第50話 『カリス・ヴォイド』
ずっとソロで戦ってきて、それなりに窮地に陥ったことはあるが、ヴィルフリートがここまでしんどいと思ったのは、これが初めてかもしれない。
敵の攻撃一撃一撃の威力が半端なく、直撃すればそれだけで致命傷になるだろう。
攻撃を避けながらモンスターにどうにか届いた攻撃も、浅ければあっという間に自己再生で回復してしまう。
逆にこちらは致命傷ではないが、避けきれなかったダメージでじりじりと体力を削られていく。ドラゴンの革をなめして作られた黒のコートやズボンは、炎や氷に対して優れた耐性があり、刃も通さないのに既にケルベロスの牙や爪にかかってボロボロだ。
持ってきた回復薬など、もうほとんど使い切った。
ルシフェルのダンジョンで、汚染されていた『奈落のルシファー』と戦った時と同じだ。けれども、戦っている敵はダンジョンボスですらない。ただのフロアボスだ。
(シエルが修理のついでに、槍にありったけの加護を付与して強化したってのに、この様かよ!)
息が切れる。爪で腕をひっかかれた傷が、痛むだけでなく次第にしびれはじめている。毒を受けたのだろう。
(まずいな、間違いなくこっちがジリ貧だ)
ヴィルフリートがあたったフロアボスは、【解析】しなくても一見で大まかに見て取れた。1つの胴体に犬の頭が3つついた汚染された<ケルベロス>だ。
毛皮は鋼の鎧のように硬く、一つの顔の攻撃を避けたと思えば、すぐに残りの2首が攻撃してくる。頭それぞれが、炎、氷、雷と属性の違う攻撃をしかけてきた。
周囲は灰色の雲が空一面を覆い、崖の多い岩肌がどこまでも広がって、草木一本生えていない。これでダンジョン内(地下)だというのだから笑ってしまう。
(汚染モンスターが普通のモンスターより強化されてるってのは分かっていたつもりだが、こうしてソロだとしゃれになんねぇな……)
モンスターのレベルが高くなるだけでなく、ワザの威力が増し、毒や痺れといった付加効果も付随されている。
ソロでの戦いはとにかく事前準備が勝敗を左右する。討伐対象となるモンスターの攻撃スタイルや弱点を入念に下調べした後、アイテムを揃え戦う。
しかし、汚染モンスターは情報がないに等しかった。汚染される前のモンスターは推察できるが、それが汚染されるとどう強化されるのか全く分からない。
牙を剥いているケルベロスがまた襲って来ようとしている気配に、
「全くの出たとこ勝負ってのはお互い様だもんな!」
ケルベロスにしてみても、どんな侵入者が来るか分からない。その点だけはお互い様と、ケルベロスが駆けだしたと同時に、ヴィルフリートも槍を握り直し地面を蹴る。
時間をかければかけるほど傷口から痺れが周り、戦えなくなるだろう。その前にケルベロスを倒さなくてはならない。
3つの頭それぞれで属性が違う。ならば属性スキル攻撃は、異なる属性の頭にいれなければダメージはほとんど入らない。
1つの頭の攻撃を避ければ残りの二つが攻撃してくるのなら、その1つが雷属性の頭であれば、残りは火か氷だ。
――ガァァァァァ!!
おとりとなる初撃は雷属性の左の頭を狙い、それを真向から反撃してくる攻撃を、槍を軸に体を反転させて避ければ、すかさず一番近い頭に本撃を打ち込んだ。
「風雷迅!」
狙った頭は火属性の頭だったようで、噴いた炎とヴィルフリートが放った『風雷迅』がかちあう。自身の力と魔力を槍に込めて、業火の炎を切り裂き、開いた口の喉奥めがけて突き刺す。
かなり捨て身の攻撃だが、首一つ落とすだけでも、戦況はだいぶマシになる。喉を突き破れば、素早く残りひとつの首の攻撃を避けるべく身を翻さなくてはならない。業火の熱に耐え、開いた視界に残り2首の動きを見失わないよう目を凝らす。
(取った!!)
槍が炎の喉を突き破ったのを見定めた瞬間、体のひねりで力技で引き抜こうとした槍がガクンと固定されてしまう。
(うそだろ!?喉を突き破られてんのに!?マズイ!!)
視線の先には喉を槍で貫かれながら、その鋭い牙で槍に食らいつき放すまいとしている炎の首がヴィルフリートを睨みつけていた。
急いで距離を取らなくてはと思うのに、噛みつかれた槍が抜けない。
直後、突然表示されたウィンドウが、ヴィルフリートの視界を一瞬奪う。
――――――――――――――――――
Error発生。
PT構成にErrorが発生しました。
非プレイヤーをPTから排除します。
――――――――――――――――――
「しまっ!【火影】!」
噛みつかれたままに炎属性の【火影】を放ち、それが喉奥で爆ぜ、槍を引き抜くことに成功する。
しかし、首一つを落とすのに、代償がかなり高くついてしまった。氷の首に脇腹に噛みつかれてしまった。
「くっそ………脇腹やられた、か……」
痛いというよりもひたすら熱い。灼熱で熱したコテをを押し付けられているようだ。
脇腹を手で押さえればぬるりとするが、それが何かなど確認する必要はない。匂いだけで血と分かる。
(今の表示はなんだ?いきなり現れて)
こっちはケルベロスとの戦いで精一杯で、他に気を配る余裕はどこにもない。
しかし、ケルベロスを警戒しながら、突然現れた表示の文に『排除』の文字があったと思い返す。
(PTリストにツヴァングの名前がなくなってる!?どういうことだ!?)
