第146話

「なんだ? マモ、卑屈周期到来?」

「何その周期。悠栖ゆずってやっぱり馬鹿なの?」

 僕の様子が変だって心配してくれる悠栖に心配かけまいと返事をしようとしたんだけど、僕よりも先に慶史けいしが口を開いて悪態をついた。

 さっきまでのやり取りがあるから、きっとこれは照れ隠し。でも、悠栖達にそれが伝わるとは思えなくて……。

「なんだよ、慶史も機嫌わりぃの? 朋喜ともきもさっきからずーっとカリカリしてて超こえぇのに、二倍とか勘弁してくれよ」

 健全なメンタルは俺だけかよ。 なんて言いながら悠栖は肩を竦める。やっぱり慶史の照れ隠しは伝わらなかったみたいだ。

 僕は、またそんな二人から怒られそうなことを言う……って悠栖に対して苦笑い。

 案の定、悠栖は直後に慶史と朋喜から集中砲火を浴びる羽目になっていて、僕は苦笑いを濃くして三人を止める役に徹した。

「明日から冬休みなのに悠栖のせいでテンション下がっちゃったし、埋め合わせとしてクリスマスパーティーでなにか面白いことしてもらおうかな」

「は? なんだよそれ。テンション下がったのは俺のせいじゃないだろ? それよりも前からずっとイライラしてたくせに!」

「煩い。悠栖のくせに僕に逆らう気?」

 朋喜の機嫌が悪いのはどうやら本当みたい。理不尽なまでに悠栖に八つ当たりしているその様子に、僕は遠慮がちに何があったのか尋ねてみた。悠栖が可哀想っていうのももちろんあるけど、朋喜の機嫌を少しでも浮上させてあげたかったから。

「……別に何もないよ」

「嘘。今その事考えたでしょ? 朋喜、すごく辛そうな顔してるよ?」

「そんなことーーー」

「朋喜、諦めなよ。聞かれたくないならちゃんと『平気』だって振る舞ってもらわないとこっちも困る」

 構われ待ちは本気で鬱陶しいからやめて。

 真顔で朋喜に言い放つ慶史の言葉はキツい。きっと慶史のことをちゃんと理解していない人なら、物言いを威圧的で悪意に満ちていると捉えて離れていってしまうだろう。

 僕は昔から慶史を知っているから、これは慶史なりの優しさなんだって分かってる。でも、分かっていてもやっぱりもう少し言い方を気を付けた方が良いとは思う。余計な揉め事は回避した方がいいと思うから。

 三年間ずっと一緒にいた朋喜は、慶史のこの態度をどう捉えるだろう?

 僕が知っているほわほわした朋喜なら、辛辣な言葉だと泣いてしまいそうな気がした。でも、本当の朋喜なら?

「……慶史君って本当、まもる君以外にはキツいよね」

「別に葵にだけ優しくしてるつもりないけど?」

「無自覚なの? 葵君相手ならもう少し言い方柔らかいと思うよ?」

 力なく笑う朋喜は、僕に向き直ると「心配かけてごめんね」って微笑した。僕は反射的に言いたくないことなら言わなくていいよって首を振っていた。本当は聞きたくて堪らないくせに。

 すると朋喜は僕の隣の席の椅子に手を伸ばすとそれを引き寄せて座り、「実はね」と口を開いた。

「今日失恋しちゃったんだ、僕」

「! え……?」

「マジで!? てか朋喜、好きな子いたのか!?」

「悠栖煩い。話進まないから黙って聞きなよ」

 予想外の告白に言葉を失う僕と、初耳だって騒ぐ悠栖。

 どうして相談してくれなかったんだって朋喜に詰め寄る悠栖を制すのは慶史で、黙れないなら黙らせるよ? って握り拳を見せていた。

 綺麗で女の人みたいな容姿だけど、慶史だって歴とした男の子。強姦対策にと鍛えているから実は結構力が強かったりする。

 そんな慶史の本気の一撃はかなり痛いから、悠栖も自分の手で口を塞ぐと無言のまま何度も頷いて『黙ります』とアピールしてみせた。

「朋喜ごめん、続けて」

「ん。……僕、小さい頃からずっと好きな人からいたんだ。その人はおじいちゃんのお弟子さんでね、僕のこと、すごく可愛がってくれてたんだ」

 そう言って『好きな人』のことを話す朋喜の表情はとても幸せそうで、本当にその人のことが好きなんだなって伝わってくる。

 10歳以上年は離れていたけど、小さな頃から本気で好きだったと言う朋喜。本当に好きで好きでどうしようもなくて、溢れる想いのまま何度もそれを伝えたらしい。それこそ毎日のように想いを伝えていた。と。

「でも、子供の『本気』なんて信じてもらえなくて、その人も僕のことを『好き』って言ってくれたけど、その後に『弟のように大事に想ってる』って毎回必ず言われてた」

 本気だったのに酷い答えでしょ?

 そう笑う朋喜だけど、僕は朋喜の言葉に心臓が締め付けられる思いをした。これは朋喜と朋喜の好きな人の話なのに、もうすぐ自分に訪れる未来のように感じてしまったから……。

(本気なのに、大好きなのに、伝えてる想いが相手に伝わらないなんて辛すぎるよ……)

 自分のことのように胸を痛める僕。気がつけば「そんなのひどすぎる……」って言葉が口から零れていた。

 朋喜は笑い、「ありがとう」って言ってくれる。その笑顔が儚くて、余計に辛くなった。

「それでも諦められなくて、他の人も好きになれなくて、だから実は来週家に帰ったらもう一回告白しようと思ってたんだよね。でも、……けど、今朝母さんから『従姉妹のお姉ちゃんが結婚することになった』ってメールが届いたんだよね……。相手、その人だったんだ……」

 受け入れがたい内容のメールに、何度も『これは夢だ』って思ったって言う朋喜。でも、メールは受信ボックスから消えることはなくて、目も覚めることもなくて、これは現実なんだって思い知らされた。と……。

「僕、なんでもっと早く生まれてこなかったんだろ……。なんで……、なんで僕、男に生まれちゃったんだろう……」

 微笑みを浮かべていたはずの朋喜の表情が歪み、絞り出される声は悲痛な叫びに聞こえた。

 誰よりも好きなのに、誰よりも愛しているのに、10歳以上年の離れた男である自分は、愛しい人に愛されることはおろか、想いを信じてもらうことすらできなかった……。

 深く俯く朋喜の肩は震えていて、泣いているように思えた……。

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