第29話 世界管理

 ノリはゲームで衝動的にキャラの性別を変えたくなった時に似ている。

どんなに気に入っている外見(キャラメイク)であっても、ほんの一時だけ変えたくなる時が誰でもあるだろう。


 どこまでも広がる青い海、青い空、白い砂浜。地平線の向こうには真っ白な入道雲に輝く太陽。

 現実世界では、いつかは旅行で行って見みたいと思っていたけれど、ついぞ行けていない南国リゾートをこうして捕囚ゲームとなったアデルクライシスで体験できる日が来るとは思わなかった。


 日本のあのジメッとしたキモチワルイ暑さとは違う、カラッとした気持ちのよい暑さと、心地の良い風。


「天国はここにあった」


 浜辺そばの傘ヤシ下で椅子に座り、ココナッツジュースを飲みながらつい呟いてしまう。


(ヴィルの言うとおり男になったって言っても、しばらく信じてくれなかったなー。性別変更システムはもう一般的じゃないのかもね)


 たしかにリアル昨日までオーガの筋肉マッチョ♂が、一晩で爆乳美女になっていたら、劇的ビフォアアフター過ぎる。ゲームだからこそ外見をいつでも好きに変更できたシステムだった。


 座っている椅子も組み木の上に直接座るのではなく、カウチタイプのクッションソファなのでずっと座っていても尻が痛くなることもない。


 浜の上の出店で買った数種のフルーツ盛り合わせも美味過ぎるので、今日は1日休みにしてバカンスを満喫しよう。


 そう思っていたところに、数人の男を後ろに従えた金髪の男がやってくる。一個前を追い払ってから五分も経っていないんじゃないだろうか。


「失礼、自分はアルス国ダクラス公爵子息アルベールと申します。少し前からこちらに滞在しているのですが、もしよかったらおすすめの場所をご案内いたしましょうか、美しいレディ」


(また?せっかくのバカンス台無し)


「ごめん自分男だから、そういうの間に合ってる」


「え?」


 もう何度目かも分からない。

 1つをあしらっても、しばらくしてまた違う男たちがやってきて、またあしらって、をひたすら繰り返している。要はナンパだ。


 自分の外見に騙された男たちが、女がぼっちでビーチ傍で寛いでいると思って声をかけてくる。リゾート地にやってきて多少開放的になる気持ちは分かるが、さすがに何度もナンパされる側としては、鬱陶しいことこの上ない。


 カーディガンの前ボタンは留めていない。体を起こせば、まっ平なバストが男たちにも見えることだろう。その胸に男たちの視線が集まり信じられないという表情になるのも、見慣れた光景になっている。


「失礼、あまりにもお美しいので女性と間違えてしまいました。どうぞお許しください」


(お、しつこく食い下がってきた)


 優雅な一礼でその場を取り繕い、これまでナンパしてきた男たちと、格の違いを見せてきたのは、さすがは自ら公爵子息とスペックアピールしてきただけのことはあるだろう。

 だからと、こんなところで女漁りしているお坊ちゃんに、此方は全く興味はない。


「では改めて、ここから少し先におススメの店があります。ピピ・コリンでも最高レベルの料理人が作る料理は、味はもちろん美術品のような料理の数々。是非その料理を食べながら、お話ししませんか?」


「もう一回言うけど、間に合ってるから結構」


 そっぽを向いてココナッツジュースを一口飲む。

 国の情報を知っている公爵本人ならいざしらず、こんなピピ・コリンの浜辺でとりまきを引き連れて女をナンパしているような道楽息子が、たいした情報を持っているようにはとても思えない。


(どうせ自分が男と分かってがっかりしたけど、自分の引き立て役、それか女を引っ掛けるエサになるって算段に切り替えただけでしょ。あほらしい)


