第27話 次なる旅立ち
自分とヴィルフリートに#透過__ステルス__#の魔法をかけ、 2人でエアーボードに乗って次のダンジョンへ向かう。
透過をかけていれば、空を飛んでいても、基本的に誰かに見られる心配がない。
それにゲーム時代はエアーボードは1人一台。相乗りは不可だったのに、こうして2人相乗りが出来る便利さはどうだろう。
快適だ。荷馬車の後ろに乗ってのんびり進むのもたまにはいいけれど、エアーボードで空を飛んで向かう快適さと便利さ、そしてスピードを天秤にかければ、エアーボードが圧勝である。
(変わらず1人乗りだったとしても、UMAだけは勘弁だったけどね)
UMAに乗るくらいなら徒歩の方がマシだ。
何より頬を切る風が気持ちいい。進行方向に障害のない空を飛ぶのは相変わらず最高だ。
実際にエアーボードを操縦しているのはヴィルフリートである。体格差的に長身のヴィルフリートに、シエルがくっついて相乗りしている方が、操縦は安定する。
加えて、次の最寄りのダンジョン位置を把握しているのもヴィルフリートだ。最上位モデルなのに、乗り方を教えてすぐに乗りこなすセンスは流石だ。
「次はどこのダンジョン行くんだっけ?」
「ピピ・コリンの先だ」
「やった!リゾート地!イイネ!!」
「リゾート?」
「観光地ってことだよ。あったかくて海がきれいで保養地。シーフード食べたい!」
ピピ・コリンはまさに現実にある南国の島そのものである。
周りを海に囲まれた島国で、一年を通して温暖な気候と海洋資源に恵まれ、島のいたるところにビーチがある。島の周りには小島も点在して、格好の釣りスポットでもあった。
「遊びに行くんじゃないぞ?コリンは通り道なだけであって」
「でも、次に行くダンジョンは、そのピピ・コリンの冒険者ギルドに申請しないと入れないでしょ?だったらダンジョン潜る準備も兼ねて、ちょっと浜辺で情報収集しようよ!」
「まさかとは思うが、大勢いるみんなの前で泳ぐつもりじゃないだろうな?」
ギロリとヴィルフリートに睨まれても、リゾートでおよぐことの何が悪いのか分からない。
「当然。あんなところでフード被ったヤツが声かけたら絶対不審人物じゃない?」
「お前!自分の体分かってんのか!?」
「アンジェロスですが、何か問題でも?」
「問題ありまくりだ!せめて男か女かどっちかになってればいいが、どっちでもないヤツが海で泳いでいたらみんな驚くだろうが!いや、女だったら余計ダメだ!」
何を言っているんだと一喝するヴィルフリートに、シエルは尚も不満げに口を尖らせる。
せっかく保養地に行けるのだから、ちょっとくらい羽を伸ばすくらいいいだろうと訴えても、断固とヴィルフリートの目線は許してくれない。
(こういうところ、妙にお堅いんだよね~)
別にゲーム世界でちょっと水着になるくらい何でもない自分と、ここが現実世界であるヴィルフリートの感覚の違いだろうとは分かっている。
しかし、これ以上何を言ってもヴィルフリートの怒りに油を注ぐだけなので、この話はここで終わらせることにする。
そして、エアーボードに相乗りして次のダンジョンに向かっていても、ふと迷いが頭をよぎる。
「……今更なんだけどさ、自分と同じPTで平気……?たぶん、これからもルシフェルが汚染されてたみたいにヤバイモンスターが出てくると思うよ?」
サーバー閉鎖された移行に出現したダンジョンは、ほぼ間違いなくアダマイト鉱山のダンジョンのように汚染されているとみていいだろう。
現実世界のプレイヤーの意識を捕らえたゲームが、新しく作り出したイレギュラーなダンジョンなど、普通であるわけがない。
そんなところに同じPTメンバーとはいえ、ヴィルフリートと一緒に行っていいのか迷ってしまう。
<珍しいな。お前が依頼でもないのに誰かと一緒に行動するなんて>
ハムストレムのギルド支部長というおじさんも言っていた。ヴィルフリートがずっとソロだったのは聞いている。そして、ここしばらくヴィルフリートはハムストレムを拠点として依頼を受けていたらしい。
