大切な人 第9話

 和菓子は食べたい。でも、遊びに誘っておいてお菓子を貰ってしまうなんて流石にできない。

 僕は誘惑に打ち勝つべく、これは受け取れないと紙袋を返そうとする。

 すると朋喜ともきは可愛く笑って、「甘いもの、好きでしょ?」って尋ねてきた。

(甘いものは好きだけど! 好きだけどっ!!)

 葛藤する僕を知ってか知らずか、朋喜は一度渡したお土産を返してもらうわけにはいかないと言って笑うと、踵を返して再び玄関へと戻ってしまった。恐らくまだリビングに姿を見せない慶史けいし達を呼びに行ったんだろう。

 僕は朋喜の後ろ姿とお菓子の入った紙袋を交互に見ながら、ついに誘惑に負けてそれを受け取ることにしてしまった。

(だって折角朋喜が好意で持ってきてくれたものだし、受け取れないって突っぱね続けるのも失礼だしっ)

「先輩、遠慮しなくていいっすよ」

 結局受け取ってしまったと罪悪感を覚えながらも、美味しいだろう和菓子に心を躍らせる僕の耳に届くのは悠栖ゆずの声。

 顔を上げたら悠栖は苦笑交じりに肩を竦ませて虎君を見ていた。

(悠栖?)

「別に遠慮なんてしてないさ」

「えぇ? 本当っすか? 今、マモのことめちゃくちゃに可愛がり倒したいって思ってません?」

 我慢は身体によくないっすよ。なんて悪戯な言葉をかける悠栖。

 すると虎君は笑いながら我慢してないからと言い切った。

 そのハッキリとした口調に僕はちょっぴり傷つく。

(そりゃみんなの前で甘やかして欲しいってわけじゃないけど、なんか、なんか……)

 僕のことなんてどうでもいいと思われているみたいで悲しい。

 もちろん、そんなことないって分かってはいるんだけど、でも、なんだか距離を感じてしまうのは仕方ない。

(だって、僕ばっかりなんだもん……)

 くっつきたいって思うのも、離れたくないって思うのも、キスしたいって思うのも、全部。

 恋人になる前の方が僕達の距離は近かった気がする。

 そんな風に考えてしまったら、僕が落ち込むのは時間の問題に思われた。でも―――。

まもるを可愛がり倒すのは二人きりの時にって決めてるからな」

「それって『マモの可愛い顔は自分だけのものだから』ってことっすか?」

「天野、葵が可愛いのは顔だけじゃないからな? 間違えるなよ」

「! 流石っすね」

 葵の全てを見ることができるのは恋人である自分だけの特権だから。

 そう当然のことのように言い切る虎君はソファから立ち上がると玄関へと歩き出して、途中、悠栖の頭にポンッと手を乗せると深い笑みを浮かべた。

「これからも葵の『友達』としてよろしくな?」

「笑顔が怖いっすよ」

 虎君の笑顔に威圧感を感じたのか、悠栖が返すのは空笑い。

 肩を竦ませる悠栖は、「心配しなくても、俺、男に興味ないんで」と、好きなのは女の子だと言い切ってみせた。

「そうか。なら安心だ。このまま性別にこだわって恋愛してくれ」

 間違っても俺に喧嘩を売らないでくれよ?

 そう薄く笑った虎君はそのままリビングを後にして玄関へと消えてしまう。

「なんか、隠さなくてよくなったせいで悪化してねぇ? めちゃ怖いんだけど……、って、マモ? どうした?」

「あ……、えっと……、な、なんでもない……」

「はいはい。先輩に惚れ直してるのは分かった分かった。相思相愛でよかったなぁ」

 虎君が消えたドアをボーっと見ていた自覚はある。だから、悠栖が呆れ顔になるのも仕方ないと思う。

 でも、でもそんなの当然じゃないかな?

(だって、今のって僕が大好きだからこその言葉でしょ? そんなの嬉しいに決まってるじゃないっ!)

 今すぐ抱き着いて、僕も大好き! って伝えたい。

 隙間ないぐらい引っ付いて、いっぱいキスして、もっともっと虎君に甘えたい。

 そんな欲望を覚えた僕は、その場にしゃがみ込んで朋喜にもらった紙袋を代わりに抱きしめてしまう。

「! ちょ、こら! せっかくの和菓子がぐちゃぐちゃになるだろうが!」

「ご、ごめんっ!」

 俺らのお茶菓子が! ってちゃっかりしてる悠栖のおかげで見た目でも楽しめる食べる芸術は守られた。

「ほんっと、よかったな、マモ」

「悠栖……?」

「いや、幸せなんだろうなーって思って」

 よしよしって頭を撫でてくれる悠栖に、僕はいろんな感情が込み上がってきてつい涙目になってしまう。

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