第204話

 意を決して三日間放置した携帯を開いた僕の目に飛び込んできたのは電話アプリとメールアプリ、チャットアプリにそれぞれ付いた100件を超える未確認マーク。

 その数に物凄く驚いた僕は、思わず携帯の電源を切って放り投げてしまった。

 何をしているんだと慶史けいし達に言われたけど、どうしても開くことができないってわがままを言って携帯をもう一度手にすることを拒んだ。

 見かねた朋喜ともきの助言に慶史が携帯を貸してくれたのはそれからすぐの事で、慶史が茂斗しげとに連絡して、母さんに取り次いでもらうよう頼んでくれた。

 茂斗はどうして僕本人から連絡しないんだって怒ってたらしいけど、何とか慶史が宥めて、漸く母さんに連絡を付けてくれた。

 流石に自分の口から説明するようにって慶史が僕に電話を渡してきて、申し訳なさを覚えるほど僕を心配している母さんに暫く家に帰らないと告げたのは今から一時間前のこと。

 僕の言葉に母さんは悲鳴のような『どうして』を繰り返していたけど、僕は今は話したくないとしか言えなかった。

 でも、慶史からすべてを教えられている茂斗から真相が告げられるのは時間の問題。だから、僕は母さんに『時間が欲しい』と伝え、『お願い』と懇願した。

 母さんはきっと身を切られる思いだったに違いない。でも、それでも僕を想い、僕を信じて『分かった』と言ってくれた。

 寮に長期滞在するために必要な親の承諾書は数日分の着替えと共に茂斗が明日持ってきてくれることになって、とりあえずは安心。

 って、思ってたのに――――。

「親の承諾書を持ってきてもダメなものはダメだ。寮生でも年末年始に寮に残るなんて本来なら認められないことなんだ。寮生じゃない生徒を置いておけるわけないだろう?」

「なんすかそれ! そんな規則、俺、初耳なんっすけど!!」

 親の承諾書は明日提出するとして、とりあえず滞在期間の延長の申請書を寮父さんに提出しに行ったら、寮父さんから返ってきたのは29日までしか滞在許可は出せないと申請書を突っ返してきた。

 理由は今聞いた通りで、慶史と悠栖ゆず、朋喜は寮生だから特別に許可してもらっているだけらしい。

 行き場所を失ってショックを受ける僕を余所に、怒りだしたのは悠栖だ。寮生じゃなくても学部生なんだからちょっとぐらい大目に見てくださいよ! って寮父さん相手に机を叩いて猛抗議。

 でも寮父さんはダメなものはダメだとその抗議を切り捨てて、そろそろ昼食の準備をするから出て行けとシッシッと動物を追い払うようにあしらってきた。

「ちょ! 待ってくださいよ!!」

「いくら待っても答えは一緒だ。『年末年始に部外者の滞在は許可しない』。以上」

 だから貴重な休憩時間を潰してくれるな。

 そう言って煙草に火をつける寮父さんに、ハッと我に返ったのは慶史だ。

「学園の敷地内は禁煙ってルールも守れない人が偉そうに『規則』とか振りかざさないでくれますか?」

「残念だったな、藤原。ここは俺のプライベートルームでちゃんと許可は貰ってるし、脅しには使えないぞ」

「別に『脅そう』なんて考えてませんけど?」

 にやりと笑う寮父さんは、慶史の魂胆なんて見え見えだと言いたげ。

 すると慶史は事実を述べただけでそんなケチな方法は取らないと鼻で笑い返した。そしておもむろに携帯を取り出すと、何かを調べる素振りをしてみせた。

「これ、誰だか分かります?」

「『寮父さん』って―――、この番号、詠抄寺えいしょうじさんのじゃないか!! なんでお前が詠抄寺さんの連絡先知ってるんだ!?」

 慶史が見せたのは、どうやら寮父さんの連絡先みたいだ。でも寮父さんは目の前に居るのに、どういう事だろう?

 わけが分からず僕が困惑していれば、朋喜が寮父さんが二人いることを教えてくれた。

 今僕達の前にいるのが今年から採用された新任の寮父さん、滝さん。そして話題に出た詠抄寺さんは勤続20年以上務めている大ベテランの寮父さんらしい。

 どうやら慶史は大先輩の寮父さんを引き合いに出して僕の滞在許可を貰おうとしてくれているみたいだ。

「詠抄寺さんから困ったことがあったら遠慮せずに連絡していいって言われてるんですよねぇ」

「! まさか詠抄寺さんに連絡する気か!? ちょ、止めろよ!! 家族で年末年始過ごすって楽しみにしてたのお前も知ってるだろうが!!」

「俺だって家族団欒に水を差すような真似したくないんですよ? でも緊急事態だし、仕方ないですよね?」

「っ―――、このクソガキっ!!」

「わーい! 褒められちゃった!」

 天使のような笑顔で無邪気に喜んで見せる慶史。

 寮父さんはもう一度「クソガキがっ……」って吐き捨てると煙草を灰皿でねじり消して大きなため息を吐いた。

 そして、顔を上げると僕をジッと見てきて……。

「入寮希望者。今回はそれで処理してやる」

「! い、良いんですかっ……?」

「良い訳あるか!!」

 僕の滞在を認めてくれる発言に、思わず尋ねてしまった。

 当然不本意な許可だから寮父さんは食い気味に特例だと声を荒げて睨んできて、少し怖い。

 僕は恐怖心のまま俯いて、でもお礼は言っておかないとと頭を下げた。

「ったく……、いいか、お前ら! 外部受験する生徒を入寮希望者扱いするって上に報告させるんだって事にもう少し罪悪感持てよな!?」

「はーい」

 今日中に言い訳の文面を考えて明日の朝一に報告するか……。

 そう項垂れる寮父さん。慶史は悪戯に笑っていて、悠栖と朋喜はそんな慶史に苦笑い。

 そして僕はというと、寮父さんが言った『外部受験』の言葉に、冬休みが終わったら受験だった現実を思い出して心臓が痛くなった。

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