第213話
「虎君、僕にずっと隠してたことあるでしょ?」
「『隠してたこと』……?」
そんなに教えて欲しいなら、教えてあげる。僕が何に傷ついたか。
震える声で問いただせば、虎君は何を言われているか分からないって顔をした。できればわかるように教えて欲しいって、言ってきた。
(なんで? なんでそんなに僕に言わせようとするの?)
あまりの仕打ちにまた涙が溢れてくる。
慌てる虎君。でも僕は伸ばされた手を振り払って睨みつけてしまった。
「僕、知ってるんだよ? 虎君がずっと僕に隠してた本当の気持ち、もう分かってるんだよ?」
「え……?」
姉さんが好きだってことを知ってると、どうしても言えなかった。まだはっきりと口にできるほど僕の気持ちは整理が付いていないから。
でも、それでもちゃんと伝わってるよね? だって虎君、凄くびっくりしてるもん。凄く困った顔、してるもん……。
(やっぱり僕が気づいてないって思ってたんだ……)
ズキズキと痛む心は矛盾だらけ。
ちゃんと自分の気持ちを虎君の口から伝えて欲しかったと思う反面、嘘でもいいから『違う』と否定して欲しかったと望んでいる。
虎君は血の気が引いたように青い顔をして、答えの分かり切っている質問を投げかけてきた。
「俺の気持ちを知ったから、俺を避けてたのか……?」
と。
初めて好きになった人を―――、ううん、僕の人生で最初に最後になるだろうこんなにも愛しい人を、どう足掻いても手に入れることができないと知ってしまった絶望を虎君は知らない。分かってくれない。
だから、そんなことを聞けるんだ。
僕が虎君を好きだと言った言葉はこんなにも軽んじられていたんだと理解した瞬間、僕の中で何かが壊れた。
目の前で言葉を失っている大好きな人に、僕は声を荒げてそうだと答えた。
「ずっと、ずっと信じてたのに! 虎君のこと、信じてたのにっ!!」
「
「こんなの酷いよ! ずっと黙ってたなんて、『裏切り』だよっ!!」
僕が一番だと信じていたのに。それなのに、どうして……。
一番じゃないなら、そうだと初めから教えて欲しかった。
そうすれば僕はこんなに虎君を好きになる前に引き返せていただろうに……。
こんな酷い裏切り方をされて平然と顔を合わせられるほど僕は強くない。
だから会いたくなかったんだと感情をぶちまけた僕はボロボロと涙を零しながらも虎君を睨み、もう二度と顔を見たくないと大好きな人を拒絶した。
虎君の傷ついた顔は、きっと永遠に忘れないだろう。
でも、それでも僕はこの激情を止めることができなかった。
僕は踵を返し、寮へと逃げるように走り出す。
自分から虎君を傷つけ、拒絶したくせに、追いかけてきて欲しいと願ってしまう自分勝手で愚かな心に気づいてまた涙が零れ、冬の冷たい空気が濡れた頬を刺して痛かった。
でも、頬よりもずっとずっと心が痛かった……。
(苦しいっ、苦しいよ……。助けて、虎君……)
二度と会いたくない。でも、ずっと傍に居たい。
姉さんと幸せになって欲しい。でも、僕だけを愛して欲しい。
反対の想いが混在する心はぐちゃぐちゃで、どうすれば楽になるのか分からなかった。
ただ言えるのは、どんなに偽っても虎君のことがどうしようもないほど大好きだという不変の想いを捨てなければ僕は永遠に楽になれないという真実だけだ。
でも、今もなおこんなにも恋焦がれている人を失うぐらいなら、僕はもう生きていたくないと思った。
思って、想いを抱いたまま自分が楽になる唯一の方法は命を絶つことだと考えが至った。
正常な思考であれば、決して選ばない道。でも、今の僕にはそれしかないと思ってしまった……。
「! 葵、お帰り! 誤解は解け―――って、どうしたの!?」
命を絶ちたい衝動に駆られながらも必死に走って寮に戻ってきた僕を迎えてくれたのは、エントランスを見渡せる来客用のテーブルで
けどその声はすぐに驚きと困惑に変わって、慶史は手にしていたティーカップを放り投げて僕に駆け寄ってきた。
「けい、けいしっ……、もうやだっ、ぼく、僕死にたいっ、死にたいよぉ……」
暖かい空間と親友のぬくもりに張りつめていた糸が切れたように僕は心のままに悲鳴を上げて泣いた。
慶史はもちろん、悠栖も朋喜も何があったんだと僕を心配し宥めようとしてくれる。
僕はそんな優しい友人達に苦しみと絶望を吐き出し、『死』への願望を口にしてしまった。
「ちょ、バカなこと言わないでよっ! 死ぬなんて絶対に許さないからね!?」
慶史は僕を強く抱きしめて、葵が死んだら俺も後を追ってやるから! って怒鳴ってきた。
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