第44話 想定外の展開

 まさか男になった反動で女になるとは思わなかったし、自分が書き込んだ後に『黒の書』が自動で追記するなんて考えもしなかった。

 いつ追記されたのか分からないし、データを書き換えたときは履歴が残るものが、そんなものは見れない。


「ほんとに胸がある」


 シャツの中を覗き込めば、昨日まではなかった胸のふくらみが確認できた。

 <シエル・レヴィンソン>の外見年齢15、6であることを考えれば妥当な大きさだろう。けれどリアルとほぼ変わらない大きさに、表現しようのない複雑な気持ちになった。

 

(別に所詮はゲームのキャラクターだもの!関係ないわ!)


 と自分に言い聞かせている時点で、気にしている証拠になってしまう気がしたけれど、とにかく考えないことにするしかない。

 目下の問題はこの『黒の書』だ。真っ黒な表紙で、まさにTHE・黒歴史。


(自分が男になれると書いたことに対して自動追記が入るなら、マシな方と考えよう。私の預かり知らないところで勝手に#追記__設定__#が書き込まれるなんてありえないけれど、書き込まなきゃ変な追記もされないってことだものね)


 『黒の書』に『自動追記』機能があると判明して、はたしてそれは自分が記入したときだけの追記なのだろうか?自分が書き込まなくても、今後『自動追記』されることはないのだろうか。

 絶対ないという確証も保証もない。


 今回は意図して5日だけ男になるという書き込みに対して、5日女になるという自動書き込みがされた。もちろん驚いた。しかし性別が変わっただけの軽傷で済んだといえる。


 これまで中二病だった自分が書いた設定書、という認識だったが、『黒の書」には他にも大事な仕組みが組み込まれている気がする。


(あんまり見たくはないけれど、これから定期的にチェックするようにしよう。気づかないうちに追記があって後で痛い目みたくないものね)


 そしてヴィルフリートも。

 とっさの閃きだったのだが、あと少しのところでヴィルフリートは欲に負けず踏ん張った。

 顔を背けて言い辛そうに『いきなり起きたら女の体になってたから、ちょっとグラついただけだ』と言い訳していたけれど、言い訳なんてどうでもいい。


(どんなにリアルでも結局はゲームだもん。ちょっと胸揉まれるだけでヴィルがS10武器使ってくれるなら安いものじゃない?)


 結局は思惑通りにはいかなかったが。


 こうして冒険者ギルドの支部長に会いにいくのに、数歩前を歩いてヴィルフリートは建物へ道案内してくれる。


 岬のダンジョンに1番に入る権利と引き換えに、冒険者ギルド側から1人だけ会うという取引を、冒険者ギルドが飲んだのだ。

 魔法陣が開く条件は分からず、しかしダンジョンと繋がっているとなれば条件を飲む他ないだろうと考えていたけれど、存外判断は早かった。


 ダンジョンと繋がっているという重要事項が判明したのだから、魔法陣についてクヌートだけでなく他にも詳しい者たちと調査・検討して、どうしても条件が分からないとなってから判断を下すと思っていたのに、


(判断をしたのはピピ・コリンのギルド支部長って聞いたけれど、けっこう行動派なのかな?ギルド支部長になるんだから、考えナシのお飾りとは思えないけれど、用心しておこうっと)


 ともあれお陰でダンジョンに一番に入る権利を得ることができた。

 これは素直に喜んでおこう。


「まぶしい……」


 呟いたのは後ろからついてくるツヴァングだ。

 一番にダンジョンに入れることになったので、同行したいと自分から言い出したツヴァングも共にギルドへ向かっていた。

 その瞼はシルクハットの帽子をかぶっていても、昼間の明るさが本当にまぶしいようで、目を細めている。

 

 普段滅多に昼間外を歩かないというのがそれだけで分かる。


「着いたぞ。あそこの建物だ」


 ヴィルフリートが指さした建物は、ハムストレムの冒険者ギルドより一回り小さい建物だ。

 武器を下げ、装備に身を固めた者たちが頻繁に出入りしている。


 建物に入れば、事前の打ち合わせで自分たちが来ることを分かっていたようで、ギルド支部長の秘書が出迎えてくれた。


 が、突然現れての、特別対応に居合わせた冒険者たちの視線が自分たちに集中する。Sランク冒険者のヴィルフリートが現れたときの羨望や憧れの眼差しだけではない。

 困惑が入り混じって、ひそひそ声が聞こえる。


(自分たちが来ること、上の人たちだけじゃなく冒険者たちも知ってたのかな?それかSランクのヴィルが有名人だったり、それかここだとツヴァングの方が有名人だったり?)


