第36話

 『いいよ』って言ってもらったわけじゃないけど、今夜はもう虎君と寝るつもり満々。おかげで今日は安心して眠れそうだと上機嫌になる。

「……そんなに嬉しいか?」

「うん! 虎君と一緒だったら怖い夢見ることもないしね!」

 鼻歌でも歌いだしそうな僕に、茂斗しげとは上機嫌な理由を聞いてくる。他人と一緒に寝るなんて嫌じゃねぇーの? って。

 その言葉に、確かに他の人なら気を遣うし絶対に眠れないと僕は思った。思って、そもそもそういう人とは一緒に寝たいとはそもそも思わないって考えに至って、「他の人ならね」と笑った。

「でも虎君は『お兄ちゃん』だし、全然平気だよ。むしろ嬉しいもん」

「へぇー。……なぁ、俺が一緒に寝てやろうか?」

「えぇ? 茂斗さっき『嫌』って言ったじゃない」

 茂斗の突然の申し出。でも、それが本気じゃないってことはすぐわかった。だって茂斗、すっごくニヤニヤしてるんだもん。

 これはただ僕をからかいだけ。僕が虎君と茂斗どっちを選ぶか試してるだけ。

 それが分かるから、僕はそっけなく返事を返す。無理しなくていいよ。って。

「なんだよ。実の兄弟よりもただの幼馴染を選ぶのかよ?」

「っ、はいはい。ごめんごめん」

 一瞬ぴくっと反応しちゃったけど、噛みつきたい気持ちをグッと我慢して受け流す。今の茂斗に反論したところで茂斗を喜ばせるだけだから。

(虎君は『ただの幼馴染』じゃないし!)

 本当、嫌な言い方するんだから。茂斗は。

 ついさっきまでご機嫌だったのに、今はあからさまにムッとしてる自覚はある。こんな態度、茂斗の格好の餌食だって分かってはいるんだけど、腹が立つのは仕方ない。

 予想通り、茂斗は凄くいい笑顔で「一緒に寝ようぜ?」って絡んでくる。

(僕が絶対『うん』って言わないって分かってるだけだろ!)

 いざ僕が『一緒に寝る!』って言ったら、全力で嫌がるくせに。本当に茂斗ってこういうところ面倒くさい!

「! なら、明日から一緒に寝よ? それでいいでしょ?」

「明日はダメだ。俺は今日寝たい」

 今日は虎君と一緒寝るから安心。でも明日からちょっと不安。だから明日からよろしく! って茂斗を見たら、本当に勝手な言葉が返ってきた。

 当然僕はそれに抗議するんだけど、茂斗は今日一緒に寝ないならもう話は終わりってそっぽを向いてしまった。

「……どうする? 一緒に寝るか?」

「! 今日は虎君と寝るもん!」

 恨めしそうに睨んでたら、また嫌な笑い顔。それが本当に腹が立って、今度は僕から「もういい!」って話を終わらせてやった。

 背後から聞こえるのは笑い声。どうやら僕の反応が予想通りだったみたいで、素直すぎるって頭を撫でられた。

 『素直』って普通なら誉め言葉なのに、全然褒められてる気がしない。まぁ馬鹿にされてるから当然なんだけど……。

「もう! やめてよ! パジャマ着れないでしょ!」

「悪い悪い。服着たら髪乾かしてやるから、そんな怒るなよ」

 手を払いのけるけど、茂斗はまだ笑ってる。笑い過ぎだって意味を込めて睨んだら、ドライヤーに手を伸ばす茂斗。

 髪乾かしてもらうの好きだよな? って不意に優しく笑うとか、反則だ!

 本当なら『自分でする』って突っぱねたいところ。でも茂斗が言った通り僕は人に髪を触ってもらうのが好きだから、茂斗の申し出を拒否し辛い。

「手が止まってるぞ」

「っ、分かってる! 茂斗も服着なよね! 風邪ひくよ!」

「平気平気。浸かりすぎてめっちゃ暑いし」

 僕の髪を乾かしてから服着るって言う茂斗は、悪態をつきながらもいそいそパジャマを着る僕を見て笑ってる。

 その笑い顔がちょっと腹立つけど、その理由はでもさっきまでとは違う理由だから変な感じ。

(いつもそうやって笑ってくれればいいのに)

 茂斗が見せる二面性。それは双子の兄として僕を慈しんでくれる顔と、叩けば響く玩具として僕で遊ぶ悪ガキの顔。

 どっちの茂斗の本当の姿だって思うけど、でも、僕はできれば優しいお兄ちゃんの顔でいて欲しいと思う。でも同い年だからね! って言い返せるから。

(悪ガキ茂斗には勝てないもんなぁ……)

 きっと他に比べると僕は頭の回転は早い方だと思う。でも、茂斗は僕よりずっとずっと頭がいいし機転も利くから口じゃ絶対に勝てない。

 それでもお兄ちゃんな茂斗は僕に合わせてくれるから、まだ口喧嘩もできる。まぁ、それはそれで腹が立つんだけど!

「何だよ?」

「なんでもないよ」

 パジャマを着た僕は端に避けてあった椅子を引っ張り出して洗面所の前に座る。茂斗はそんな僕に「どうせろくでもない事考えてたんだろ」って茶化しながらもドライヤーのスイッチをオンにした。

 熱風の音が脱衣所に響いて、これ以上のお喋りは困難。

 僕は鏡に映る自分とその背後で僕の髪をわしゃわしゃかき混ぜて乾かしてくれる茂斗の姿をぼんやりと眺めて至福のひと時を過ごす。

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