第37話 回転する魔法陣

 岬の下へ少し遠回りをする形で崖を下りていくと、そこに直径3m近い高さの洞窟が口を開けていた。

 モンスターたちが巣にするには最高の洞窟である。念のため戻ってきたラドゴビスが洞窟に入ってこないように、入り口い結界を張っておく。


 人が2人並んで歩くのが精々の横幅だ。レイニが杖に光属性の小さな光を灯し、それを松明代わりにしてさらに奥へ進んでいくと、20m先あたりで小部屋のような空間に出た。


「あれが魔法陣です。原因を調べようと、魔法陣に描かれている呪は前回全て書き写し、研究所に戻って調べてみましたが、文字がかなり古い文字なのか解読できませんでした」


「私も治癒士として魔法陣は少し学んだつもりですが、こんな魔法陣を見たのは初めてで……、兄さんも黒呪士が使う魔法陣とも違うそうで………」


 クヌートの言うとおり、自分達以外誰もいない部屋の一番奥の壁に弱々しいながら青白い光を放ち、大小3個の丸い魔法陣が浮き出ていた。

 それも円を囲むように描かれた呪がくるくると規則的に回転している。


 前回の調査でも同行しているらしいレイニとザックの兄妹も、どんな類の魔法陣なのか検討もつかないと首を横に振る。


 洞窟に入る前に前置きしたように、ヴィルフリートは決して魔法陣に詳しいわけではなく、描かれている文字など全く読めない。けれども、前後に重なるようにして浮き出ている形と呪の規則的な回転は、あるものを連想させた。


(この魔法陣、【黒の断片】の歯車に似てないか?)


 シエルがピピ・コリンの浜辺で見せてくれた特殊アイテム。

 あれも青白い光を放ち、規則的に歯車が回転していた。違いがあるとすれば、魔法陣か歯車という差があるだけで。


「この魔法陣はただ浮き上がっているだけなのか?近づいたり触れたりすると炎が出たりギミックが発動することは?」


「ありません。自分も触れてみましたが、指が透けるだけでした。回っている呪も止まることはありません」


 ヴィルフリートの質問にクヌートが断言する。誰もいない洞窟に展開され続けるだけの魔法陣。それしかクヌートは分かっていないのが本音だった。


 同じような魔法陣が他にもないか自分で調べたり、知り合いの学者に聞いたりもしてみたが皆首を横に振るだけで、かといってヴィルフリートが言うようにギミックが発動するわけではない。


 何のために現れたのか、誰が設置したのかも不明で、こうして足を運んでも、今回も魔法陣がまだあるかどうかを確めるくらいだろうと考えていた。


「この通りです」


 先にクヌートが魔法陣に手を伸ばす。言う通り指が触れても何も起こることなく、指は魔法陣を突きぬけ、けれど呪は指を通り抜けて回転し続ける。

 納得し、ヴィルフリートも魔法陣に近づき、そっと手を伸ばす。


――ウィィィィィィン――


「え?」


 ヴィルフリートの指が魔法陣に触れるか触れないかというところで、弱々しい強さの光だった魔法陣が、急に強く輝き始める。


 しかし、先にクヌートが触れて何も起こらなかったという思い込みがあった為、反応が遅れてしまった。ヴィルフリートの手が完全に魔法陣を突き抜ける。


「ヴィルフリートさん!?離れて!」

 

 マルコが叫び、一瞬遅れて我を取り戻したヴィルフリートが手を引こうとしたが、魔法陣を突き抜けた腕はビクリとも動かなかった。



――キュィィン!キュルキュルキュル!!――



 魔法陣に描かれ回転していた呪が、速度を上げて回り始め、魔法陣の裏の岩壁に丸く黒い空間が広がった。

 黒い渦巻きが消えていった後には、丸くぽっかりとした洞窟。

 それは紛れもなく――


「ダンジョンだとッ!?」


 それまで決して通れない岩壁に、ダンジョンの通路が広がる。そして繋がったダンジョンの通路には、明らかにヴィルフリートたちが見えていると思われる魔物たちが、その凶悪な目にこちらを捕らえていた。


(どうなっている!?腕が抜けねぇ!)


 利き手の右手が魔法陣に固定されているため、背中に背負っている槍を掴むことが出来ない。


「みんな逃げろ!お前らじゃ勝てねぇ!」


 背後にいるマルコたちに武器を構えるように叫ぶ。マルコたちが敵っても、到底勝てる相手には思えられなかった。


 馬頭に2つの角が生え、オーガよりもさらに一回り大きな体躯に斧を構えたロウガに、杖を持ちボロをまといつつ顔の部分は黒い霧のベストロ。どれもLVが100越えの魔物だが、さらに目が赤く発光していた。


(まさか汚染されてるのか!?シエルがいないって時に!くそがっ!)


 モンスターが通常の状態で、ヴィルフリートも自由に動ければどうにか戦えるだろうが、腕は全く動かない。ズンズンと足音を立て、馬頭のロウガを先頭にモンスターたちがヴィルフリートたちの方へ向ってくる。


「でもヴィルフリートさんが!」


「俺のことはいいから早くいけ!全員死ぬ気か!?生きてこの魔法陣のことを伝えるんだ!」


 真っ先にやられるとするなら動けないヴィルフリートだろう。それでも全員が死んでは、この魔法陣がどこかのダンジョンと繋がっていることを知らせることが出来なくなる。

 斧を振り上げたロウガがすぐ目の前まで迫っていた。


(いまからシエルに助けを呼んでも間に合わねぇ!!)


