第53話 竜宮
目の前にそびえたつ巨大な門。
何もしていないのに勝手に扉は開き、侵入者たちをボス部屋へと誘う。開いた門の中は渦を巻き、どんな場所に繋がっているのか分からないが、周りの空気を渦が吸い込んでいるのは見て取れる。
(三人全員がフロアボスを倒したからボスへの部屋の扉が開いたとして、門が出現するのに少し時間がかかったのはツヴァングがモンスター化したから、ってことでいいのかな?)
フロアボスを倒せばフロアにモンスターはいなくなる。
けれどもツヴァングが汚染アイテムを使って汚染されたことで、モンスター判定を受けPTから強制排除された。恐らくは、それで門が出現するのが遅れたのだろう。
「ツヴァングは行かせて良かったのか?」
少し離れた場所にいたヴィルフリートが、門の出現に駆けつけてきた。ぶっかけた上級回復薬が効いたのだろう、HPもすっかり9割以上戻っている。
けど、その目は門よりも空の転移門に視線がむいていた。
自分たちを裏切ったツヴァングを逃がしていいのかと責めているのだろう。
(まぁ、それも当然だよね。あと少しで殺されかけたんだもん)
痛みはあれど、デタラメなHP量を保険としていた自分とは違うのだ。
ヴィルフリートがツヴァングを恨んでも仕方ない。
「モンスターたちがピピ・コリンの街に転送されてる。ツヴァングはそっちに回したんだよ」
「そのまま逃げるかもしれねぇぜ?」
「かもしれないね、ふふ」
笑う自分に、もうツヴァングを追う気が全くないと悟ったらしく、それ以上の言及をヴィルフリートはしない。
顔には不満が溢れていれど、自分たちが対応すべき優先順位は、目の前の門だ。
「行こう。こちらは裏ボスを倒さなきゃこのダンジョンから出られない」
門へと足を踏み出し、ヴィルフリートと2人、門をくぐる。
耳に小さく「ジジ……」とノイズ音が聞こえた気がした。
瞼を開いたそこに思わず目を見開く。
(なんてキレイな場所なんだろう……。この場所が汚染されているなんて信じ慣れないわ……)
見上げたそこには色とりどりの魚が泳ぎ、水面上から差し込む太陽の光が水に拡散されてキラキラと輝いている。
歩いている地面は岩だらけだ。けれど赤や黄色、白の色鮮やかなサンゴが生えていて、岩陰からカニが顔を出した。つい顔がほころぶ。
まるで南国の海底を、海底散歩しているようだ。
すぐ後ろを歩くヴィルフリートも、この光景に見惚れてしまっている。
2人ボスフロアに入ってしまえば、入口である門は消えてしまった。これで後戻りはできない。
「ここは海底か?こんなボスフロアは初めてみた」
「本当にキレイだね~。ここがピピ・コリン(南国リゾート)の裏ダンジョンならぴったりなんじゃない?」
海底が裏ダンジョンのボスフロアなんて、幻想のように美しい。
ずっとここにいて、景色を眺めていたいくらいだ。
「どうして?」
「中国っていう国の神話で『四神信仰』っていうのがあるんだよ。東西南北をそれぞれ神様が守ってる。北は玄武、南は朱雀、西は白虎、そして東は青龍。水を統べる竜王が、それはキレイな海の底に宮殿を構えているんだ」
リアルの日本でも馴染みのある神様である。特に占いを好む年頃の女の子たちは、風水で四神に触れたりするだろう。
逆に男の子であれば、何故か小学生の頃には漫画やアニメの影響で四神を知り、中二病へと進路を歩む者たちが出てくる。
その妄想の集大成として<黒歴史>が生まれるわけなのだが。
自分のように。抹消できるものなら、この世からチリ1つ残さず抹消したい。
自ら言っておいてアレだが、自分の古傷を抉ってしまった。
「要するに、海の底にはドラゴンの神様が棲んでるってことか。俺のイメージだとドラゴンは森の奥か、岩場に巣を作る印象だが、どうした、何でいきなり落ち込みはじめる?」
「落ち込んでなんかないもん!ちょっと哀愁にふけってただけだもん!」
「それはどう違うんだよ………。ほんと分かりやすすぎるぞ、お前の顔……」
