第28話

「色々あったなぁ……」

 湯船に浸かって手足を伸ばしてリラックスしていたら、帰ってきてからたくさんの事があったせいでそんな言葉が思わず口から零れていた。

 静かなバスルームにはそんな僕の声がよく響いて、水の音だけだった空間が少しだけ賑やかになる。

 でも、すぐにまた静かになって、落ち着かない。

 いつもなら気にならない静寂も今日は凄く居心地が悪くて僕は早々にお風呂からあがろうかと考えてしまう。

 身体も髪ももう洗い終わってるからお風呂から出ても別にいいんだけど、でも茂斗しげとに『女子かよ』ってからかわれるぐらい長湯の僕が烏の行水のようなお風呂の入り方をしたら変に思われそうで躊躇ってしまう。

(でも、なんか、怖い……)

 広々とした湯船の中、僕は膝を抱きかかえる様に小さくなる。まるで身を守るように。

(母さん達も入ってるし、大丈夫だって分かってるんだけどなぁ……)

 父さんも『大丈夫』って言ってたし、本当に家の中は安全だって分かってる。

 けど、分かっていても心がついてきてくれない。

 陽琥ひこさんの事だから家中くまなく探してくれてるって信じてるのに、頭の片隅に『もし見落としてたら?』って考えが居座って何処かに行ってくれない……。

(考えちゃダメだ……、余計に怖くなる……)

 自分に言い聞かせるようにほっぺたを叩いてみるものの、不安は消えてくれない。一人でいるとどうしても考えてしまうから。

 すごく迷ったけど、でもこれ以上は不安になりすぎて逆にお風呂から出れなくなりそうだったから、僕は早々に湯船から出ようと決心した。

(茂斗に今日一緒に寝ていいか聞いてみよ……)

 みんなと一緒にいないと不安になるなんて小さな子供みたいだって分かってるけど、でも背に腹は代えられない。

 僕は今日だけと言わずこれから暫く茂斗に一緒に寝てもらおうって頷いた。

 そうと決まれば、さっそくお風呂から出て茂斗にお願いしないと! って僕は湯船から立ち上がり、お風呂から出ようとする。

 でも、そんな僕の耳に届くのは、物音。

(!? 何……?)

 反射的に僕はしゃがみ込んで湯船に身を沈める。

 物音は脱衣所の方から聞こえた気がして恐る恐る目をやれば、そこには人影が。

(え? 誰? 誰なのっ?)

 曇りガラスのせいで誰か分からないけど、背格好からして男の人だってことは分かる。

 でも、僕がお風呂に入ってるって知ってるのに乱入してくる人は誰も居ないから、頭が真っ白になってしまう。

(誰……? なんで……?)

 父さん達がリビングにいるのに、なんでここに誰かいるの?

 確かにリビングを経由しなくてもバスルームには入ってこれるけど、でも、家の構造を知らないとそんなこと分からないよね?

 そこまで考えて脳裏によぎるのは、今日クビになったお手伝いさんの顔で……。

(ど、どうしようっ……、誰かに気づいてもらわないとっ……!)

 泣きそうになるのを必死に耐えて、助けを呼ばなくちゃって声を出そうとする。必死に。

 でも、恐怖のあまり声が全くでなかった……。

(ヤダ……、怖いっ、こわいぃ……)

 僕が恐怖に震えている間にドアの向こうにいる『誰か』は服を脱ぎ終えたのかドアに近づいてきていて、曇りガラス越しに見える姿に僕は後ずさる。

 でも、後ずさって逃げたところでバスルームから逃げることはできない。

 僕は浴槽の隅っこで膝を抱えて震えることしかできなかった……。

(助けて、虎君っ……!)

 ドアが開く音にギュっと目を閉じ求めるのは、他でもなく僕が誰よりも信頼している虎君の助け……。

「邪魔するぞー。って、まもる? 何してんの?」

「っ……、し、げと……?」

 耳に届く声が信じられない。恐る恐る顔を上げて真相を確認すれば、バスルームのドアの前で不思議そうな顔をしている茂斗の姿が。

 茂斗は浴槽の隅っこで蹲ってる僕を凝視して、震えていることに気づいたのか、しょうがない弟を見る顔で笑って見せた。

「虎の予想、大当たりかよ」

 そんな言葉を言いながら、「流石にへこむわぁ……」って独り言を零してシャワーを手に取り身体を流し始めえた。

 状況が呑み込めない僕を他所に茂斗は髪を、身体を洗っていて……。

(何これ。どういう状況なの……?)

 昔はこうやって一緒にお風呂に入ってたけど、小学5年生の秋頃から茂斗が別々に入ろうって言い出したからそれ以降家でこうやって茂斗とお風呂に入ることなんてなかった。

 それなのになんで今此処にいるの? ホラー番組を見て1人は怖いから一緒にお風呂に入ろうってお願いしても嫌だって即答してたのに、なんで?

 茂斗の行動が理解できない僕は、ただ黙って茂斗が身体を洗い終えるのを待つ。

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