第85話

「姉さん、止めてよ!」

まもるは黙ってなさい。私は今こいつと話をしてるの」

 何故か反論しない虎君に違和感を覚えながらも姉さんに殺気を抑えてと訴える。でも姉さんは虎君を睨んだまま僕を威圧してくる。

 有無を言わさぬ姉さんの雰囲気に呑まれてしまって僕は口を噤んだ。

 怒りの形相の姉さんが怖くて、虎君の背中にしがみついて嵐が過ぎるのを待つ僕。

 でも、姉さんはそれも許してくれないみたい。

「! 葵、離れなさい!!」

「えっ? な、なんで……?」

「いいから!」

 虎君の胸倉を掴んでいた手を離すと、姉さんは僕の手首を掴んで引っ張ってくる。

 思い切り引っ張られたみたいで、僕はあっという間に虎君から引き離されてそのままベッドから降ろされてしまった。

 本当、何処にこんな力があるんだろう……?

「姉さん、痛いよ!」

「葵、大丈夫?」

 手を放してと訴えたら、姉さんは僕を振り返って僕の身体を心配してくる。

 頭に顔に首に肩に、身体を触って確認してくる姉さん。

 頬っぺたの青あざは見えてるはずなのに「何もされてないみたいね……」って安堵の息を吐くし、僕は姉さんが心配になる。

「姉さん、だ、大丈夫……?」

「全然大丈夫じゃないわよ! 怪我してる葵に手を――――」

「桔梗、お前ちょっと黙れっ!!」

 弾かれた様に顔を上げる姉さんは凄い勢いで捲し立ててくる。でも、それは虎君によって止められた。物理的に。

 伸びてきた虎君の大きな手が、姉さんの口を塞ぐ。

 突然のことに姉さんは凄く抵抗するんだけど、虎君は「大人しくしろ!」って大声でそれを制圧する。

 普段はこんな大声を出さない虎君の怒鳴り声にびっくりしたのか、姉さんはピタリと抗うことを止めて自分の背後に立つ虎君を睨むように目を細めた。

「手を離すが、喚くなよ? いいな?」

 さっきみたいに暴れたら口を塞ぐだけじゃ済まないからな?

 そう姉さんに凄む虎君だけど顔は真っ赤で全然迫力がない。いつもの姉さんなら絶対に虎君の言葉を聞かない状況だった。

 でも、姉さんは反論せず言葉の代わりに両手を挙げて『分かった』と意思表示をして見せる。

「……私の早とちりだったみたいね。とりあえず」

「当たり前だろうが。お前は俺を何だと思ってるんだっ」

 解放された唇が象るのは、微笑み。

 姉さんは何故か満足そうに笑っていて、僕の肩を抱き寄せると髪にキスをしながら虎君の言葉に問いかけを返した。

「言っていいの? ここで?」

「っ――――、相変わらずいい性格してんなっ」

「あら、ありがとう。でも長年あんたの相手してたら嫌でもこうなるわよ」

 深いため息を吐いて頭を掻く虎君。姉さんは勝ち誇ったように楽し気な声で応えると、僕を振り返ってまじまじと顔を見つめてきた。

 母さん譲りの青い目で穴が開くほど見つめられたら、姉弟なのに恥ずかしくなる。

「虎、殴られたのは一か所だけなの?」

「ああ。斗弛弥としやさんにも瑛大えいたにも確認したから間違いない」

 姉さんは頬の青痣に眉を顰めると、これだけかって尋ねてきた。何故か虎君に。

 なんで虎君? って首を傾げそうになったけど、姉さんの問いかけに答える虎君の言葉に別の疑問が頭を占拠する。

「『瑛大にも確認した』ってどういうこと……?」

「あー……。実はさっき瑛大から連絡があったんだよ」

 口元を隠す虎君の表情は『しまった』って言わんばかり。きっと言うつもりなかったんだろうな。

 苦笑交じりに僕の頭を撫でると、虎君は思いがけない言葉をくれた。瑛大はいつも僕の事を気にかけてるって内容の言葉を。

「こ、今回だけでしょ? 瑛大の目の前で殴られちゃったから……」

「そんなことないわよ。……瑛大君からは毎日のように連絡受けてるもんね? ねぇ、虎?」

「桔梗、てめぇ……!」

「本当に? 瑛大、本当に僕の事毎日気にかけてくれてるの?」

 避けられてるけど、嫌われてるわけじゃない。

 そんな風に自分に言い聞かせてたけど、本当は瑛大がもう二度と僕達と喋りたくないと思ってるんじゃないかって不安だった。

 でも今の話が本当だとしたら、嫌われてるわけじゃないみたいだし、凄く嬉しい!

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