第56話 天秤
裏ダンジョンの帰り道は、行きよりも楽だった。
ダンジョンが浄化されたことで、裏ダンジョンの入口が、ピピ・コリンに近いリアスのダンジョンに繋がったからである。
汚染されていた竜王を倒した後、再び門が現れ、そこをくぐった先は普通のダンジョンで。もちろん汚染モンスターなんて出てこない。
しかし閉鎖していたハズのリアスのダンジョン入り口から自分たちが出てきたことで、入口を警備していた者たちが非常に慌ててしまった。
まだダンジョンに入っていた者がいたのかと慌てる彼らに説明したのは、頼れる男ヴィルフリートだ。
(ま、そんなときこそヴィルフリートさんの出番よね~。処世術慣れてらっしゃったわぁ~。頼りになるー)
想定外の事態にも落ち着い対処できるコミュ力は、立派なスキルだろう。
慌てる警備隊に、まず名前とランクを伝え、要点だけまとめて事情を伝える。裏ダンジョン攻略メンバーにヴィルフリートがいることは伝わっていたようで、無事攻略できたと知って、とても喜んでくれた。
そう。とても興奮した様子で祝ってくれた。誰もまだ攻略していないダンジョンを、最初に攻略したPTは皆から祝福を受ける。
これはゲーム内でもリアルでも同じなので、素直に祝福を受け取っておく。
ありがとう。
けれど、本当の問題はピピ・コリンの街に戻ってからだった。
裏ダンジョンの汚染モンシスターが街に大量転送されて、ある程度被害が出ただろうなとは予想していた。
闘技場でノアンに、裏ダンジョン攻略中、問題が起こるかもしれないとは匂わせておいたが、実際何が起こるかは不明だった。
それでも騎士団と冒険者ギルドで、最近の浮ついた街の空気を一度引き締めるという目的で街を巡回してくれていたのは幸いだったと言う他ない。
いないよりは、いたほうがいい。彼らも突然降ってきたモンスターには驚いたようだが、奮闘してくれたようだ。
ただ、やはり汚染モンシスターを対処できるかどうかという点では、かなり厳しかったようだ。
転送魔法陣が現れたのは街の中央。
そこから大量の汚染モンシスターが降ってきて、建物を破壊し、逃げまどう人々を襲った。想像に容易い光景に、被害に合っただろう人々を思い浮かべて、内心同情した。
言い訳ではあるが、まさか竜王が転移魔法陣を使って、ダンジョンモンスターを外に転送するなんて想像もしなかったのだ。
自分たちがピピ・コリンに戻ったころには、被害の全貌が見えてこれから復興を始めるちょうど矢先だった。
しかしながら、裏ダンジョン攻略の影響で街にモンスターが溢れたのなら、攻略当事者である自分たちは街の人々に恨まれても当然かなと思いつつ、恐る恐る踏み入れたピピ・コリンは、予想外に好意的で。
その理由はツヴァングのお陰らしい。
(街の有名人で、お荷物で腫物扱いのツヴァングが、騎士や冒険者たちが大勢かかって苦戦しているモンスターを、華麗に銃ぶんまわして倒しまくったせいで、手の平返しの英雄扱いね。フロアボスでもないし、通路のモンスターが転送されただけなら、討伐も苦じゃなかっただろうけど)
武器もエアーボードも自分の貸出なのに解せない。
そして当人は街の人から騒がれ、ひっきりなしに押しかけてきて感謝されるのが嫌で、店を閉めて引き籠ってしまっているらしい。
気持ちは自分のことのように分かる。前に自分もモンスターを倒したのを目撃されて騒ぎになった時は、とても収集がつかずツヴァングの店に匿ってもらった。
それが今度はツヴァング本人が同じ目にあうとは、なんとも奇遇である。
ほとぼりが冷めるまで、しばらくそっとしておこう。とばっちりを自ら貰いに行きたくはない。
美少年剣士がモンスターを倒した噂はすっかり過去の話で、今度はツヴァングの噂が街中でもちきりだ。
冒険者ギルドに裏ダンジョン攻略の詳細を伝えに来る道すがら、聞き耳を立てる必要もなく、ツヴァングの噂話が聞こえてくる。
尾ひれ背びれがついた噂は、内容8割聞き流すとして、ツヴァングの評価は鰻登りだ。
どうやらエアーボードを乗り回して【ジャッジメント・ルイ】を使いまくっている姿を、街の大勢が目撃したようだ。
英雄万歳である。
「つまり、ツヴァングはダンジョンに向かう途中で引き返したわけではなく、モンスターたちと同じように転移魔法陣を通ってダンジョンから直接街の方へ来たというわけか?エアーボードに乗って」
「そうだよ。ツヴァングをそっちに行かせて正解だったね。サボらずにちゃんと働いてたみたいだし、よかったよかった」
ノアンの問いかけにうんうん頷き答える。