 相手をするだけ疲れるというのに、あちらは素っ気無い態度で相手にもされなかったことが、公爵子息のプライドに障ったらしい。

 ちょっと断られただけで耳を真っ赤にして頬がひくっと引き攣るあたり、散々甘やかされて育ったおぼっちゃまであると証明している。


「失礼だが、僕を公爵子息と知ってその態度はいかがなものか?」


 ナンパを断られて逆ギレらしい。

 さて、どうやって追い払おうかと思案していると、そこへ、


「こんなところにいたのか。コイツらは?」


「知らない」


 浜辺に似合わない、背中に槍を背負い、いつもの黒のコートを着込んだヴィルフリートが割り込んできて、忌々しそうに睨んでから男たちはどこかへ去っていく。

 取り巻きたちはこれからご主人の機嫌取りで大変だろう。


「ナンパ。どっかの国の公爵子息だって。しつこかったからちょうど良かった」


 他国の貴族たちがこの保養地に遊びに来るのは構わないが、他国内で自国の地位が通じると思っている時点でお察しだ。

 むしろ他国だからこそ言動には細心の注意を払うべきだと思うのは、現実世界の皇族王族の皆々様の印象が強い所為かもしれない。


 中世の色が強いファンタジー世界のアデルクライシスで、貴族が平民に横柄な態度に出るのは当たり前なのかもしれないが、地位を盾にあんな態度に出られては、気分が悪いのは変わりない。


 「それで冒険者ギルドどうだった?ダンジョンの許可申請は下りた?」


 パッと顔を上げて、さっそくとばかりに結果を聞く。


(イヤなことはさっさと忘れて、他のこと考えなきゃね!)


 ピピ・コリンのダンジョンは既に冒険者ギルドの調査が済んでおり、解放されているという。ならばとシエルを同行者としてダンジョン攻略許可を、ヴィルフリートは冒険者ギルドに出しに行った。


 ダンジョン攻略には冒険者のランク制限がある。強い魔物が出るダンジョンへは、低ランク冒険者の攻略許可は下りない。

 だが、こちらにはSランク冒険者のヴィルフリートがいるので問題なく許可が下りると思っていたのに、当のヴィルフリートの顔色は晴れない。


 それどころか渋い顔で首を横に振ったのである。


(まさか……Sランクでも許可が降りないダンジョンができちゃったとか?それはとっても困るんですけどぉ~)


 ゲーム時代なら冒険者ギルドでランクをSまで上げておけば、攻略許可が降りないダンジョンはなかったのに。


「ダメだったの?」


「ダメってわけじゃない。が、中に入るのに時間が少しかかりそうだ」


「どういう意味?」


「希望者が多すぎるんだ。新規のダンジョンで、かつ中級ランクの冒険者でも許可が下りている。順番待ちだ」


「なるほど………そういうことね………」


 ゲームであればダンジョンはPTごとに設定され、他のPTと鉢合わせになることもなく攻略人数制限も無かった。


 しかしリアルなダンジョンとなれば、PTごとにダンジョンが用意できるわけもなく、一度に人が殺到しないようにある程度人数制限がかけられるのだろう。リアル化するとこういう阻害が出てくるのか。


「どれくらい待ちそう?」


「3週間だ」


「長いけど仕方ないか」


 3週間。ちょっと長い気もするけれど、待てば入れるのだから、無理をする必要はない。

 それにハムストレムの王都はかなり大きいけれどすぐにダンジョン調査へ向かったので、大した下調べをすることができなかった。


 (ピピ・コリンはリゾート地だから、王都とは都市構造がちょっと違うけど、今のうちに調べものとか色々しておこうっと)


 ただし、攻略申請を出したコリンのダンジョンで、意外に思っている点はあった。


「でも意外~。半年以内に出現したダンジョンなのに、ルシフェルの時みたいにダンジョンが汚染されてないなんて」


 てっきり半年以内に出現したダンジョンは、全てイレギュラーダンジョンとして、汚染されているものとばかり思っていたのだ。

 なのに、コリンのダンジョンは中ランク冒険者でも攻略許可が降りるくらいの難易度で、汚染モンスターが出現するという噂も聞かない。


 もっとも、汚染されたモンスターが出現するダンジョンなど、ランクを問わず攻略許可は降りないだろう。


「俺にダンジョン情報を聞き出すよう頼んだ時といい、随分半年前にこだわるんだな。半年前に何かあったのか?」


 不意に、真剣な眼差しのヴィルフリートに問われる。


(そういえば、ヴィルに『半年前』にこだわる理由を、兄さんがいなくなったとだけ話して、まだ詳しく教えていなかったっけ?)