若干引き気味のヴィルフリートの反応から、自分の顔に出てしまっているのだろう。
どんな顔になってるのかは知らないけれど。
そしてさほど奥へ進まないうちに、それはそれは見事な宮殿、の残骸が海底に現れた。
汚染されてさえいなければ、浦島太郎が亀に乗せられて連れていかれる煌びやかな竜宮城だったろう。
天守は見事に破壊されて壁が残るのみだ。
その壊れた天守にとぐろを巻いた竜が、首を上げて此方をロックオンしている。
ひとまず苦手なホラー系モンスターではなかったことを喜ぼう。
(鱗、というより、溶岩が体中にくっついてるみたいだ)
岩の切れ目が、強弱をつけて赤く光っている様も、溶けだした溶岩を思わせる。
竜宮の城にいるのに、水ではなく火を統べる竜。しかも自身の城だったろうに、それすらも破壊して根城にしている。
「水竜じゃなくて、火竜だな。しかもデカい」
ヴィルフリートの感想に、うんうん頷いて賛同する。
ルシファーが丸い肉の塊だとするなら、眼下の竜は東洋龍だ。蛇のように長い胴体、頭に角。右手に赤い玉。
龍が手に握る玉は龍玉とも呼ばれ『知性 / 真理の表れ』とされるが、ルシファーの時のデジャウが脳裏を過る。
(コアにしか見えないんですけど。初めからコア見せちゃっていいの?)
普通、ボスの弱点であったり、心臓部にあたるコアは隠しておくものじゃないだろうか。
壊れた竜宮の前まで来て、竜の縦に細長い瞳孔が、さらに細められた。
『我が領土を犯せ士愚か者は、貴様らか。我を前に、平静を失わぬ胆力は認めてやろう』
耳に聞こえたのではなく、頭の中に声が直接響く。
低くしゃがれた声だ。
「へぇ?汚染されているのに知性あるんだ。………あー。そういうことね、理解」
独り言のようにふむふむと頷く。
唐突だったが、自己納得した。
ここへの門をくぐる前に、空に転移魔法陣が出現し、汚染モンスターたちが街へと転移していった理由だ。
ダンジョンの侵入者を排除するためのギミック転移ではなく、ダンジョン外へのモンスター侵攻。
ヴィルフリートが裏ダンジョン入り口の魔法陣に触れ、PTリーダーである自分の元へ転移してきたのを、この火竜はここで見ていたのだろう。
「お前、前に街へモンスターが転送されたのを見て、学習したんだね」
そもそも岬の洞窟にある魔法陣自体が、裏ダンジョンに入るための転移魔法陣である。魔法陣のデカさは別にして、単に裏ダンジョン入り口が街の上に出現しただけ、とも解釈できる。
そしてダンジョンのモンスターたちを外に送り込んだ。
(喋るってことは知性があるってことだろうけど、学習応用まで出来るなんてね)
学習応用できるのはプレイヤー側だけ、という認識を排除しなくては。
それに、ただのモンスターであれば、一定の決められた攻撃スタイルを持っているものだが、それが通用しなくなる。
「我が眠りを初めに妨げしはそちら。我が配下の者たちが、速やかに地上を制圧するであろう」
「井の中の蛙かな?こんな場所で引き籠りニートが、調子に乗って外に出たところで痛い目見るだけだっていうのにね。それとも眠り過ぎて寝ぼけてるんじゃない?」
「竜王たる我を侮るか」
「たかがトカゲの王様だよ。自分の敵じゃない。それにヒントをありがとう。街へ繋がっている転移魔法陣をどうしようかって考えてたんだけど、簡単に解決できそうだよ」
ピピ・コリンの街に繋がっている魔法陣や、送り込まれている汚染モンスターたちがこの竜の配下であるのならば、この竜を倒せばい。
【エド・ドルグフ】を軽く払い、
【解読(ディサイファー)】
NAME:Dragon of Chaos(混沌の竜王)
LV:400
TYPE:竜族
問題なく解析結果が終わる。
ルシフェルの時より少しLVは上だが、問題はなさそうである。
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