ギルド支部長室に、こちらは自分とヴィルフリート。向かいにノアンとビルフッドと名乗ったおじいさんが2人。
ヴィルフリートがチャットでこっそりビルフッドは、元冒険者ギルド支部長なのだと教えてくれた。
(さすが元支部長。好々爺っぽいニコニコ顔だけど、隙がないなぁ。尚更下手なことはいえないわ)
確かにダンジョン攻略しているはずのツヴァングが、距離の離れているピピ・コリンにいきなり現れては、ダンジョン攻略を逃げ出したと疑われても仕方ないので、しっかり否定しておく。
ヴィルフリートに指摘されたように、そのままツヴァングがとんずらする可能性は1%くらいはあった。エアーボードもあればより遠くに逃げられるし、ここで逃げられたらもうツヴァングを捕らえるのは不可能だろう。
それでも信じてみようと思ったのは、その時の勢いでしかない。
『大量のモンスターが転送されている街に自分はツヴァングを回した』
やれることはやったという免罪符で、自分の罪悪感は免除されている。
あとはツヴァング次第というわけだ。だが、ツヴァングは逃げ出さずにモンスターを倒し、結果街を救ったようだ。少し見直した。
「なるほど。それで、攻略完了したことで、裏ダンジョンの入口がリアスのダンジョンにつがったということまでは承知した」
すでに裏ダンジョンボスの竜王については説明してある。
転移魔法陣を駆使したダンジョンフロア。ボスだけでなく雑魚も大量。ソロではほぼ攻略は不可能。
ボスを倒したことで裏ダンジョンがリアスのダンジョンに繋がったのかもしれない、と説明したところで、ノアンの反応を見る限り信じてはいないだろう。
しかに他に説明しようがない。汚染モンスターとはハッキリ口にせず、『普通じゃないモンスター』に溢れていたと説明するくらいだ。
ハムストレムの時は、まだ事情を知っているカインとユスティアがいてくれたお陰で誤魔化せたけれど、ここではそうはいかないだろう、とはヴィルフリート談だ。
汚染モンスターについて話し、どうやってその汚染モンスターを浄化したのか、そもそも汚染モンスターとは何なのだ?という点にまで至れば、当然「シエルお前は何者だ?」ということになる。
だから何も話せない、という結論に戻るわけだ。
今後もダンジョン攻略を続けるなら、何か対策を考えなくてはならない気がする。
だが、ノアンとビルフッドが納得できるわけもない。
「が、まだ魔法陣の発動条件は喋らないつもりか?リアスのダンジョンに繋がろうと、入口となる魔法陣がリアスのダンジョン内に現れただけだ。魔法陣が起動しなければ裏ダンジョンには入れぬ」
ノアンの眼差しは厳しい。
裏ダンジョンの汚染は浄化された。裏ダンジョンから出てすぐに、閉じた扉をもう一度開いてみたが、もう『鍵』は必要ではなくなっていた。ただのPTイベントダンジョンに戻っている。
PTを組めさえすれば、誰でも扉は開くだろう。
けれど、PTシステムを使ったPTとなると、システムの存在を忘れているこの世界では、一気に難易度が跳ね上がる。
『どうしよう?ここで黙っていたら、流石に恨まれると思う?』
チラリと隣のヴィルフリートに視線を流し、チャットで訊ねれば、にべもない返事が返ってきた。
『恨まれて、他のダンジョン同行許可下りなくなるかもな』
『それ困るぅ………』
半年以内に出現したダンジョンは残りまだ3つも残っている。
残り一つくらいなら強行突破できなくもないが、3つもあるとなると強行突破は難しい。 まだまだ目立たずに動いていたいのに。
はぁ、と大きな溜息をこぼし、
「仕方ないなぁ、発動条件はPTを組んでいることだよ」
「ほぅ?PTとな」
反応したのはビルフッドだ。にこにことした優し気な瞳の奥が鋭く光ったのを見逃さない。歳を取ってもこれは死ぬまで現役冒険者だ。
「ただし、冒険者ギルドの紙ぺら一枚提出じゃない方のPTね」
補足を入れれば、次はノアンが身を乗り出してきた。
冒険者ギルドのPTを紙一枚で組むやり方なら、岬の洞窟調査にきていたマルコ達に魔法陣が反応しないのはおかしいということになる。
「どういうことだ?他にPTを組み方があるなら」
「悪いけど流石にそれはね……。だからってそんなに睨まないでね?PTを組むにも色々あって誰でも可ってわけじゃないんだもん。それを1~10まで説明するのはちょっと。まぁ知ってる人は知ってるんじゃない?」
「だがそれはヒントであって、条件の明示ではない」
「明示って言われても貴方は、自分と同じPTメンバーじゃない。だから話せない」
「では冒険者ギルドに申請するPTと、貴殿のPTはどう違う?」
