特別な人

第1話

 僕の家族は普通とは違う。その事実を知ったのは物心がつくかつかないかの頃。

 落ち着いた物腰の父と線の細い小柄な母。そして、ちょっと口うるさいけど優しい姉と自分よりもずいぶん大人びた双子の兄に年の離れた愛くるしい妹。それは僕にとって普通の家族だったけど、世間一般の『普通の家族』とは違っていた。

 どう違うかというと、漫画じゃよくある話だが、みんな美形らしいというところ。

 正直、僕はずっと見てきた家族だから美形かそうじゃないかは分からない。

 けど、思い返せば幼稚舎に通っていたころ父が迎えに来ると先生や同じくお迎えの母親達の様子が色めきだっていたし、母と外を歩けば必ず男の人に声を掛けられた。姉は年上年下問わず人気者で、双子の兄は何処に行っても人の目をさらう存在。幼稚舎の妹は天使すぎると芸能界からスカウトが連日来るほどだった。

 友人達からもよく言われるから、まぁそういうことなのだろう。

(あ、でも僕に対する『可愛い』はないかなぁ)

 ふと思い出すのは、自分に対する賛辞。僕は自分を平凡だと思ってるから『可愛い』と言われると嬉しいけど照れるし、あとちょっと、複雑。双子の片割れと比べたら確かに女顔だけど、一応僕も男だから。

(って、茂斗に比べたらみんな女顔になっちゃうか)

 双子の兄を思い出して思わずふふっと笑えば、どうした?って声がかかる。

 それに顔を上げれば、マグカップが二つ乗ったトレイを手にした幼馴染の姿が。

「あ、虎君、ありがと。いくらだった?」

「いいよいいよ。中学生に金たかる大学生とかやばいだろ?」

 自分の飲み物代を払おうと財布を探すためにカバンに手を伸ばしたら、そのカバンを遠ざけられてしまう。それに僕は「ダメ! 返してよ!」って怒るんだけど、虎君は笑って甘えろっていうだけでカバンを返してくれることはなかった。

「はい、ココア」

「うぅー……」

「まーもる?」

 お金払わせてよ! って睨むんだけど、虎君は笑顔で僕の名前を呼んでくる。それに僕は返す言葉が出てこず、もう一度唸って「ごちそうさまですっ……」って頭を下げる。

 そしたら虎君は隣に座るとポンポンって頭を撫でてくる。よくできました。って言いながら。

「虎君強引すぎっ」

まもるは慣れなさすぎ。毎回このやり取りしてるぞ?」

 いい加減諦めればいいのに。って笑う虎君に、僕は「慣れません!」ってそっぽを向く。

「なんで?」

「『なんで』って、虎君が頑張ってバイトして貯めたお金なんだから毎回毎回ご馳走になるのは流石に申し訳ないっていうか……」

 僕も母さんから毎月ちゃんとお小遣い貰ってるし、こうやって学校帰りに虎君とファストフードとか寄っても自分で払える。

 そう訴えれば、虎君はすっごく優しい顔して笑う。笑って、また僕の髪を撫でてくる。

「ばーか。それは葵が友達と遊ぶ時のお金だろ?」

「そうだけど……。って、虎君だって僕の友達なんですけどっ!」

 友達と遊ぶ時の為に取っておけっていう虎君。それにちょっとだけ寂しい気持ちになる。僕は虎君の『友達』じゃないんだ……って。

 僕は軽口に本心を隠して笑う。そしたら、虎君は目尻を下げて「友達、か……」って言葉を含ませる。その音に僕の心はすごく苦しくなってしまう。

(僕は虎君の友達じゃないんだ……)

 気にせず笑おうと思ってるのに、それが上手くできないぐらいには落ち込む。視線が下がってマグカップのココアを一点に見つめてしまう……。

 そしたら、くすって虎君が笑った。

「虎君……?」

「俺、葵の事を友達って見たことないんだよね」

「そう、なんだ……」

 すごく嬉しそうに笑ってるのに、言葉はとっても残酷。流石の僕も笑えず震えた声で言葉を返すのが精一杯。

(毎日こうやって過ごしてるのに友達じゃないって、酷くない?)

 きゅっと唇を噛みしめて心の痛みを誤魔化していれば、手に触れる温もり。

 顔を少し上げれば、虎君が僕の手を握っていて……。

「葵は、俺の『大事な人』だからね。友達っていうより、家族に近い感じかな?」

 笑みを深くして告げられる言葉に僕はポカンとしてしまう。

 虎君は握っていた僕の手から手を引くと、「でも、葵が友達がいいっていうなら、友達ってことで」って意地悪を言う。

 僕は慌てて虎君の手を追いかけて握り締めると「やだっ!」って大声を出していた。

「どうして?」

「ど、どうしてって……、虎君分かってるんでしょっ!」

「うん。分かってる。でも、葵の口から聞きたいな」

 顔を赤らめる僕に向けられる満面の笑み。その笑顔は優しくて、顔がますます赤くなってしまう。

「もうっ! ……ぼ、僕も、虎君の事、大事だって思ってるよ。お、お兄ちゃん、みたい、って……」

 言いながら余計に恥ずかしくなっちゃって尻すぼみに。

 でも、想いは伝わったみたいで虎君は「そっか」って嬉しそうに笑ってくれた。

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