11話 聖都出発



 ルイン地方への聖女一行の出発は滞りなく進んだ。

 聖都から聖女がたったことは住民や避難民にはもちろん貴族たちにすら知られることはなかった。数日に分けてそれぞれ出発した馬車は途中の街道で予定通りに合流し、そのまま連合王国との国境に向かう。


 イズミにとっても何度目かの越境だ、この世界に来て2年以上、多くの場所を浄化するために旅をしてきた。ルイン地方に訪れるのは今回が初めてだが、もう旅には慣れたと少なくとも本人はそう思っていた。


 聖都を立って6日目、連合王国との国境をようやく越えたところで、彼女はいつも通りに体調を崩した。


「うーーー、頭痛い、体だるい、目が痒いーー」


 豪華な外見をした魔導馬車の内部で不満に満ち溢れた声が響きわたる。

 普段は明るく元気で柔らかな声をしているイズミもこの時ばかりは流石にその様子はない、ということもなく声だけ聞けば大変元気だ。


 声だけならば、だが。


「そのように大きな声を出してはまた体に触りますよ。

イズミ様、頭が痛いときは静かにしておいた方が私、もといご自身のためです」


 彼女に気を使ってそう声をかけるのは今回の旅でイズミの世話役を任せられている侍女のイリーナだ。イリーナは普段、聖女の侍女として聖殿内でその世話役をしているが長い旅先ではこうして聖女の浄化に同行してイズミの面倒をよく見ていた。


「……イリーナはもうちょっと本音を隠した方がいいと思う」


 イリーナから意図して出たうるさいという本音に、イズミは彼女をジト目で見返す。

 今回の任務は秘匿性が高いものだが、体調を崩しやすいイズミの変化に敏感な者が必要だという意見を、聖女一行の長であるアルティメス近衛騎士長が進言したため今回もイリーナが同行することとなったのだ。


 そしてその進言は非常に役にたった。

 普段元気なイズミは、具合が悪くてもなかなかそれを表に出さない、イリーナが同行しない長い旅では大抵イズミは予兆なく突然倒れる。今回も普段から彼女をよく見ているイリーナがいなければ、まず間違いなく倒れていただろう。


「……今回はイリーナの言う通りにされた方が良いと思います。

無論、イリーナの為などではなく、イズミ様がまた倒れてしまわれては、旅程が大幅に遅れるという点への懸念からの言葉です」


 そう言って馬車の窓へと顔を覗かせるのはこの一行で聖女護衛の任に専属で就く近衛騎士のカイルである。


「カイル!……あれ?それって結局私の心配してるわけじゃなくない?」


 唐突にひょっこりと顔を出したカイルにさすが私の騎士と褒めようとしたところで、先ほどの言葉が決してイズミを労った言葉ということではなく、旅程の遅れを心配した言葉であることに気づく。


「カイル様、いくら専属の護衛騎士となったとはいえ、女性の馬車にいきなり顔を覗かせるのは如何なものかと思いますよ、それと女性になど、とは随分な言いようですね。騎士として女性の扱いをもう少しお勉強した方が良いですよ」


 カイルの出現の仕方と自分への扱いに対してイリーナは苦言を呈するがカイルがそれを気にするそぶりはない。


「えっ、そっち?突っ込むのはそこなの?イリーナ」


 イリーナがカイルに文句を言ってくれると思っていたイズミは、自分が思っていた方向とは違う方向にイリーナが苦言を呈したことに頭が痛いのも忘れてツッコミを入れる。


「侍女に騎士のあり方を問われる謂れなどない。其方はまず僕への対応を丁寧にするべきだ」


 侍女に騎士道精神を問われるなどあってはならないことではあるが、この2人については定例のやりとりなので特に問題ではない。


「ねぇ、そろそろ泣くよ、私、泣いちゃうよ」


 先程からなにかと扱いが雑になってきているとイズミは2人にそろそろ構ってよコールをかける。流石に泣くとまで言われては、この2人も無視はできない。


「仕方ないですね、お話を聞いてあげますから、静かにしてくださいね」


「仕方ありませんね、お話を聞きますのでゆっくり休んでください、旅路にさわります」


 2人そろってイズミの方を見ると満面の笑みでそう答えるのだ。


「はーい!……あれ?なんかおかしくない?」


 何か非常に納得できない部分があった気がするのだがイズミは体調の悪さからか普段の鋭さでそれを察することができない。イズミが喉のおくに骨は突っ掛かったような違和感を感じて頭を悩ませていると


「……何をやっとるのだ貴様らは」


 悪魔的なやりとりで己の要求をしっかり伝える2人に途中から見ていたアルティメスは呆れた様子で話し掛ける。


「騎士長、何を勘違いしているのかはわかりませんが、僕はイズミ様の体調を確認していただけです」


「私もいつも通りにイズミ様のお体を心配していただけですよ」


 アルティメスの呆れた様子にカイルもイリーナもは心外だと言わんばかりの口調で自分が何をしているのかを説明するが、全て見ていてアルティメスからすれば体調を崩した聖女様の鈍さに漬け込んで二本のツノを生やした悪魔が2人そろって自分の要求を通しただけのようにしか見えない。


「よく分かった、お前たちが本当に気が合うということがな。

それで、肝心の聖女様の体調はどうだ、もう少し移動して明日にはパラムの街に到着したいのだが」


 アルティメスは騎士長だ、この一行のまとめ役でもある。決して悪魔2人に構ってばかりいるほど暇ではない。

 今回もあくまで旅程の日程の調整のために最も重要なイズミの体調を確認するためにわざわざこの悪魔2人の領域までやってきたのだ。


「…イズミ様の体調については熱も下がり大分良くなってはきていますが、ご覧の通りまだいつも通りはいきません。ですが多少の移動は問題ないでしょう。それからカイル様との気は全く合いません」


 ここは世話役を務めるイリーナがイズミの体調をしっかりと報告していく、イズミの熱はすでに下がっているし、先程からよくツッコミを入れてくるようになっている。これは大分良好な証拠だ。まだ、かなり鈍い様子だがこの分なら明日には全開まで回復しているだろう。その判断の元、移動については問題がないことを騎士長に伝えて、最後にカイルへの苦情を騎士長に直訴する。


「そうか、イリーナがそういうならば問題なかろう、ならばひとまず日が傾き始めるまでは移動を行うとしよう。そうすれば明日の夕刻にはパラムには着くはずだ。カイル、貴様も一旦、配置にって他の騎士に伝えろ、すぐに移動を再開する」


 イリーナの報告を聞いたアルティメスはひとまず移動を優先することに決めた。パラムの街につけば今よりはいい環境で療養させることもできる。


 イリーナの直訴をあえて無視して、カイルへと配置に戻って移動を再開することを他の騎士に告げるように命令する。


 カイルから「了解いたしました」と返答を聞いたアルティメスはよし、と言って自身も配置に戻ろうと降り返り歩きだしたところで、「騎士長!」と声がかかり足を止めようとするが……


「僕もイリーナとは気が合いません」


 続く言葉に、無視してそのまま歩き続けることにした。


(どう見れば気が合わんのかさっぱり分からん)


 配置に戻ってきた騎士長の疲れ切ったその様子に周囲の騎士も全てをさとった。またあの2人かと。


 聖女一行にはすでに聖女の馬車周辺は冥界という渾名をつけられるほど、会話が進まないことで有名となっていた。一度行ったら戻って来れない。そんな場所に行けるのは歴戦たる騎士長をおいて他にはいない。


 聖女様への連絡事項は今後も一行の長たる騎士長が行くしかないのだ。

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