「えぇ~~?嫌がってる相手にまだ食い下がるの??」
さすがにそれはしつこく食い下がり過ぎではないだろうか。
これだけ全力で拒否を態度に出しているのだから、遠慮してほしい。
「ノアンはしつこいのが取柄でのぅ、すまんな」
ビルフッドが気休めにもならない援護をしている中、PTシステムをどう説明しようか迷う。
(だからって間違っても自分と同じPTに、お試しで入ってもらうなんてことはしないけれどね)
そんなことをすれば、PTリストから自分の下の名前(レヴィンソン が即バレてしまう。論外だ。
「ん~……、今だと自分がリーダーで、ヴィルがメンバーね。それで、繋がってるんだよ。どんなに離れていても、言葉を交わさなくても、確かに繋がっているんだよ。それはPTを組んでいる限りハッキリ見えるし、分かるんだ。例え世界の端と端にいても、繋がり続けてる」
「ツヴァングは裏ダンジョンに入ったというならメンバーの1人ではないのか?」
「ツヴァングはダンジョンから転移魔法陣通って街の方に来るとき、PT切っちゃったからもう違うね」
「PTを切る……」
PTを切ると言うと、PTから追放されたとか追い出されたとか嫌なイメージを持ちがちだが、ツヴァングは自ら出ていったのだ。そこはしっかり強調させてもらう。
「ヴィルフリート。君はどうだ?やはり君も話せないか?」
「シェルはウソは言っていない。それは俺が保証する」
自分ではこれ以上の情報は得られないと踏んだのか、矛先を変えてきた。
冒険者ギルドに所属するメンバーなので、聞いても何ら問題はない。だが、知っていながら話さないとなると、話が変わってくるのだろう。
大人の事情というわけだ。そして大人の事情は非常に厄介で、かつ単純ではないことを、就職してからの短い社会人経験から知っている。
「ふむ。冒険者ギルドはダンジョンの管理も行っている。これまでダンジョンのモンスターは、地上には出てこないというのが常識だったが、それが今回覆されたと言っていいだろう。そのダンジョンを管理する上で、魔法陣の発動条件を把握しておくことは、冒険者ギルドの急務となる。君もそのことは十分承知していると認識している」
遠まわしだが、やはりヴィルフリートに脅しまがいを仕掛けてきた。
ヴィルフリートは誰がどう言おうと、冒険者ギルドに所属する者だ。ランクの高さなんて関係ない。
ヴィルフリートはいち組織に所属していて、組織にいるからには義務が発生している。
(いつか来るだろうとは思っていたんだけどね。自分と冒険者ギルドを天秤にかける日が、いつかかならず)
すぐ先なのか、遠い先なのかは問題ではないだろう。でもそれはヴィルフリートが冒険者でじぶんとPTを組み続ける限り避けては通れない道だった。
「裏ダンジョンに入るための、魔法陣の発動条件を把握しておかなければ、いつ何時、誰かが裏ダンジョンの扉を開いて、モンスターがまた街に転送されてくる恐れがある」
「ッー!」
畳みかけるような脅しに、ヴィルフリートの表情がさらに追い詰められていく。膝に置いた手が拳を作り、固く握りしめられている。
(青龍にはもうダンジョンモンシスターを街には絶対転送しないように言ってあるから、そんな心配はもうないわ。でもそれこそ言えないし……)
迷っているのだろうことは間違いない。
これまでヴィルフリートが冒険者として過ごしてきた年月だけ、多くの冒険者たちに世話になっただろうし、冒険者ギルド自体に愛着もあるだろう。
返答次第で、ヴィルフリートはSランク冒険者として積み上げてきた名声も、名誉も何もかも失うかもしれない。
例えヴィルフリートが冒険者ギルドを選んでも、恨む気持ちは毛頭ない。
ログインしたばかりの自分の面倒を見てくれて、教えてくれて、教えてはいけない情報をくれて、たくさん助けてもらった。
ゲームでもリアルでも、どんなに仲の良かった人とも離れることはある。
自分の都合だけで相手を強制してはいけない。例え離れることが寂しくても。
ヴィルの判断を受け入れるのが自分の為すべきことで。
『シエル、俺にお前を選べと言え』
「はい?」
沈黙していた分だけ、チャットが入ったことを知らせる『ピコン』という音が、ハッキリ聞こえた。次いで、チャットで問われた内容に、素っ頓狂な声が無意識に出てしまった。
おかげで、向かいに座っているノアンとビルフッドがこちらを振り向いたけれど、構っている余裕はなかった。書かれた文面を二度読みしてしまった。
(いやいや、そんな重要な判断を自分に任せられても困るのですが?責任も取れないし?)
