第91話

「天然って怖いな……」

「? 『天然』? 『怖い』?」

 掃除を再開させる僕の耳に届いた虎君の声に、思わずまた手を止めて虎君を見上げた。何の話? って。

 すると虎君は何でもないよって踵を返して僕から離れてしまう。

「虎君!」

「ごめんごめん。……今のは瑛大えいたの話だよ」

「瑛大の? でも瑛大は天然じゃないよ?」

 呼び止めの声にも止まってくれない。

 それでもちゃんと応えてはくれた。全然理解できない答えだったけど。

(瑛大が『天然』? えぇー? 何処が?)

 虎君ほどじゃないけど僕だって瑛大の幼馴染なんだから、瑛大の事はよく知ってる。

 でも、そんな僕が思い出す限り、瑛大が『天然』だと言われたことは一度たりともない。むしろしっかり者で通ってる方だ。

「『しっかり者』っていうか『苦労人』じゃないか?」

「! それってどういう意味? 僕が瑛大に迷惑かけてたってこと?」

 楽しそうに笑う虎君だけど、その考えに至った理由って何?

 恨めしそうに問いかけたら虎君は「なんで怒るんだよ?」って質問返しをしてくる。否定されなかったけど、この返答はただの肯定だ。

「虎君酷い!」

「何騒いでんだよ」

 瑛大には迷惑かけたことなんてないつもりだけど、強くは言い切れないところはある。

 その不安を見透かされた気がして『そんなことないよ』って言ってほしくて虎君を責めてしまう。

 けど、そんな僕の耳に届くのは「当事者がサボんな」って声。

「え、瑛大、これはちが―――」

「何が『違う』んだよ。俺が戻って来るまでどんだけ掃除したか言ってみろよ」

「うぅ……それは……」

 段ボールを二箱も運んできてくれた瑛大は、全く掃除が進んでない事は知ってるぞって顔してる。

 入口傍にそれを下ろすと、瑛大は虎君の顔色を伺いながらも口を開いた。

「大体まもるは虎兄に甘えすぎだ。送り迎えしてもらって勉強見てもらって、挙句の果てには部屋を変わる手伝いまでさせて」

「そ、れは……」

「おい瑛大、その辺に―――」

「しかもこの部屋、虎兄の部屋なんだろ? 他にも空き部屋あるのになんでわざわざ虎兄の部屋使うんだよ」

 我慢の限界なのか、言いたかったことを一気に吐き出す瑛大の言葉に、僕は何も言い返せない。

 虎君に甘えすぎだってことは僕だってちゃんと自覚してるから。

(分かってたけど、改めて言われると僕って本当、ダメだな……)

 全部瑛大の言う通り。

 虎君の優しさに甘えて毎日学校まで送り迎えしてもらって、家に帰ってきたら家庭教師として勉強を教えてもらってるのは間違いなく僕だ。

 そして今は恐怖から逃げるために本来なら一人でできる部屋の引っ越しをわざわざ手伝ってもらってて、しかもその引っ越し先が虎君が昔使ってた部屋。

 まぁ瑛大じゃなくても『甘えすぎ』って思うよね。

(むしろ思われて当然か……)

 『しっかりしないと!』って思ってるのに、今の自分は真逆の性格で、虎君がいないと何もできない気までしてきた。

 このままじゃ僕は自立できない。……ううん、僕のことよりも、虎君が心配。虎君の幸せをめちゃくちゃにしちゃいそうで凄く怖くなった。

「お前ちょっと黙れ」

「! だ、だって虎兄がなんも言わないから! このままだと葵、虎兄がいないとダメな奴になるぞ?!」

 虎君から離れないと!

 そんな考えに至る寸前、視界が陰る。無意識に下げていた視線をあげたら、目の前には虎君の背中が。

「さっき釘刺したつもりだったんだけど、全然伝わってなかったみたいだな」

「伝わってるけど、でも―――」

「瑛大、お前俺に喧嘩売ってるのか?」

「! ま、まさかそんなわけないだろ!?」

 食い下がろうとした瑛大の声が、途端狼狽えたものに変わった。

 そして、その直前に聞こえた虎君の怒気の含んだ声に、僕は凄くびっくりしちゃった。

(虎君のこんな声、初めて聴いた……)

 怒鳴り声は今まで姉さんと喧嘩した時に何度も聞いたことあるけど、今聞いた声はそれの比じゃないぐらい威圧感があった。

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