 不思議に思いつつも、そのまま2階の支部長室に案内され、部屋には金髪美女が応接用のソファに腕を組んで座っている。

 これがピピ・コリンのギルド支部長らしい。胸元が開いている服を着ているせいで、さらに豊満な胸が強調されている。


 ちなみに予期せず女性体になってしまった胸は幅のある布をさらしのように巻いて、胸をつぶしている。

 だから自分の胸は平になってて当然なのだと言い聞かせる。


 が、ツヴァングが共にいることに気づくと、僅かに眉間がぴくりと下のを見逃さない。

 

「よく来てくれた。このギルド支部長のノアン・フォーサイトだ。話に応じてくれて礼をいう。だが、そっちのツヴァングは何故共に来たのか聞いても?」


「ダンジョンに一緒に入るから来てもらったんだよ」


 被っていたフードを下ろし、ツヴァングの同行理由を答えた。下のフロアでも感じたが、どうもツヴァングは良く思われていないらしい。けれど、普段から遊んで暮らしている者が、いきなり現れたら不審に思われても当然だろう。


「こっちが例のシエルだ。ツヴァングはさっき言ったようにダンジョン攻略に共に同行する」


 自分の自己紹介をヴィルフリートがしつつ、ツヴァングの同行理由も重ねてこたえると、さすがにヴィルフリートの言葉なら信用度が違うらしい。


「どーも」


 口端を斜めにしてツヴァングは惚ける。が、ノアンの視線は厳しい。本気か?とヴィルフリートに投げかけているが、ヴィルフリートはだんまりだ。


「つまりツヴァングにもダンジョンに入るための条件付与が出来ると?」


「うん。できるよ」


 条件付与など自分にはあって無いようなものだ。PTに入れればいいだけの簡単仕様。しかし、それをノアンに説明できるかというと否だ。


「……わかった。事情は別にあるとして、腰掛けてくれ。話が進まないのでは来てもらった意味がない」


 促されてソファに腰掛ければ、部屋に案内してくれた秘書がお茶を出し、一礼して部屋を出ていく。話をするのは1人だけというこちらの約束を守ってくれるらしい。


「まずは礼を言いたい。先日、街中に現れたモンスターを倒してくれたのは助かった。ギルドや街の警備兵では対応が遅れてもっと被害が多くでただろう」


「偶然居合わせただけだから」


 もちろん偶然居合わせたわけではない。PTを組んでいるヴィルフリートが魔法陣に触れてしまったことで、ダンジョンの扉が開き、モンスターがPTリーダーである自分の元に転送されただけとは内緒である。


「ふむ。では、さっそく岬の魔法陣について聞きたい。クヌートの報告では、魔法陣を最初に見つけたのは漁師で4か月前だったらしい。それから魔法陣について調べたが、何もわからず定期的に調査をしていて、今回ヴィルフリートだけに魔法陣が発動したと。単刀直入に聞こう。魔法陣の発動条件は何だ?」


「内緒」


 初めから想定していた質問だったので、こちらも事前に用意していた答えを返した。部屋の中に微妙な沈黙と、ツヴァングがくっと喉の奥で笑った気配がするのみだ。


(だってしょうがないもの。魔法陣の発動条件はPT組んでることと鍵だもの。これだけは絶対に教えられないわ)


 『内緒』というのが本当は知らないけれど、知ったふりをしているハッタリでないことは、ノアンも分かるだろう。この話に応じる条件が、「ダンジョンに一番に入る権利」であるなら、もう一度意図的に魔法陣を発動させてダンジョンに入るということなのだから。


「教えられるとすれば、魔法陣の発動条件を教えられないのは変わらないんだけれど、発動条件をクリアしている者でも、触れなければ裏ダンジョンの扉は開かないってことぐらいかな」