選択次第では、ヴィルフリートは冒険者ギルドを最悪追放になるかもしれない。それくらい重要な判断を迫られていて、
『自分に選べと言われても………。冒険者ギルドと直接関係してるのはヴィルなんだし……そこに第三者が入るのはどうかと』
『分かってる。それでも自分のモノになれと言え』
(おおおおう?いきなり重い方向に行きますね?)
判断を強要されて困惑するばかりだ。
『そうすれば、俺はギルドではなくお前を選べる』
俯いていた顔がいつになく思いつめた顔で自分を振り返った。切羽詰まって神妙な表情で、懇願の眼差し。
脳裏に過ったのは、ヴィルフリートとPTになる切っ掛けになった店での表情。そういえば、あの時も覚悟を迫った自分に、ヴィルフリートは同じ目で見つめていた。
(もしかして背中を惜して欲しいのかな?)
ヴィルフリートの中では、既にどちらを選ぶのか結論は出ている。けれど、行動に移す一歩が踏み出せなくて、その背中を押してもらいたいことがあるのかもしれない。
本人が望むままに。
ツヴァングが記憶を取り戻していながらリアルに戻りたくないなら、放置するように。
ヴィルフリートがギルドではなく自分を選びたいのであれば、その願いをそっと後押しして。
「ヴィルは自分のモノ」
ヴィルフリートの願いを叶える。
こちらを向いているヴィルフリートの黒い前髪をそっとかきあげ、でてきた額にそっと口づけを落とす。
これでいいのかな?と不安になっていると、俯き思いつめていたヴィルフリートが、バッと顔を上げた。
(あぶなっ!)
顔を近づけていた分、あと少し近かったら、顔を上げたヴィルフリートに顎を強打されていたかもしれない。危なかった。これで顎を強打していたら、さぞ恥ずかしかったに違いない。
「ノアン、悪いが魔法陣の発動条件は俺も言えない」
ヴィルフリートがハッキリ断った。嘘バレバレだが発動条件を知らないと惚けて、この場を濁す手だってあっただろうに、それすら否定せずに、知ってて言えないと断言しだのだ。
「本人もこう言ってるし、無理強いは良くないと思うな。うん」
「ツヴァングに感化されたか?君らしくもない。その判断、後で悔やむことになると思うぞ」
ノアンが頬を引きつらせながら苦笑した。
それに頭のどこかでカチンと音がした。元から根気強くないし、行き当たりばったりだし、後先考えない性格であることは自覚している。
けれどPTに残ると覚悟してくれた仲間を茶化されたのは許せない。
自分を選ぶ判断をしてくれたばかりの嬉しさもあって、尚更に仲間への侮辱は自分への侮辱と同義だ。
血気盛んじゃなければDPSはやっていられない。敵(モンスター)が現れた=潰せ!がDPSの真骨頂だ。
「煩いなぁ?ヴィルは自分と同じPTで『仲間』なんだよ。その『仲間』にくだらないこという気なら潰すよ?」
まだ未攻略のダンジョンが3つも残っているのに、正面から冒険者ギルドに喧嘩を売ってしまった。後の祭りだけれど後悔なんてしない。
後悔はしないが、
けれど、『アホなこと言ってる奴らに言い返してやったよ!』然と振り返ったヴィルフリートは、情けないほど眉尻が下がっていた。
「え?なんでそんな顔に?」
「いや『仲間』、だな、と思って………」
その通りです。でもみるみるうちにヴィルフリートは凹んでいく。いつもまっすぐ伸びている背筋が丸まって、背中にどんより雲が見えるようだ。
オマケに無言のノアンとビルフッドも憐みの眼差しを自分に向けていた。
何か変なことを言っただろうか?
仲間をかばっただけのに何故?
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