恋しい人 第22話
「犯罪者にならない自信があるから、じゃない?」
「なら、俺を『無理矢理』連れて行って『ナニ』する気だったんだよ?」
ちょっとお喋りしたかったとかあり得ないよな?
そう凄んでくる姫神君に僕は心臓が痛くなる。だって、慶史が言った『犯罪者にならない自信』は、そう言う意味じゃないから……。
「違う違う。犯罪を犯そうが揉み消す自信があるからって意味だよ」
「! なんだそれ」
「だって此処にいる連中、親が権力者って奴ばっかりだし。自分の親より相手の親の方が弱けりゃ下僕扱いなんて日常茶飯事だぞ?」
「でも犯罪は犯罪だろうが。警察が黙ってない」
金があろうが権力があろうが、罪を犯したのならば償わなければならないはずだ。
そう突っかかる姫神君の言うことは尤もだ。正義は常に中立でなければならないと僕だって思うもの。
でも、それが理想論だって、綺麗事だって、僕は知っている。
「司法は金持ちの味方だよ。金と権力があれば、白も黒になる。それが世の中」
「慶史、お前、この年でそんな希望がないこと言うなよ……」
「でも事実でしょ」
「それは、……そう、だけど……」
違うの? そう言わんばかりの視線に悠栖はたじろぎ、『違わない』と答えることができない。
俯く悠栖の肩を慰めるように叩いた朋喜は、「もちろん、今慶史君が言ったような人は極一部の人だからね?」と眉を顰めていた姫神君にフォローを投げる。
でも、既にその『一部』の人から嫌な思いをさせられた姫神君は朋喜のフォローに言葉だけの感謝を伝えるも、自分はそれとは別枠だと吐き捨てた。
「どういう事?」
「俺は、深町達とは違ってただの庶民なんだ。深町達にとっては『極一部』しか居ないかもしれないけど、俺には全校生徒がそうとしか思えねーよ」
「! そ、そんなこと―――」
「そんなことあるんだよ。……でも、まぁ心配ありがとうな」
否定しようとした朋喜の言葉を遮って吐き捨てた姫神君の声は嫌悪が滲んでいる。でも、その表情が何処か辛そうに思えたのは、僕の気のせいかな……?
僕達の視線に気づいた姫神君はハッとした表情を見せ、取り繕うように笑顔を見せる。嘘の笑顔に姫神君の心は固く閉ざされていると感じて悲しくなってしまった。
「姫神君!」
「なんだ? 三谷」
「何か困ったことがあったら、僕に相談してね? 僕には力はないけど、僕の父さんは結構、力があるし、学校で困ったことがあったら力になれると思うから!」
「お、おう……。ありがとう……」
まだ出会って数時間。そんなすぐに心を開いてくれるわけがないってちゃんと分かってる。
でも、それでも僕が姫神君の辛そうな笑顔を見たくなくて、ついお節介を焼いてしまう。
姫神君はとても綺麗で魅力的な人だから他の人達よりもずっと危険だってこと、3年間慶史達と一緒にいるからよく分かる。
だから、お節介だって分かってるけど、僕は姫神君を守りたい。朋喜のことも、悠栖のことも勿論。そして、慶史のことも……。
「な、なぁ三谷。そんな泣きそうな顔すんなよ。ちゃんと、頼るから。な?」
「絶対、絶対だよ!?」
「分かった。分かったから」
必死過ぎだって姫神君は呆れているような気がする。それはちゃんと分かってるけど、もう後悔したくないから僕は必死だった。
「はいはい。落ち着いて、葵。姫神、困ってるよ」
「慶史……」
「ごめんねぇ、葵って純粋過ぎてこういうところ結構あるから、悪いけど慣れてね」
「『慣れる』もなにも、別にお前らとつるむ気は―――いってぇ!!」
突然の叫び声にビックリした。
何事かと思ったら姫神君は足の甲を押さえるように蹲り、涙目で睨んできた。
「藤原、てめぇ、何しやがるっ!」
「うるさ……キャンキャン吠えないでくれる? 頭が痛くなる」
「なっ―――」
「ご、ごめんなさいっ! 姫神君、ごめんなさい! 慶史が酷い事して、本当、ごめんなさいっ」
見てたわけじゃないけど慶史が姫神君の足を踏みつけたと察した僕は慶史に変わって姫神君に謝った。必死に。
姫神君が悲しい事を言おうとしてたことは雰囲気で分かってるけど、でも、それはまだ僕達が良く知り合っていないからだ。
僕は姫神君と仲良くなりたいし、きっと慶史だって同じはず。ただちょっぴり慶史は短気だから、頑なに拒絶されるとついつい心にもない態度をとってしまう。
これで慶史と姫神君が犬猿の仲になったら絶対に嫌だから、僕は謝れない慶史に変わって謝るのだ。
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