いつもならすぐにシエルからチャットが入って状況を教えてくれるのに、それもない。
PTリストのシエルの名前は赤くなり横に剣のマークがある。ということはシエルも何かと戦っていて、自分に連絡を取る余裕がないということだ。
<レヴィ・スーン>であるシエルが戦って苦戦するような相手が、この世にいるのか?と疑う反面、自分はそんな心配が出来る状況ではなかったと思い返す。
岩の上から見下ろしてくるケルベロスの残り4つの眼には、首一つをやられた侵入者に対する殺意しかない。
ケルベロスは首一つが落とされた。残り首は二つ。
しかし此方は脇腹に噛みつかれ、肋骨を数本やられている。
不幸中の幸いで、折れた骨は肺にまで達していないようだが、一気に窮地に陥ったことに変わりない。
それだけではない。最初に狙った雷の首が槍を噛み折ろうとして、槍の柄に噛みつき、グングニル・アドの柄に亀裂が入ってしまった。
喉を貫いている槍をへし折って、炎の首を助けようとしたのかは判別できない。しかし、1つは逃げに遅れたヴィルフリート自身を狙い、残りは敵の武器を狙う連携プレイできた。
「……戦況は、最悪だな。逃げようにも、……ダンジョンフロア内じゃ逃げ場は、どこにも、ねぇ……」
こんな状況なのに不思議と笑みがこぼれる。
呆れているのは自分自身に。
それだけではない。
PTを組んでいるという慢心が、心のどこかにあったのだろう。特にレヴィ・スーンという絶対者が傍にいるという緩みが生まれていた。
そして自分がSランク冒険者であるというくだらないプライドも。
『危ないと思ったら使うんだよ?』
シエルに心配されるわけだと自嘲する。これをチャットで打ってきたとき、どれだけシエルは自分を心配していたのだろう。
強大な魔力を持つシエルにしてみれば、一介の冒険者など弱者に過ぎないことは理解できたが、これまで戦ってきた自分の力を信じ、S10武器(与えられた力)などなくても、きっと戦っていけるという願望があったのだろう。
そんなもの、現実を見ていない理想と夢だというのに、シエルと同じPTになって、これまで知らなかった未知の世界の仕組みを教えてもらい、名ばかりの覚悟で浮ついていたのだ。
シエルもそんな自分のくだらないプライドに遠慮して、最後の選択を自分に託した。
(我が儘なふりは下手くそだし、寝汚いし、世間知らずだし…、でも誰よりもおびえて、身近な誰かが傷つくのを怖がってる……)
シエルはいつもシーツの中に潜り込み、暗闇の中で身を丸めて眠る。
本人はその方が眠りやすいからだと言うが、夜中、眠りながら涙を目じりに溜め、『兄さん』と夢の中で啓一郎を探していたのを知っている。
兄を探すためにたった1人で世界に降り立って、神様だろうと全く不安にならないわけがない。
自分のこの様を見たら、シエルはまた口をへの字にし、頬を膨らませて、無言で回復魔法をかけてくれるだろうか。
せっかくのキレイな顔が台無しだ。
シエルと共に戦うということが、どういうことなのか
「覚悟が全然なっちゃいなかった………」
槍に入ったヒビは深い。
恐らく次の一撃でグングニル・アドは砕け散る。
じりじりと間合いを詰めてくるケルベロスも、それが分かっているのだろう。先ほどまで絶対に槍の間合いに入らないよう一定距離を保っていたのに、一歩、また一歩と間合いに踏み込んでくる。
傷を負った獲物に、トドメを刺そうとしているらしい。
自分もこの傷ではほとんど動けない。槍を杖にしてようやく立っていたのを、最後の力を振り絞り槍を構える。ケルベロスとはもう目と鼻の先だ。
「来いよ、俺のプライド(グングニル・アド)なんて糞くらえだ!」
――ガガガァァァァ!!!
痺れがだいぶまわった手で槍を構え直し、残りの力を全て槍に込めて放つ。と同時にケルベロスも大きく口を開き襲ってきた。
ーーピッ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
戦闘による闘魔力蓄積量が
<グングニル・アド>の許容量をオーバーしました。
<制限解除>を自動実行します。
<S5:グングニル・アド>を<S10:カリス・ヴォイド>へ変換。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
意識が朦朧としかけていて、ハッキリとは覚えていない。
しかし、渾身の力を放って、乱れた呼吸のまま地面に膝をつく。
次に霞みがかった意識が次第に明瞭になって、重い顔を上げた時、そこにケルベロスの姿はどこにもなかった。
あったのは自分の足元から、地面に伸びる砲撃痕。地面が遥か遠くまでえぐられヒビが入っている。
「はぁっ、はぁ、はぁッ……、ぐっ、か、勝ったの、か………?」
そして最後の一撃で砕けると思っていた右手には、ひび割れたグングニル・アドではなく、濃い紫のオーラを放ち、ドラゴンの姿が彫られた長槍があった。
黒い槍全体に白く輝く呪が刻まれ、大きな刃部分に直接赤水晶がはめこまれている。
神々しく圧倒的な槍に、全身を苛む激しい痛みをヴィルフリートは一瞬忘れてしまう。
「こ、これは……」
ヴィルフリートが冒険者となってから、ずっと共に戦ってきたグングニル・アドではない。
では?
(俺はまたシエルに助けられたのか……)
最後の最後まで<制限解除>を選ぶことができなかった。与えられた力を自ら選んでしまったら、もう自分の強さを信じられなくなってしまう気がした。
そんな自分をシエルは最初から見越していたのかもしれない。
(だが、悪い気はしねぇな……。)
もうどこを探そうと自分が育ててきたグングニル・アドはない。
あるのはグングニル・アド自ら<制限解除>し出現した、この手の中の槍だけだ。
(今からはお前が俺の相棒だ……)
シエルはまだ戦っている。
今度は自分がシエルを助けに行く番だ。
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