第34話 ツヴァング・リッツ
さてどうしたものかと思う。
流れに任せてツヴァングの店にまで来たもの、さっきまでツヴァング本人に会うかどうかを迷って、肝心の【黒の断片】をどう話そうか何も考えていなかった。
(結構危ない橋だけど、かけてみても悪くないかもしれない)
下手に隠せばツヴァングは自分を怪しむだろう。
この様子では知り合いからの紹介状があっても、信用は全くしてくれなさそうだ。
だから名前を名乗るときも、ファーストネームだけでなくフルネームで答えた。
「鑑定してもらいたいのはコレ、【黒の断片】」
机の上に重要アイテムボックスの中から取り出した【黒の断片】を置く。
すると、ツヴァングも向かいの席に腰を下ろし、石板の欠片をじっと見降ろした。
「始めて見るが、鑑定を頼むってことは未鑑定品ってことだろ?どこのダンジョンでこれを?」
「ハムストレムに新しいダンジョンが出現したんだけれど、そのダンジョンは汚染されていた。その汚染源を浄化したのがコレ、【黒の断片】。もう浄化してあるから触れても大丈夫だよ」
「待て、今さらっと言ったが、既にいくつか理解できない単語が入ってたぞ?」
簡単に説明できればと思ったのだけれど、ツヴァングに待ったをかけられる。
テーブルに肘をつき、その手の上に顎をリラックスした姿勢だ。しかしその瞳はじっと隙なくこちらを見ている。
「何が分からなかった?」
「まずは、汚染されたダンジョンってなんだ?初めて聞いた」
「原因はまだ突き止められていないんだけれど、まずダンジョンが汚染されるとモンスターが狂暴化してしまう。通常LV100くらいのモンスターが、汚染されると130にまで強化される。倒すと稀に汚染アイテムをドロップするけど、汚染の影響で呪いがかかってる」
「なるほど、意味分かんねぇ」
さっぱりだと顔を横に振るツヴァングに、ハムストレムのダンジョンであった出来事を時系列に沿って説明していく。
地下四階までは普通の低レベル魔物しか出ないダンジョンだったのに、5階から様相が一変し、LV100以上のモンスターに溢れていたこと。そのモンスターも通常のものとは異なり、動きや攻撃が凶悪化していたこと。
また凶悪化した汚染魔物を倒すと稀に汚染アイテムがドロップするが、汚染アイテムは呪いや毒といったデバフ効果が付属され、浄化が必要であること。
最後にボス部屋にいた汚染ボス:ルシファーを倒し、ドロップアイテムを浄化するとこの【黒の断片】が現れ、ルシファーがルシフェルになったこと。
それらを簡略化して説明した。
説明している途中からツヴァングは机の上に肘をつき、組んだ手の上に額を乗っけて完全にダンマリだ。
「ダンジョンボスを調教(テイム) したって?ダンジョンボスって調教できたか?」
「できたっぽい」
これが証拠と、ルシフェルを召喚する。
【召喚:明星のルシフェル】
心の中で唱えると、背後に13枚の翼を顕わにして、ルシフェルが召喚される。漆黒の翼は羽一枚一枚が黒光りするような仄かな輝きを放ち、ふわりと宙に浮く。
真っ赤な長い髪がふわふわ揺れて、すみれ色の瞳は憂いを帯びたように薄く細められる。
この世界には人族以外にもエルフ、オーガ、ドワーフ、獣人、と様々な種族があるが、13枚もの翼を背に持つ有翼種は存在しない。
存在するとすれば、それは魔物か天使だ。
「もう疑いようもなく分かったから、消そうな?どこで誰に見られてるかわからないから。俺の店を冒険者たちが取り囲んだらどうしてくれんの?」
「ルシフェルいいよ。ありがとう」
礼を言うとルシフェルは優雅に一礼し、すぅと姿が消えていく。
「あー……お前、ほんとに<レヴィ・スーン>なんだな………」
「信じてくれるんだ?」
「ヴィルフリートの野郎が偽物見抜けねぇってことはまずないだろうし、その他人事感はんぱねぇところとかさ。逆に信憑性があるぜ。<レヴィ・スーン>にとっちゃ下々が自分のことをどう思っていようが、気にもとめねぇってことかね。神様の代行する才能あるよ、お前」
「神さまの才能?」
「関係ないんだろ?自分のやりたいこと以外。例えこの世界が消え去っても」
「……ないね」
全く考えもしなかったことを言われて、戸惑ったのは、ほんの僅かの時間だった。
(この世界は、どんなにリアルであっても全て偽物だわ。その中にゲーム内に囚われたプレイヤーが紛れているだけで、大多数は現実に存在しないNPC。私が何もしなくたって、サーバーが落ちれば遠くない日にこの世界は消えるんだもの)
そして制限時間はあれど、絶対にプレイヤーを全員助けて、現実に戻さなければならいと考えているわけでもなかった。
出来れば捕囚プレイヤーを助けたいとは思っている。目の前にいる、ツヴァングのこともそうだ。
しかし、
(自分はプレイヤーをゲームに取り込んだ犯人じゃないから義務感もないし、優先すべきはこの広いアデルクライシスの世界から、兄さんを探すことで精一杯になのかな)
たとえ制限時間が来て、自分を含めたプレイヤー全員が現実で意識を覚まさず死んだとしても、自分の所為ではないと責任転嫁できる。それが無意識に思考と行動にでてしまっていたのだろう。
ヴィルフリートの言うとおり自分が<レヴィ・スーン>であろうとなかろうと、それすらも関係ない。
気付いていなかった自分を、会ったばかりのツヴァングに見透かされた気分になり、バツが悪くなった。
けれど、ツヴァングに嫌われただろうなと思っているのとは反対に、ツヴァングはにんまり笑み、
「レヴィ・スーンってどういうヤツか全然想像つかなかったけど、その考え方は好きだぜ。自分は自分、他人は他人。寧ろ世界を救いますとか、人々全員守りますとか偽善過ぎて反吐が出るね」
『自分は自分、他人は他人』ゲーム時代にも聞いたセリフに、苦笑いする。興味のないコンテンツを誰かに誘われたときも、ツヴァングは相手が誰であっても平然と同じことを言って断っていた。
「鑑定、引き受けてもらえる?」
「レヴィ・スーンに頼まれて断ったら、永遠にいい笑いものにされそうだな。それはそれで構わないが、そんな珍しいもん見せられて鑑定しなかったら、鑑定士の名が泣くだろうよ。いいぜ。引き受けてやる」
「ありがとう」
「触っても?」
「勿論」
一言断って、ツヴァングは【黒の断片】を持ち上げ、裏返したり横から見たりと確める。
「【鑑定(ジャッジ)】」
ツヴァングが唱えると、モノクルの丸いガラスが半透明のグレーに変色し、蛍光色の蒼い文字流れていく。これが今の世界での鑑定らしい。プログラムが自動的に流れているようにも見えるそれは、止まるまでに数分かかっただろうか。
鑑定が終わっても、ツヴァングの表情は鑑定を始める前と何も変らない。
しばらくして、重々しく口を開いた。
「こいつは鍵だ。それも鍵を使うための使用者も制限されている。お前しかこの鍵は使えねぇ、恐らくな。二重鍵だな。悪いがこれくらいしか俺の鑑定では分からなかった」
「鍵……ロックを解除するパスワードか………。でも、何を開く鍵なんだか。じゃあこれは?それを机の上に置いて」
言われた通り、ツヴァングは【黒の断片】を机に戻し、その断片の上に手をかざす。
【開錠(アンロック)】
次に自分が唱えると、ヴィルフリートに見せたときと同じように蒼く光る歯車が3つ、断片の上に浮き上がった。
カチ、カチ、と規則的に回る歯車。
「俺の勝手な考えだが、他の断片もこれと同じ仕組みで、集めた分だけ歯車がかみ合うようになるんじゃねぇか?この2つの歯車はかみ合っているのに、一個だけかみ合っていない。かみ合わせるための別の歯車があるんだ」
勝手な考えと前置きしたが、ツヴァングは確信めいたように断言する。けれど、この【黒の断片】を手に入れたときのことを思い返してみれば、シエルしか手に入れられないアイテムだ。
汚染されていたルシファーのLvは300。ヴィルフリート並みのSランク冒険者が多勢で戦わなければ、倒すことは出来ないだろうし、かろうじて倒せたとしてもドロップアイテムを浄化できなければ【黒の断片】を手に入れることはできない。
シエルの右中指にはめられている【聖光の指輪】を使って。
「俺が鑑定して分かったことはそれだけだ」
「ありがとう。十分だよ。鑑定の報酬は何を支払えばいいかな?」
【黒の断片】を返してもらい、重要アイテムボックスの中に戻す。
ヴィルフリート曰く、鑑定報酬は依頼人物によって都度変わるというめんどくささらしい。けれど、【黒の断片】が鍵としての役割を持つと分かっただけでも、十分な収穫だ。
「神の代行者から報酬なんてもらえねぇなんてカッコイイ台詞言ってみたいところだが、そうだな……、とりあえず一晩抱かせて?」
「ヴィルがいいって言ったらいいよ」
「勘弁!ぜってぇ殺されるわ俺!アイツ冗談が全然通じねぇんだぜ!?」
ツヴァングが初めてヴィルフリートにアイテム鑑定を依頼されたときのやりとりをツヴァングは思い出し、顔が一気にしかめっ面になった。
酒が入って上機嫌だったこともあり、冗談で「女もののドレス着てお願いして?」といい終わる前に、問答無用で持っていた槍でツヴァングを貫こうとしたのだ。
頬を薄皮一枚切ったし、それもギリギリで避けて薄皮一枚なのだ。もし反応が遅れて避けれなかったら、間違いなくツヴァングは死んでいた。
すでに紹介状で『ぶっ殺す』宣言されているのに、これでヴィルフリートに知られたら本気で命を狙われる。
「だったら無難にお金にしておく?それとも武器がいい?S10銃あるよ。ツヴァングなら扱えるんじゃない?あとは、帽子好きだったよね?一緒に帽子買いに行く?」
ヴィルフリートが即背中のグングニルで、ツヴァングを突き刺す光景を思い浮かべつつ、シエルはアイテムボックスにいれっぱなしのS10銃を取り出し具現化する。
机の上に置くとゴトリと重圧な金属音を立てた。置かれた長銃は、銃身が長く太いのが特長で、細い管が組み込まれ両サイドに金の長いプレートがはめ込まれている。
【ジャッジメント・ルイ】
各属性を付属させたオリハルコンの弾丸に自身の魔力を篭めて打つ。弾丸の発射威力も持ち手の魔力に左右されるから、レベル制限と共に最低MPが設定されている。必要ラインを超えていなければ、打つこともできずガラクタでしかない。
「……あのさ、S10武器は正直嬉しいんだが、……まず第一にもしこれを俺が報酬でうけ取るとするだろ?」
若干引き気味にツヴァングは目頭を押さえつつ、銃を指差す。
「うん、気にしないで受け取って?」
全く見ず知らずの相手というならば、自分もS10武器を渡そうなんて思わなかっただろうけれど、相手はゲーム時代からの知り合いだ。(たとえツヴァングは忘れているとしても)
多少性格にクセがあったとしても、悪いことには使わないはずだと信じている。それに銃は、数多ある武器の種類の中で、相性とセンスが関わってくる。自分自身、ジャッジメント・ルイを完璧に使いこなせる自信はない。
(使えないことはないんだけど、銃ってほんと感覚って言ったらいいか、性格的な相性とかセンスが出るんだよね)
だったらメインが銃装士のツヴァングの方が使いこなせるだろうと、報酬として差し出したものだったのだが、ツヴァングの方は全く受け取る様子が全く見られず、じっと銃を見下ろしている。
そしてややあった銃を指さし、
「例えば、強盗か何かに襲われて使うとするじゃん?」
「使わないとゴミだね」
「誰かに見られたらその銃どうした?って騒ぎになると思うわけなんだよ」
「それは仕方ないよ。相手を殺しちゃっても正当防衛ですで言い逃れようか」
「そっちじゃなくて。銃の出どころ問い詰められたら、お前のこと言わないといけなくなるかもしれないんだぜ?」
「しらばっくれる」
強い武器なら出所を探られるのは、ゲームでも現実でも同じだ。より強い武器を人は求めるのだから。
この世界ではS10武器はほとんどないということだから、有事が起こったときはこの銃で対処できるだろう。
「なるほどな……じゃあ別の質問をしよう。なんでお前、俺が銃装士って知ってるんだ?それなりに鑑定士として名前は通ってるつもりだが、人前で銃扱ったことなんて、ほとんどねぇし、飲んだくれの俺ならこれ扱えるって、どこからそんな確信がでた?」
「…………、………」
「最初、道端で会った時から思ってたが、俺のこと前々から知ってただろ?名前を聞いたとかじゃなく俺自身を。正直に話したらこいつを受け取ってやる」
「………分かった。やっぱり帽子にしよう」
やぶへびだである。
まさか中身は貴方の知り合いで、と言うわけにもいかない。
なので、武器を報酬にすることは諦め、銃を装備欄の中に戻す。安否が知れなかったツヴァングと、思わぬ偶然で合うことができて、少し気持ちが緩んでいたのかもしれないと自分を戒めることにする。
「ってことは、やっぱり俺のこと知ってやがるんだな」
「そこは、あんまり話したくないところだから、聞かないでもらえると嬉しいな」
乾いた笑いでどうにかこの話題をそらせないか誤魔化すけれど、もうツヴァングから完全に疑われてしまっているようだ。
「けっ、よく言うぜ。報酬の件はまた今度にしておく。あんなレアアイテムを見せてもらったことだしな、報酬は思いついたら言うわ」
「じゃあ、それで。しばらくピピ・コリンに滞在してる予定だから、思いついたら連絡して。泊まってる宿はクレイル」
「わかった。いい宿泊まってんな」
ならばと、『ジャッジメント・ルイ』をアイテムボックスの中に戻す。
それから、ある程度話を合わせてから、ツヴァングの店を出た。レヴィ・スーンであることを話してしまったけれど、ツヴァングはきっと誰にも話さないだろうという確信があった。
(レヴィ・スーンの情報をほとんど誰も持っていないなら、もしツヴァングが直接話したって誰かにしゃべったら、ツヴァング自身が情報を持ってるって狙われることになるんだもんね。それにしてもS10武器を餌にして収穫いっぱいあったわ!)
【黒の断片】の鑑定結果だけではない。
恐らくツファングもいきなり自分が現れて、少なからず内心動揺していたのだろう。
だから小さなボロを出した。
『なんでお前、俺が銃装士って知ってるんだ?』
銃装士であることは認めても、『ジャッジメント・ルイ』を使用できるかは明言していない。
S10武器にはレベル制限がある。ただ銃が扱えるだけでは、S10武器は起動しないのだ。
明確に銃を使用できるとは断言していない。しかし、出来ないとも言わなかった。
まだ確定はしていない曖昧な段階だけれど、ここへ来るまでの重い足取りが嘘のような軽さだった。
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