「話すつもりがないのなら、なぜここへ?」


「勘違いをしていると思って」


「勘違いとは?」


「岬のダンジョンは新しく現れたダンジョンじゃないよ」


 出されたお茶を一口飲みながらいうと、ノアンだけでなくヴィルフリートとツヴァングも目を見張った。


「魔法陣が現れたのは恐らくピピ・コリンに新しく現れたというダンジョンと同時期」


「なんだと!?リアスのダンジョンと同じ時期に!?」


「裏ダンジョンだろうね。なんらかの原因があって表から裏にいくための入口が塞がれたかで、行き場を失った裏ダンジョンの入口が岬に出たんだと思う」


「……その根拠は?」


「勘」


 もちろん「勘」などではない。だが、確信はないけれど、リアスのダンジョンと岬の魔法陣を関係づける根拠ならある。ヴィルフリートがすぐにチャットで根拠に当たりをつけてきた。


『汚染モンスターか?』


『そう。ずっとおかしいなって思ってたんだよね。リアスのダンジョンは半年以内に現れたというのに汚染されてなくて、普通の冒険者たちに攻略公開されている。そんなことありえるのかな~って。でも表面上は汚染されていなくても、その裏が汚染されているのは十分ありえる』


 そして嫌な想像というものは、1つ思いつくと次から次に思いつくものである。


(ずっと誰にも気づかれずに放置されていたなら、さぞ汚染も進んでそう……)


 ルシフェルのダンジョンは1フロアだけで済んだけれど、リアスの裏ダンジョンは初めからダンジョン全体が汚染されていると見た方が無難だろう。

 

「こちらは岬のダンジョン攻略許可は貰ったと思ってるから、いつでも攻略に行ける。けれど裏が攻略されたら表がどうなるか分からない。だから、そちらがよければ、手はずを整えるまで少しは待とうと思ってる。さすがにいきなりリアスのダンジョンを封鎖したんじゃ、攻略順番待ちしている冒険者たちから不満が出るだろうし」


 『お前、本当に足元見てくるな………』


 ヴィルフリートの呆れと驚きが混ざったツッコみに、思わず言葉が詰まり、口角がひくりとしたのが分かった。向かいに座っているノアンも、声を荒げはしないが、ヴィルフリートと同様のことを自分に対して思っているのだろう。


 自分自身、重要なことは何一つ話さないで、相手の足元見まくったことが、涼しい顔でよく言えるものだと内心思っていたばかりだった。なので、他人から改めて指摘されると精神的に堪えるものがある。


(すいませんね……。交渉のカード持っているのは此方だけってことで、強引にいかせてもらったわよ……)


 影響力が強いのは表より裏だ。特に汚染されていれば尚更に。

 その裏を攻略されて、表が無事に済むとは思えない。


「………そちらの言い分は分かった。確認したいのだが、攻略はシエル、ヴィルフリート、ツヴァングの3人でいくつもりか?」


「そのつもり」


「裏ダンジョンは表よりLVの高いモンスターが出現する。3人だけでは心もとないのでは?ツヴァングに至っては#鑑定士__戦力外__#だ。 #こちら__冒険者ギルド__#からも依頼をかけて、高ランクの冒険者なり、 人数を出そう」


「頭数だけの足手まといは要らない」


「シエル」

 

 すかさずヴィルフリートに窘められた。さすがに『足手まとい』というのは言い過ぎだったようだ。しかし、ノアンはただの裏ダンジョンだと考えているようだが、汚染された裏ダンジョンだ。汚染モンスターの知識もなく、生半可な強さの助っ人を連れていく気はない。


「それはつまりツヴァングは足手まといではないと?戦力として同行するということか?」


「そうだよ。ツヴァングは強いよ」


 ツヴァングは強い。ハッキリ明言できる。

 それは何度も同じPTになってダンジョンや強いレアモンスターを戦ったから知っている。例え、今のアデルクライシスで、ツヴァングの銃装士としての強さを誰も知らないとしても。