 一瞬、それを話していいものか迷ったけれど、他のダンジョンも攻略するのであれば、半年前を境にしたダンジョンの違いは教えておいたほうがいいだろう。


「兄さんが消えたのが、ちょうど半年前ってのは話したよね。#兄さん__管理者__# は、いわばこの世界を作って、ずっとバランスをとってた。ダンジョンの出現もその管理の内。でもその兄さんが消えたのに、管理外で現れたのが、半年前以降のダンジョンってこと」


 啓一郎の失踪と影響だけを伝え、リアルのプレイヤーがこの#世界__ゲーム__#に意識を捕らわれたということは伏せておく。


「ダンジョンの出現を管理?」


「そう。天候とか、モンスターの出現とか、各国の勢力争いについてもね。この世界全般の管理者だった。びっくりした?」


「んなこと、シエル以外が言ったんなら信じねぇよ。確かに前に、兄貴はこの世界の神様だって言ってたが、ダンジョンの出現まで神様の手の中だったてことか………」


 深いため息をつき頭を垂れたヴィルフリートに、アイテムボックスの中からフルーツジュースを出して、そっと寄せる。

 そして話を続けた。


「半年を境に、この世界は神様の管理を外れてしまった。魔石はより一層取れなくなり、ダンジョン外のモンスターも汚染されて狂暴化始めるかもしれない。今は穏やかなこの海も明日には荒れ狂うかもしれない。今、この世界は誰も管理していなくて、どっちに転がるか誰も分からない状態なんだよ」


「シエルは代わりに管理できないのか?代行者だろ?兄貴の代わりにこの世界を」


「出来ない。多分出来るとすれば、兄さんだけ」


 リアルにいれば、意識不明者を救う方法を探すことができたかもしれないけれど、<シエル・レヴィンソン>としてログインしてしまえば、もう世界に取り込まれてしまったと考えたほうがいい。


(でもきっとこのゲーム内にこそ、意識不明者を解放するコアみたいなものがある気がする。何の根拠もないけれど。リアルでどんなにすごいエンジニアがサーバーにハッキングしようとしても、出来なかったんだもの)


 リアルからのアプローチで不可能ならば、ゲーム内に問題があると考える方が、解放の糸口を掴める気がする。


 「でも、今ここで何を話しても、情報が少なすぎる。だから当面はヴィルが教えてくれた、半年以内に出現したダンジョン攻略を優先させるつもり」


 もちろん常に情報収集を怠るつもりはないけれど、下手にあやふやな情報に振り回されるのではなく、ルシフェルのときのように汚染された可能性があるダンジョンを一つ一つ潰していく方が確実だ。


 それはヴィルフィートも賛成のようで、


「わかった。それでなんだが、俺は別口で討伐依頼を頼まれて、順番待ちの間にそっちを片付けに行こうと思う」


「個別ご指名依頼?」


「そうじゃない。Sランク制限がかけられてるから、低ランク冒険者には公表されてない依頼だ」


「Sランク冒険者指定の依頼ねぇ?」


ランク制限というのは、LV制限に似たシステムだったろうかと思案する。メインストーリーとは別の、さほど時間をかけず直ぐに達成できるサブクエストは、LV制限がかけられていた。


「一緒くるか?」


「来てほしい?」


「ざけんな。目を話したらすぐ騒ぎ起こすヤツが何言ってやがる」


「騒ぎなんておこさないもん。じゃあ自分は調べものしてようかな」


「調べもの?」


 そこで周囲に声を遮断する結界魔法を張り、初めてヴィルフリートの前に重要アイテムボックスから【黒の断片】を取り出す。

 手のひらの上に現れた割れた石版の欠片に、ヴィルフリートは目を見開く。


「【黒の断片】多分これがルシフェルがいたダンジョンを汚染させた原因だと思う」


 それに、と思う。シエルの外見的設定書である【黒の書】と同じ【黒】の字。

 恐らくこれも、啓一郎が関与したアイテムと見ていいだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る