 マップでヴィルフリートの位置は分かるだろうが、ピピ・コリンからこの岬までエアーボードを限界まで飛ばしても5時間以上はかかるだろう。


「くっ!」


 ここまでか!

 ずっとソロの冒険者を続けてきて、それなりに強くなり経験も積んできたつもりだが、死ぬことがあるとすればこういう不測の事態に遭遇したときなのかもしれない。

 案外理由はあっけないものだと内心嘲笑する。

 突進するような速度で、迫ってきたロウガが構えた斧を振り下ろす。


「ヴィルフリートさん!!」


 まだ小部屋の入り口でヴィルフリートを置き去りにして本当にいいものか迷い、立ち止まっていたレイニがヴィルフリートに向けて斧を振り下ろそうとしているロウガに悲鳴を上げる。

 ヴィルフリートはぐっと唇を噛みしめ、斧が自分を切り裂く瞬間を身構えた。

 だが、


「……、………え?消えた?」


 斧が振り下ろされた瞬間、ロウガの姿が目前で魔法陣に吸い込まれるようにして消えてしまった。それは後続から迫っていたベストロも同じで、自ら魔法陣に飛び込むようにして姿が消えてしまう。


 実はダンジョンと繋がっていたのは景色だけだったのか?と考えを改めようとしたところで


「魔法陣が……」


――キュゥゥ、ウィィィン――


 ダンジョンへの道が通じた時とは反対に、通路が黒い渦によって塗りつぶされ消えると、強い光を放ち回転していた魔法陣も、この小部屋に入ったときと同じように光が静まり、呪の回転速度も遅くなった。


 あまりにも一瞬の出来事で、ヴィルフリートを初め、小部屋の入り口で事の成り行きを見守っていたマルコたちも何が起こったのか混乱している。

 そして、どんなに力を篭めても魔法陣から抜けなかったヴィルフリートの腕が、スルリと抜けた。


 魔物が消え、ダンジョンへ繋がった通路も閉じたことでレイニが慌てて傍に駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか?」


「ああ、……だが、どうなってるんだ……?」


 小部屋はダンジョンに繋がる前と同じで、先ほどまでのまばゆい程の光は完全に収まってしまい、奥の岩壁前に仄かな光を発した魔法陣が浮かぶだけだ。


 魔法陣に囚われた腕を触ってみても、特に麻痺といった状態異常はない。


「さ、さぁ……?自分たちは触れても何ともなかったのに、ヴィルフリートさんだけどうして……?」


「レイニも魔法陣に触れたことがあるのか?」


「ありますが、ヴィルフリートさんのようにダンジョンに繋がるなんてことはなかったし、何も反応はありませんでした……」


「そう、か……」


 だとすれば、ヴィルフリートだけに魔法陣が反応する何かがあることになるのだが、検討もつかない。


(シエルに少し聞いてみるか。詳細はコリンに戻ってからだが、興味持つかもしれねぇし)


 クヌートの話を信じるなら、少なくともこのダンジョンに繋がっている魔法陣が出現したのは、シエルが指定した半年以内である可能性が高い。


 街にいるシエルと距離は離れているがPTチャットで繋がっており、会話をすることが出来る。前の鉱山隣のダンジョンでもシエルは魔法陣を使いこなしていたし、魔法陣についても、なにか知っているかもしれない。


 そこでPTチャットウィンドウを開こうとして、すぐにいつも見ているものとは違う色に目が行く。PTメンバー欄には常に自分の名前とPTを組んでいるシエルの名前が上下に連なっている。


 そのシエルの名前が赤くなり、名前の後ろに交差する剣のマークがついていた。対してヴィルフリートの名前は白いままであり、剣のマークはついていない。


 そしてPTチャットにどうしたのかと書き込もうとして、先に会話音が鳴った。



――ピコンッ――



『ヴィルッ!!』


『お、どうした?ちょうど俺もお前に聞きたいことがあって』


『どうしたじゃないよ!何したの!?』


『何したのって言われても、何かあったのか?』


 文章ではあるがシエルはかなり慌てている様子なのが伝わってくる。


『【黒の断片】がいきなり反応して空の上に魔法陣が出たと思ったら、モンスターが降ってきたよ!?直前ヴィルの名前赤くなってたし、モンスターとエンカウントしてたんだよね!?』


『魔法陣って、まさか大小3つくらいの魔法陣か!?歯車みたいに重なったヤツ!!』


『そうだよ!やっぱりヴィルが絡んでたんだね!もうっ!!モンスターみんな汚染されてるし後でちゃんと説明してよ!』


 全て文字だけの会話なのに、PTチャット向こうのシエルが目くじらを立ててヴィルフリートに怒鳴っている姿が思い浮かぶ。


「何がどうなってるんだ?」


 自問自答しても、当然答えは出てこない。


 汚染されたモンスターとシエルが言うからには、恐らくついさっき繋がったダンジョンでヴィルフリートたちを襲うとしていたのと同じ魔物だろう。

 しかし、ついさっき自分がモンスターに襲われかけたばかりなのに、シエルがいる街の方に岩壁の魔法陣と同じ魔法陣が現れ、モンスターが空から降ってきたと言われても、何がなんだかさっぱり状況をつかめない。


「ヴィルフリートさん、急に固まって何かありましたか……?」


 恐る恐る尋ねてくるクヌートに


「どうやったかは聞かないでくれ………。さっきの魔法陣の向こうにいた魔物なんだが、消えたわけじゃなくピピ・コリンの街の方に現れたらしい……。街へ急いで戻ろう」


 小部屋に少しの間、奇妙な沈黙が流れた。



 

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