My Everlasting Dear... 第7話

「女好きのお前には理解できないってことは分かってるさ。でも惚れてるもんは仕方ないだろうが」

「いや、もう本当、突っ込みどころが多すぎて頭パンクしそう……」

「? 何言ってんだお前」

 人が真面目に話しているのに突っ込みを入れるとかどういう了見だ?

 まだ冗談とか言う気か? と顔を顰める虎は、空笑いを浮かべて精神のバランスを取ろうとしている海音かいとの胸ぐらを掴んだ。

「真剣に聞く気がねぇなら二度と俺に構うな」

「! ちょ、ちがっ、そうじゃな―――」

「今度から話題提供は別のところに頼め。次にこんな探りの入れ方しやがったら生まれてきたことを後悔させてやるからな」

 人殺しすら厭わない冷淡な眼差しで見下ろされたら、嫌でも虎が本気で怒っているとわかってしまう。そして、長い付き合いのせいで虎の言葉が嘘でも脅しでもないことを知っている。

 海音は自分の胸ぐらを掴んだ手を放して立ち去ろうとする虎の胸ぐらを掴み返した。

「待てって! てか話聞けって!」

「話なら今散々聞いてやっただろうが」

 苛立っているところを喧嘩腰で止められたせいで、虎の機嫌の悪さはこの上ない。今にも殴りかかってきそうな殺気を纏うその姿に、海音は内心五体満足で家に帰れるよう祈った。

「お前、マジで自分が何言ってるか理解してんの!?」

「当たり前だろうが」

「いーや! 絶対理解してない! お前今、まもるのこと『恋愛対象として好きだ』って言ったんだぞ? 『恋愛対象』ってことは、『セックスしたい』って意味も含まれてんだぞ!?」

 大切にして、大事にして、抱きしめて、キスをして。

 もしそれを『恋愛対象として好き』だと言っているなら、悪いことは言わないから考え直せ。

 そう声を荒げて訴えてくる海音。『恋愛』はそんな綺麗なもんじゃないんだぞ。と。

「お前は葵が大事だって感情を勘違いしてるだけだよ。葵とそういうことするなんて考えたことないだろ?」

「海音」

「ああ、分かってるよ。流石にそんな風に考えたこと無かったんだよな?」

 言われなくても理解してる。この話は誰にも言わねぇーよ。

 俺が墓場まで持っていってやるから安心しろ! 

 そう笑う海音は、親友が道を踏み外さなくてよかったと安堵しているようだった。

 だが、清々しい笑顔で笑いかけてくる海音には悪いが、虎は至極真面目な表情と声でその顔をまた凍り付かせた。

「何を勘違いしてるか分からねぇーけど、そういうのも込みで『愛してる』に決まってるだろうが」

「え?」

「だから、俺は葵を抱きたいって言ってんだよ」

 だから馬鹿みたいな勘違いをするな。

 ちゃんと意味を理解して『葵を愛してる』と言ってると告げれば、海音は理解が追い付かないとストップをかけてくる。

「またかよ。てか、さっきからなんだよ。何が理解できないんだよ? 俺が葵を『愛してる』。たったそれだけの事だ。めちゃくちゃシンプルだろうが」

「いや、だから、あのさ、もう本当、虎、思い出せよ……」

「何を?」

「『何を?』じゃねぇーよ! 葵はまだ八歳なんだぞ!? 分かってる!? お前、小三の子供と『セックスしたい』って言ってんだぞ!?」

 男同士とかそういうの以前にそこが問題だろうが! 大問題だろうが!!

 青いのか赤いのかわからない顔で「目を覚ませ」と肩を揺さぶってくる海音。だが当の虎は「改めて言われなくても知ってる」と動じる様子はない。

「お前、マジ、変態通り越して犯罪者だぞ……?」

「そうだな」

「なんでそんな平然としてんだよ……」

「三年も経てばそれなりに受け入れられるからな」

 当初はめちゃくちゃ悩んだし罪悪感に死にたくなったと話す虎だが、海音は平然と『三年前から』と言った親友にもう開いた口が塞がらなかった。

 三年前と言えば自分達は小学五年生で、葵に至ってはまだ小学生にすらなっていない幼児だ。それなのに目の前の親友はそんな幼子に対して色情を抱いたと言いきった。これは海音じゃなくても虎を『危険人物』だと、『犯罪者予備軍』だと思ってしまうだろう。

「お前、今すぐ家出ろ……」

「……なんでだ?」

 まだ整理しきれない事実の数々に、海音は考えることをやめたいと思った。そして同時に数分前に時間を戻す方法を真剣に考えた。タイムマシーンはどうやったら作れるだろう? とか、そんなことを考えて現実逃避をするぐらいに真実を追求したことを後悔したのだ。

 何故自分はあの時挑発に乗って疑惑を確信に変えてしまったのだろう? あの時問い詰めずに疑惑のまま置いておけばこんな厄介なことにはならなかったはずなのに。

 海音は数分前の自分の行動を激しく悔やみながらも、据わった目付きのまま虎の肩を掴むと、今日から実家に戻るか一人暮らしをするよう凄んだ。

 海音は、虎の両親が世界でも活躍する有名アーティストだと言うことは知っていた。そして親友の両親が年単位で家に帰らないことも知っていた。だから、虎が母の親友の家に世話になっていることも、もちろん知っていた。

 だが問題は、その『母の親友』が今話に上がっている虎の『愛している人』の母親だと言う事実だ。

 同じ屋根の下、自分を兄のように慕ってくれる小学三年生を相手に目の前の親友は邪な感情を抱いている。これは親友として止めないわけにはいかなかった。間違いが起こる前に、阻止しなければならなかった。

「『何か』が起こってからじゃ遅いだろ? お前だって社会的に消されたくはないだろうし」

「俺が葵を襲うって言いたいのか?」

「そうは言ってな――――、いや、言ってるな。うん、悪い。疑ってる」

 凄んだ海音に虎が返すのは低く圧し殺した声。それは怒気を含んでいて、いつもの海音なら手を放して後退るところだ。

 だが、今の海音は一歩も引かず、むしろ真っ直ぐ虎の目を見返してくる。

 自分を見据える海音の目には軽蔑や侮蔑、恐れや哀れみといったマイナスの感情は伺えず、ただただ純粋に親友として自分を心配しているのだと伝わってくる。

 そんな親友を前にして怒りを貫くことは困難。虎は纏っていた怒気を解くと深く息を吐いた。

「……もし俺が葵に何かしたら――、葵を泣かせせるようなことをしたら、俺は誰かに裁かれる前に自分の手で自分を殺すつもりだ」

「! 虎……」

「お前が心配する気持ちは分かる。俺だっていつ衝動が理性を越えるか分からないし、『絶対に大丈夫』なんてことあるわけないってことも知ってるしな」

 力なく笑う虎は海音に打ち明ける。これまで他人に言えなかった本音を。

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