第46話 裏ダンジョン

 なにこの馬車最高じゃん。


 ツヴァングに最高評価を受けた浮遊馬車に乗って丸二日。岬の洞窟に辿りつくと、すでに来ていた冒険者ギルドのメンバーたちがシエルたちを出迎える。冒険者ギルドから直接依頼を受けて、洞窟を警護している冒険者だ。


 ヴィルフリートたちが来ることはすでに話が通っており驚くことはなかったが、そのメンバーの顔ぶれを物珍しそうに見やる。


 Sランク冒険者のヴィルフリートはまだいい。しかし、貴族の家の花園で蝶よ花よと大事に育てられたような噂の美人剣士に、鑑定の腕は一流でも性格最悪、女癖最低な鑑定士。


 だが実際にツヴァングは皆の前で高ランク冒険者3人を倒し、銃装士としての力を示したのだという。ピピ・コリンの街では『あのツヴァングが?』と噂になったほどだ。


 街に突然現れたモンスターを1人で倒したというシエルも、とてもそうは見えない。洞窟についてフードを下ろした瞬間、周りに集まっていた者たちが一斉に静まり返った。

 あまりの美しさに目を反らすことも出来ない。


 ツヴァングとヴィルフリートの間で、くすくす談笑しているその光景すら奇跡のようだ。


 しかし、どんなに強くてもたった3人で高LV魔物に溢れた裏ダンジョンを攻略すると聞いた時は、本当に大丈夫かと不安視した。裏ダンジョンは表となるダンジョンより遥かに強いモンスターが巣くうダンジョンだ。


 普通であれば職種や得意不得意を考え、6人PTを組んで攻略に向かう。それが半分の3人。だが、ギルド支部長のノアンが言うからには反論はできない。

 なんというべきか、でこぼこ感が半端無い組み合わせだ。


「じゃあまずはツヴァング」


「んー?」


PTリーダーのシエルがツヴァングにPT申請を投げる。


「承諾して。頷けばいいよ」


 ピクリと眉間に皺を寄せたので、ツヴァングの視界前方にはPT申請のウィンドウが現れている筈だ。

 シエルに言われるままコクリと頷けば、PT申請を承諾した証に、PTメンバー欄の一番下にツヴァングの名前が追加された。


「これで俺もダンジョンに入れるのか。あっさりしたもんだな」


「そうだね」


 驚きと好奇心のツヴァングと、心底嫌そうなヴィルフリート。

 一部始終を見ていたクヌートたちには、シエルたちの間で一体何が行われているのかさっぱりわからない。


 シエルたちが来るまでの間、クヌートなりに魔法陣の発動条件を探り当てようと色々試してみたがどれも魔法陣は反応ゼロだったというのに、呪を唱えたり、魔法陣解除の陣を張ったりなど全くせず、少し会話しているだけでツヴァングもダンジョンに入れるようになったというシエルの言葉が信じられない。


