第59話

まもる、悪いけどもうちょっと我慢できる?」

 恐怖に引き攣っているだろう僕の顔。慶史けいしは苦笑交じりに「酷い顔」って僕の頭を撫でてきた。

(慶史……?)

 優しさのこもった表情に、嫌な予感がした。そして、その予感は的中してしまった。

「葵、体調悪いから保健室連れて行かせて。その後なら相手してやるから」

「! け、慶史っ……!」

 慶史は優しい顔から一転、感情が伺えない表情で軽音部の人たちに向き直った。葵相手に無理矢理する気なんて初めからないよな? って。

 静かな声で尋ねる慶史に、軽音部の人たちはお互いの顔を見合わせて肩を竦ませて見せた。

「俺は結構そのつもりだったけど、まぁ藤原がサービスしてくれるなら三谷は見逃してやってもいいぜ?」

 口を開いたのは、たぶんリーダー的存在の人。僕のつま先から嘗め回す様に嫌な視線を向けてくるその人に、僕は蛇に睨まれた蛙状態。こんな風に絡まれたことなんて今まで一度もなかったからどうしていいか分からなかった。

 でも、そんな僕を助けてくれるのはやっぱり慶史で、僕と軽音部の人たちの間に割って入ると、

「そっちの希望は全部叶えてやるって言ってるだろうが。やめろよ」

 約束できないなら、こっちにも考えがあるけど? って凄んだ。僕を守るために、慶史はこの人たちとしたくない事をしようとしてる。

(そんなの、絶対ダメっ……!)

 慶史が僕の事を守ってくれてるように、僕だって慶史の事を守りたい。

 だから、僕は慶史を止めるために手を伸ばしてその背中を掴んだ。でも……。

「大丈夫大丈夫。どうせやることなんていつもと変わんないし」

 慶史は笑って、一人でトイレ行って保健室で休んでるよう言ってくる。

 笑顔の慶史。そしてその後ろには、にやりと笑ってる軽音部の人たちの姿。僕は、『ダメだよ!』って、言いたいのに言えなかった……。

「藤原、早くしろよ。昼休み終わっちまうだろ?」

「お前何真面目ぶってんの? どうせ午後の授業出る気ないくせにマジうけるんだけど」

「あのなぁ、藤原への配慮だろ? 俺は、三谷が気を病まないようにしてやってんだよ。優しさよ、優しさ!」

「『優しさ』って、今からヤる気満々の男が何言ってんだか」

 ゲラゲラと笑う声は、凄く不快で、そして怖い。

 嫌な視線で見てくる三人に僕が身を強張らせていたら、一人が慶史の肩に腕を回して抱き寄せる。そして、僕に見せつける様に慶史の頬を舐めると、

「明日まで藤原借りるな? 三谷」

 って笑った。慶史は表情のない人形みたいな顔で「ここ廊下なんだけど」って不愉快を露わにする。

 でも慶史は「さっさと移動しよ」って三人を促す様に声を掛けると歩き出してしまって、僕は助けを求める様に周りを見た。

 視界には何人か入ったけど、誰もこちらを見ていない。『関わりたくない』ってことなんだろう。

 僕だって立場が逆なら絶対に見ないようにしてたと思うから、それを責めるつもりはない。でも、それでも誰か助けてって思ってしまうのは、慶史を守りたいから。

(どうしようっ……、また慶史が傷ついちゃうっ……)

 脳裏によぎるのは泣きじゃくる幼い慶史の姿。それはいつも笑ってる慶史が背負う心の傷跡。

(ダメ……、絶対、ダメっ……!)

 恐怖に呼吸が乱れてるって分かってる。でも、僕はこのまま慶史を行かせちゃダメだって勇気を振り絞った。

「慶史、まっ――――」

「オイ、お前ら何してんだよ」

 誰も助けてくれないなら、僕が慶史を助けないとっ!

 恐怖に震える身体を無視して慶史達を振り返った僕。でも、慶史を守るために発した言葉は別の声にかき消された。

「え、いた……」

「あぁ? なんだよ、結城」

 声の主を探して視線を巡らせたら、そこにいたのは瑛大えいただった。

 バスケ部のエースとして活躍してた瑛大は身長もあって体格もよくて、僕や慶史とは正反対の容姿をしてる。

 だから、睨みを利かす軽音部の人たちだけど、その表情からはさっきまでの余裕が感じられなかった。

「……藤原、何処行く気だ。昼休みはもうすぐ終わるぞ」

 威嚇する軽音部の人たちの視線も声も全部無視して歩み寄る瑛大は、そのまま慶史の腕を掴むと簡単に三人から慶史を奪い返してみせた。

 驚きが隠せない慶史は目を丸くして固まってる。でも、瑛大はそれも無視して慶史の腕を掴んだまま僕の方に歩いてきて……。

「あんまりこいつを甘やかすな。ってか、授業をサボらせるなんて論外だぞ」

「ご、ごめん……」

 僕の前に慶史を突き出すと「ちゃんと首輪で繋いどけ」って犬猫扱い。

 いつもならそれを窘めるところだけど、でも今はただただ感謝の言葉しか出てこなかった。

「ありがとうっ、瑛大」

「別に。たまたま通りかかっただけだ」

 まだ呆然としてる慶史を抱きしめて「よかった」って心の底から安堵する僕に、瑛大は購買で買ってきたであろうパンの入ったビニール袋を掲げて見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る