第102話

「虎兄が俺を空気扱いするからだろ!?」

「空気扱い? 俺が? いつ?」

 何故か泣きそうな顔をしてる瑛大えいたは、さっきまでと打って変わってなんだか強気。

 なんでだろう? って不思議に思ったけど、虎君の返答に瑛大が茂斗しげとの背中に隠れたから強気の理由が分かった気がした。

(でも、なんで茂斗が帰ってきたら強気になるんだろう? 体格、あんまり変わらないよね?)

 確かに茂斗の方が大人びて見えるけど『どちらかと言えば』ってぐらいだし、気が大きくなる理由にはならない気がした。

「……久しぶりで忘れてたのか?」

「忘れてないけど、こんな酷くなってるなんて聞いてねぇーよ!」

「おいおい、俺を責めるなよ。聞いてこない瑛大が悪いんだろ」

 恨めしそうな瑛大と苦笑いの茂斗。

 何の話をしてるかは分からないけど、定期的に連絡を取り合ってるのは分かった。

 瑛大が避けてるのは僕と慶史だって分かってたけど、こうやって見せつけられるとやっぱりショックだった。

 昔は僕の方が瑛大と仲が良かったのに、今じゃ瑛大の一番の親友は茂斗のような気がする。

(本当、いつになったら許してくれるんだろう……)

 避けられる原因が分からないから謝れないし、ただ待つしかできない身としては辛いところ。

 けど、それでも待ってようって思えるのは虎君が『大丈夫』って言ってくれたから。

 虎君が何を知ってるかは分からない。でも、たとえ知らなくても虎君が『大丈夫』って言ったら大丈夫だって思えるから不思議だ。

「楽しい?」

「え? 僕、笑ってた?」

「無意識だったのか? 可愛い顔して何考えてたんだよ?」

「もう! また『可愛い』って言う!」

 教えて? って言われるけど、からかって『可愛い』って言う虎君には教えません! ってそっぽを向いてみる。

「からかってないって。なんでそう悪い方に捉えるんだよ?」

「でも本心じゃないでしょ?」

「酷いな。本心なのに」

 いざという時に信じてもらえなくなるよ? って窘めを含んで虎君を睨むんだけど、虎君は「信じてもらえるまで言い続けるよ」って目じりを下げる。

 見せられた笑顔がからかい交じりのものじゃないって分かるのは、今までこの笑顔に何度も助けられてるから。

 優しい眼差しにまるで心が包み込まれてるような穏やかな気持ちになる……。

「……僕」

「ん?」

「僕ね、……虎君のこと、信じてるからね……?」

 小さな声で伝えるのは、声を掛けられる直前に僕が感じたこと。思ったこと。

 他の人の言葉なら、こんな風に信じることはできない。でも、虎君の言葉はどんなことがあっても信じ続けることができる。

 それは虎君の『言葉』だからじゃない。『虎君』だから。言葉を発したのが、『虎君』だから。僕は虎君を信じてるんだって再確認して、嬉しくなった……。

(きっと慶史達に言ったら呆れられそうだけど、でも、虎君は笑ってくれるよね……?)

 期待と願いを込めて見つめていれば虎君の表情は驚いたものに変わって、その後、僕がびっくりするほど嬉しそうな笑顔に変わった。

「ありがとう、まもる。俺も葵のこと、信じてるよ」

 頬っぺたをなぞる虎君の手がくすぐったい。

 僕は思わず声を出して笑ってしまう。

「なぁ、お楽しみのところ悪いけど、いい加減きりあげてくれねぇ? 凪達が待ってるんだけど?」

「あ! そっか。ごはんできたんだよね?」

 凪ちゃんたちが待ってるって言われたら急がないわけにはいかない。

 僕は虎君の手を取ると、「行こ?」って促す。虎君から返ってくのは深い笑みと頷き。

「お先にどうぞ。お前らに後ろ歩かせたら手間増えそうだし」

「何それ。どういう意味?」

「さーな。ほら、早く行けよ」

 自分で言ったことなのに分からないってとぼける茂斗。

 僕は問いただそうとするんだけど、茂斗はその前にドアへと僕を促してくる。

 目で訴えてみるけど、まぁ茂斗には通用しないよね。

「早くしろって。凪、待たせんな」

「! 分かったってば! 押さないでよ!」

 促すにしては乱暴的な茂斗。凪ちゃんが待ってるから早く下に降りたくて仕方ないんだろうけど、今にも足蹴にされそうな雰囲気には抗議しないと!

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