりも難関だ。
徐々に回ってくる順番に、胃が痛くなりそう。
早々に自己紹介を済ませた悠栖はこれが終われば今日は帰れるとウキウキしてる感じが伝わってきて、正直羨ましい。
姫神君、朋喜、慶史と自己紹介を終えてゆくのを聞きながら、遂に回ってきた自分の番。
僕は前の席の人が座ると同時に椅子から立ち、グルグル回り過ぎた思考に眩暈を覚えそうだった。
「三谷葵です。自己紹介が苦手で何を喋ればいいか分からなくて今頭が真っ白です。一年間よろしくお願いします」
結局当たり障りない事しか言えなくて、自分にげんなりする。むしろ軽いパニック状態で散々な自己紹介だ。
僕は座るなり頭を抱えてやり直したいとさえ思った。まぁ、もう一度自己紹介をしていいと言われても断固として拒否するけど。
(もうやだ……。虎君に会いたい……)
後少しで終わるクラスの自己紹介。終わったらみんなと喋るのもそこそこにして帰ろうと心に決めた。
机に突っ伏してしまいそうな僕を見兼ねてか、隣の席の慶史が気づかれないように机の端をコンコンと叩いてきた。
何かと視線を向ければ、ルーズリーフに書かれた『先輩欠乏症?』って文字と慶史のにやりと笑った表情。
何処までも心を見透かす慶史を一睨みすると、僕は舌を見せてそっぽを向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます