第32話 別行動2ーシエル
ヴィルフリートに着ていく服は考えろと、忠告されたこともあり、シエルは新しい装備を新調した。
装備ランクを見抜かれるかもしれないと分かっていて、わざわざS10装備で固めていく必要はない。ダンジョン攻略の時のように戦いに行くわけではないのだから。
決して外さないのは、魅了のステータスを強制的に下げるブレスレットだ。
ゴールドのプレートがついたチェーンタイプのものだ?
(防具屋にあったブレスレットに、私が後付けで耐久ギリギリまで、魅力減退加工施したのよね。まさか自分用に呪い装飾作る日がくるなんて)
ハムストレムのカインの件があったので、不用意に姿を見られても問題ないように、ステータス減退装飾具をつけるようになった。
ステータスを減退させる装飾具なので、一般的には『呪い』の部類に入る装飾具だが、自分の場合は高すぎて被害が及ぶ可能性が高いステータスを下げるためのブレスレットである。
これのお陰で、男になったとしても姿を見せたら魅力デバフにかかる者が出ると引かなかったヴィルフリートを納得させ、先日水着を来て海に遊びに行けたのだ。
どこかの貴族子弟が、普段着として着用しそうな普段着だ。襟までホックがある詰襟タイプの高校制服に、似ている。
それに顔を隠すための、一般的なフード付きマントを合わせた。
鑑定士に正体を隠すためでもあるけれど、こうしてどこかの街に滞在するときの普段着にするという目的もある。最低でもAランク以上のもので、かつネイビー系の色で全身統一した。
ヴィルフリートから紹介状をもらったのは二日前になる。それからずっと『ツヴァング・リッツ』と会うべきか悩んで、ようやく会いに行く覚悟ができて、重い腰を上げたというのがシエルの本音だった。
ツヴァングは鑑定士としての店は出しておらず、繁華街の裏路地で小さな飲み屋を経営しているのだという。
鑑定で儲けた金でバーを開き、店長とは名ばかりの雇い店員に店のことは全て任せ、自分は好きに酒を飲む。
その合間に気が向いたら店の奥で鑑定をする。
収入のメインはバーで、鑑定は副業的なものということらしい。
といっても、金で解決するならツヴァングに鑑定依頼をしたいという者は大勢いるので、仮に飲み屋の利益が赤字でも生活に困ることはなく店も潰れない。
店が潰れては、好きに酒を飲めなくなるからだ。
本人曰く『自分の好きに酒を飲み好きなことだけするのが一番』と言って憚らない。
(ツヴァングらしいなぁ。やっぱり会わないで、別の鑑定士を当たった方がいいのかな……。会うのが怖いや……)
自分の知っているツヴァングも、数多の実装されたコンテンツの中から、好きなコンテンツしかせず、興味がない職業や採取、生産コンテンツには一切手を出さなかった。
思い出すと、自然と口元が懐かしさで緩む。
アデルクライシスはキャラ名の重複登録は出来ない仕様だったので、『ツヴァング・リッツ』はこの世界では1人しかいない。
ヴィルフリートが話した『ツヴァング・リッツ』の容姿も、自分の知っているツヴァングととても似ている。
長身の体に、黒のシルクハットとモノクル(片眼鏡)がトレードマークの人種。首までしっかりホックで留めて、シルバーのボタンが沢山ついている、軍人のような服を好んで着ていた。
社会人らしく、ゲームをしながらよくリアルで酒を飲んでは、上機嫌に喋っていた陽気な銃装士を思い出す。
そして鑑定士はNPC限定の職業と思っていたが、今の世界ではプレイヤーがNPC限定の職業になれるというのは新しい情報である。
となれば他にも、NPC限定の職業についてるプレイヤーがいると考えていいだろう。
(でも、自分はNPC限定の職業のスキルは覚えていない。このシエルはやっぱり事件が起こる前に作られたキャラということ?それに、件が起こった後のゲーム内で、プレイヤーの仕様が少しづつ変わってしまったということなの?)
ゲーム時代とは状況が違うことは理解しているが、誰も干渉できなかった半年の間に、ゲームの中がどう変化したのか、帰還者の証言だけで詳細な情報は少ない。
もしかしたら同じギルドメンバーが被害に合っているかもしれない、という疑念は少なからずあった。
連絡手段がなく安否確認できないでいたが、実際に知っている人物の名前を聞いたとき、胸の奥が懐かしさと嬉しさとそして悲しみで締め付けられた。
自分の兄が開発に携わっているゲームで、親しい知り合いが被害に合ってしまった。
(ツファングは隔日にプレイヤーだわ。もしツヴァングを本当に助けるとするなら、殺さなければならなくなる。この世界で死ねば現実で意識を取り戻す。けれど……)
頭を過ぎるのは、現実世界で意識を取り戻したものの、アデルクライシスの世界に戻りたいと自殺したプレイヤーのニュースだ。
現実の辛い生活よりも、ファンタジーでより良い生活が出来ていたゲーム世界を望んだ結果が自殺だった。
ゲーム世界でツヴァングをキルし、意識を現実世界に戻しても、結局死んでしまっては意味がない。
(本当にそれをツヴァングは望んでいるのかな?少なくとも現実を忘れても、この世界で彼は楽しく生きているというのなら、今すぐ殺さなければならない必要はないんじゃ………)
考えれば考えるほど、また迷いが増して、それに比例するように歩くスピードも遅くなっていく。
そこに、
「もう二度と顔見せないで頂戴!!!」
――バンッ!!!――
歩きながら考え込んでいる途中で、すぐ傍の家から若い女性の大声と共に、服装の乱れた男が路地に放り出される。
あまりの不意打ちだったので、思考がぴたと止まって、音のした方向を振り返った。
(え?なに?こんな昼間から痴話げんかフラグ?)
時間はまだ3時前だ。こんな陽も沈んでいない時間から男女の痴話喧嘩かと、通りを歩いていた者たちの視線が男に注がれる。男のものと思われるコートも男へ投げつけたら、問答無用で扉は閉じられた。
そして最後に、男が放り出された家の二階の窓から投げ捨てられたのは、使いこまれた黒のシルクハット。
「イテテテ、はぁ~、ちょっと他の女と飲んだくらいで嫉妬とか嫌になるねぇ~」
男のグチは、反省の欠片も見えない。これは完全にダメ男だ。そんな男にだまされる女も悪い。どん引き甚だしい。
しかしそんな男の声は聞き覚えのあるもので。
だらしのない声で振り返った男と一番近くにいた所為で、自然と目が合った瞬間、つい思ったことが声に出てしまっていた。
「ツヴァング、さいってー」
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