「よし、準備も出来たし行こうか」


 魔法陣へとシエルが手を伸ばし、触れた瞬間、




――――――――――――――――――――――


 PTイベントが発生しました

 【黒の断片】を発動します


――――――――――――――――――――――




 前に見たのと同じウィンドウが立ち上がり、イベント発生を告知する。

と同時に青い魔法陣が強く発光しはじめ、魔法陣に描かれた呪が回転しはじめた。そして【黒の断片】を【開錠】させたときの歯車が、魔法陣に重なるように現れる。



――キュィィィン!――



 甲高い音が洞窟内に響きわたり魔法陣と歯車が完全に重なると、発光が青から黄色へと変わり、魔法陣の形が丸いものから四角へと変形した。

 光の線が観音扉を形作る。魔術文様が掘りこまれた光の扉。


――キィ………――


 軋むはずのない光の観音扉がゆっくりと開かれ、岩壁だったところにはダンジョンの通路が現れて、冒険者をダンジョンの中へ誘う。


「ダンジョンの扉が、開いた………」


 クヌートがどれだけ試行錯誤しても全く反応しなかった魔法陣を、シエルはいとも容易く開いてしまう。

 始めて見る魔法陣の変形、そして裏ダンジョンへの入り口に、クヌート以外のメンバーも度肝を抜かれていた。


 裏ダンジョンという存在が世界にいくつか存在することは知っていたが、基本的に裏ダンジョンは高ランク冒険者にしか攻略許可はおりない。

 その誰も攻略していない裏ダンジョンの扉が目の前で開かれ、そしてそこへ最初の冒険者が攻略に入る瞬間を目の辺りにしている興奮。


 そして扉の前に待機するクヌートと冒険者ギルドのメンバーをシエルは振り返り、


「もし魔法陣から魔物が溢れてきたら、最悪この洞窟は潰しちゃってもいいから」


 裏ダンジョンに入る間際、洞窟に待機するクヌートおよび、冒険者たちに言伝する。


「しかし!入り口が潰されてしまったら皆さんが裏ダンジョンから戻れなくなってしまうのでは!?」


「こっちは適当にどうにかするから大丈夫。自分達のことだけを考えて。この裏ダンジョンのモンスターは普通のモンスターとは少し違っているから、危ないんだよ」


「普通とは違う?」


「怖い魔物に食べられちゃうから、食べられる前に逃げてね?」


 クスクスとシエルが微笑む様は、こらからお茶会にでも行くような気軽さだ。とてもこれから裏ダンジョン攻略に挑むとは思えない。それだけではなく危険なダンジョンにたった3人で本当に大丈夫なのか?


 そんなクヌートたちの不安を他所に、裏ダンジョンの扉は閉じられ、扉は元の魔法陣に戻った。


 ダンジョン内は洞窟というよりも、レンガのような石が壁面を全て覆い、壁に松明が挿されて近づくと炎が宿る。だ

 が、その通路がとても広かった。横幅だけでも50mはあるだろうか。天井は更に高い。岬の洞窟は幅も狭かったのに、裏ダンジョンは途方も無く広いようだ。


 もちろん歩いて先にすすむごとに後方のたいまつは消え、代わりに前方の松明に火が勝手に灯る。通路の突き当たりは真っ暗で見えるどころではなかった。


 そしてすっかり忘れていた裏ダンジョン特有の仕様。


「マップが消えていくぅ~……。誰かメモとか持ってきてるエライ子~?」


 通常のダンジョンならば一度足を踏み入れた場所は通り過ぎても表示されたままだが、裏ダンジョンは通り過ぎると再びマップがグレーアウトして消えてしまい、自分たちが今いる周囲しか表示されない。


 なので、元来た道を戻ろうとしても確実に戻れるとは限らないのである。最悪同じ場所をぐるぐる回るという悪循環に陥ることも少なくない。


 アデルクライシスにログインするのも半年振りで、そうえいば裏ダンジョンはそんな仕様だったと肩を落すシエルに、


「んなもん用意するかよ」


 と胸張って言うのはツヴァングだが、最初からツヴァングは鑑定依頼報酬として同行している立場なので、あまり攻略面での期待はしていない。

 それよりも実地でのダンジョン攻略の経験が多いだろう、もう1人をシエルは見やる。


 すると、ヴィルフリートの方は腕を組み、闇雲に進むのではなく確実にダンジョンの先へ進める方法を考えあぐねていた。


「<左手の法則>ってのはどうだ?絶対とは言いきれないが、適当に先に進んで迷うよりはいい。俺も裏ダンジョンは聞いたことはあるが、実際に入ったのは初めてでよくわからないがな」


 ゲームにおいての『左手の法則』とは、<常に壁に左手をつけた状態で、前進する事でゴールまで辿り着く>というものだ。

 当然、ゴールにまっすぐ進んでいるわけではないので、突き当たりや遠回りをすることばかりだが、同じ道を何度も歩くということはなく、確実にゴールへと近づける。


「よっし!では『左手の法則』でいこう!」

 