 本人はこの部屋に入って最初の挨拶だけで、すまし顔でずっと会話を聞き流している。

そのツヴァングと自分をノアンは交互に見て、


「申し訳ないが、その言葉すぐすぐには信用できないな。岬のダンジョンの攻略だが、ツヴァングが同行するのに此方からも同行ができなければ、許可を取り消させてもらう」


 突然の許可撤回。無表情だったノアンがニヤリと笑むと、迫力がある。

 一気に部屋の空気が変わる。


「どうして?ツヴァングは冒険者ギルドとは関係ないでしょ?まさか鑑定士はダンジョンには入れないなんて規則があるの?」


「関係ないし、鑑定士であってもダンジョンに入るのは何ら問題はない」


「なら、何が問題?」


「ツヴァングが、このピピ・コリンを治める領主:ザナトリフ侯爵の嫡子だからだ。それも1人息子」


 それは初耳だった。ツヴァングが貴族の出身で勘当されているという設定なのは、既に聞いていたけれど、まさかピピ・コリンを治めている領主様の息子だったとは。

 ピピ・コリンは転移ゲートこそないものの、温暖な土地で、他国の貴族も訪れる保養地としての名が広まっていて、漁も盛んだ。


 国もそんな重要な土地に、適当な者は置かないだろう。高位の貴族、それも信頼の厚い貴族を置く。


「勘当されてるハズ」


「勘当はいつ解けるかわからん」


 一蹴されて、漠然とながら理解した。

 将来、このピピ・コリンの領主になるかもしれないツヴァングを、護衛もなしに危険な場所には行かせることが出来ないというのだろう。

 勘当した貴族の家も、勘当している手前、面子があるので表立って文句は言ってこないだろうが、周囲はそうはいかないというのは何となく察せられた。


(そりゃあ街の皆の有名人になって当然だわ。勘当されてるくせに領主になるかもしれないって、扱いに困るでしょうね)


 単に腕の立つ鑑定士だから、街の有名人というわけではなかったらしい。

 少し思案して、


「ん~~。じゃあそれはツヴァングがどうにかしてよ」


「はぁ?何で俺が?」


 急に話を向けられたツヴァングが、嫌そうな顔になる。


「だってそれはツヴァングの家の問題でしょ。自分とヴィルフリートには関係ないもん」

 

 自分とヴィルフリートはツヴァング同行は構わない。しかし、ツヴァングが同行することで裏ダンジョンを攻略できないというのは、問題が別だ。

 それならヴィルフリートと2人で攻略する。さようならツヴァングである。


「ノアン、ダンジョンに行くのは俺の意思だ。家は関係ねぇ」


 肩を竦めた自分に、ツヴァング自身がノアンとやりとりはじめた。


「関係なかろうと、お前は嫡子だ。勘当されて、酒を飲んで道端につぶれていようと侯爵家の血が流れている。ザナトリフ様が親戚筋から養子をお迎えになられていれば、まだ話は変わったかもしれんがな」


「……なら、ギルドから人を出したいというのは、俺の警護のためだけか?」


「そうだな。2人が応援なしにダンジョン攻略したいというのであれば、私に止めることはできない。仮に中で2人がモンスターにやられてしまおうとも、そこは自己責任だ。だがお前は違う。ここで止めずに、ダンジョンで野垂れ死んでみろ。このピピ・コリンの冒険者ギルドはザナトリフ様に顔向けできなくなる」


「じゃあ、俺が強いことを証明できればいいのか?その足手まといの護衛とやらをつける必要がないくらいに強ければ」


「……そうだな」


 自分の言葉を取った嫌味にノアンは苦笑したものの、ツヴァングの言葉はあまり信用していないようだ。


「ダンジョン攻略は最大6人メンバーだったな。だったら、その足手まとい3人と戦って俺勝てば文句は言わせねぇ」


「ほう?随分と自信があるようだが、それは酒が入っていての戯言ではないだろうな?明日になったら忘れましたでは困るぞ?」


「2日後、となりの摸擬戦用の闘技場でいいだろう。せいぜいお気に入りを選んでおけ」


「……いいだろう」


 ツヴァングの提案にノアンが頷く。

 ハッキリ言ってノアンはツヴァングの言葉は何一つ信用していないのが見て取れる。それはノアンだけでなく、ヴィルフリートも同じかもしれない。

 ツヴァングがS10武器『ジャッジメント・ルイ』を持っていることは既に知っているけれど、本当に強いのか?と最後の部分で信じられない様子だった。


(案外ちょうどよかったかも。ヴィルもツヴァングがどれくらい強いのか知っておくのに)


 いい機会だ。





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