 ヴィルフリートの案を採用し、さっそく通路を進み始める。


「行き当たりばったりだな~」


「初見でのダンジョン攻略なんてこんなもんでしょ?」


 半ば呆れぎみのツヴァングを笑って誤魔化し、さっさと先を歩き始める。

PT皆が初めて挑むダンジョンは、どんな罠が仕掛けられているのか、どんな魔物が出てくるのか誰も知らない。だからこそ次々現れる敵なギミックにワイワイ騒いで楽しめるのだ。

 ゲームであれば。


 今のところ汚染された魔物には遭遇しておらずMAPにも紫のマーカーは表示されない。さすがにマーカーすら表示されずいきなり魔物が現れるのは、宝箱のギミックだけにしてほしい。


「なぁ、レヴィ・スーン様。質問していい?」


「何かな、ツヴァング君。言ってみたまえ」


 わざとらしく『様』付けなどされたものだから、こちらも歩きながら演技ぶって答える。


「レヴィ・スーン様は何の目的があってこの世界に降臨されちゃったの?」


「もちろん世界を救い、人々を導くために決まってるじゃん」


 ツヴァングを見やるヴィルフリートの眼差しが僅かに剣呑さを帯びたことに気づきつつ、一拍置いてから声のトーンを落とし、白々しい演技をやめる。

 何故世界に現れたのか。そういえば同じことをヴィルフリートにも出あった最初の頃に聞かれたなと思い返す。


「な~んて言うと思った?」


「思わねぇよ。神さまなんて自分のことしか考えてない自分勝手なヤツしかなれねぇよ。お前みてぇな、な?」


「だからってね、他人に全く関心がないわけでもないよ。本当に助けを求めているなら助けたいと思わなくもない。でもその人が助けを求めていない、現状に満足しているのならあえて手を貸そうなんて思わないね。放置」


「とか言いながら、利用できそうなら利用するんだろ?」


「互いに利があるならwinwinでしょ」


 ちがう?と後ろを振り返れば、肯定するようにツヴァングもニヤリと笑む。


 一方的な利は対等ではないと自分は思う。それは誰かとゲームをする上で、対等の均衡が崩れたとき、かならず軋みをあげてその関係は崩壊する。


 たとえ自分にとっては親切であっても、相手にとって本当によいことなのか、その判断を決める境界線は難しい。

 けれど、どんなに理屈を並べようと


(最後は他人より自分が最優先だし、相手がそれを嫌がっていたとしても自分の都合でいくけどね)


 それが人間だ。

 だからこそまだツヴァングを測りかねている。


「winwinか、その言葉好きだぜ」


 ゆるりと、ツヴァングはコートの中のガンホルダーからおもむろに【ジャッジメント・ルイ】を抜き取る。ガチャリと弾が装填される音を合図にして、磨き上げられた黒光りするような銃身に、ひび割れにも似た赤いラインが発光し始めた。

 銃の先端部分に組み込まれたギミックが発動し筒状の輪が開かれる。


【ジャッジメント・ルイ】が起動している。それでだけでツヴァングはS10武器を扱うための最低ラインをクリアしていることが証明されている。銃から発せられる魔力に、ツヴァングを中心に風がふわりと巻き立つ。

 しかし、


「おい!?ツヴァング!何をしている!」


 敵の姿もないのに、いきなりその銃口をシエルの方へと向け、ヴィルフリートは素早く背中の槍を抜く。

 ヴィルフリートはツヴァングを完全に信用しているわけではなかったが、ダンジョンに入って間もないのにすでにコレだ。

 やはりこの男は信用できないと背中のグングニル・アドを握る手に力をこめる。


 しかしツヴァングの間にヴィルフリートが割り入ろうとしたのを、手を挙げて止める。


「ヴィル、いいよ」


「シエル!?」


 そうこうしている間にも【ジャッジメント・ルイ】はさらにツヴァングの魔力を装填されたオリハルコンの弾に凝縮させ、いつ撃ってもおかしくない。


「だがよ、神様(管理者)と人間(プレイヤー)の間に、対等なんてなりえると思うか?」


 言い終り様、それまでずっと貼り付けていたツヴァングの笑みが消え、【ジャッジメント・ルイ】からオリハルコンの弾が放たれた。




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