ヴィルフリートは曖昧に誤魔化していたけれど、いきなり現れた自分と行動を共にするだけなく、ハムストレムもしばらく離れるということで怪しまれても、当然だろう。
「一緒のPTになるのだって、アダマイト鉱山のダンジョン攻略のために必要だったからで、他のダンジョンの情報だって、あでっ!!!」
話している途中で頭上にチョップが落ちてきて、危うく舌を噛みそうになってしまった。
「舌噛みかけたよ!?何すんの!!人が真面目に話しているのに!」
「ガキが変な遠慮してんじゃねぇよ」
口を押さえながら見上げれば、くだらないと言わんばかりに見下ろされていた。
「こんなPTの組み方があるってのは俺だって初めて知ったが、別に抜けようなんて考えてねぇよ。前にも言ったがシエルに協力するて決めたのは俺だ。PT抜けるときは、俺がお前の足手まといになるって思ったときだ。誰かの足手まといはごめんだからな。そんときは、勝手に抜けさせてもらう」
分かったか?と念押しまでされてしまうと、もうそれ以上言えなくなった。何も言えない代わりに、腰にしがみついた手に力を少し籠めた。
(この外見に騙されて、ほんとにお人好しなんだから……)
リアルの実年齢はもう20を超えている。さすがに20過ぎの相手を子ども扱いはしないだろう。
ヴィルフリートが子ども扱いするのは、<シエル・レヴィンソン>の外見年齢がまだ子供を抜けきらない15、6だからだ。
足手まといどころか、自分と行動を共にすれば、危険なモンスターと戦うどころか、他国や組織からも狙われ、ヴィルフリートにも危険が及ぶことくらい理解していないわけがないのだ。
なのに一緒についてきてくれるということが、戦闘面での強さや情報力だけでは測れない安堵感を与えてくれる。
「ついでに海で泳ぐのもなしな」
「えっ!?覚えてたの!?忘れてていいのに!」
しんみりしかけていた気持ちが一気に引き戻された。
うやむやにしてもう終わったものと思っていた話題を、ヴィルフリートはしっかり覚えていたらしい。
啓一郎を探さなければいけないのも、時間が限られているのも分かってはいるが、旅の合間にちょっと生き抜きしなければやっていられない。
リアル同然のアデルクライシスだからこそ、新しい発見(娯楽)がきっとあるはずのだから。
▼
――商業国家ドナ・ロス――
「モリス様、S4ランクの武器が流れたようです」
商人モリスの右腕として使えているモルガドが、一枚の紙を持ってモリスの私室に入ってくる。
「S4ランクの武器?ハムストレムの武器商が、同じランクの剣を売りに出していましたね」
「恐らくその剣と思われます」
能動的な声だったが、その一言で部屋の空気が変る。モルガドではない、モリスのまとう雰囲気が変ったからだ。
「ハムストレムの王族が買ったわけではないでしょう。散々渋ってたようですし、となれば誰が?」
「分かりません。旅の者だったということですが、500万メルでいつも売っていたところ、その相手には800万メルと吹っかけたそうです」
「おや、随分な金額でふっかけましたね」
「しかも800万メルを店の言い値で支払ったそうです」
「……ほう?」
初めはボッタ価格をふっかけたものだと笑ったが、その金額を実際に支払ったとなると話は別である。それだけの財力があるということは、流通を戦場とする商業国家にとって、決して無視できる存在ではない。
「買った者が誰か分かっていますか?」
「分かりません。金さえ支払えば相手の素性は問わなかったようです」
「無能の極み」
「ですが、問題はここからです」
持ってきた一枚の紙にモルガドは視線を落とし、目を細めた。これまでの報告を受けた時、モルガドもモリスと同様のことを思った。
目の前の金だけに目がくらんだ商人であり、金の流れを見極められられない失態であり、無能であると。
出所不明の金ほど警戒すべきだ。自分の関与しない場所に、流通圏または経済勢力が出来ようとしている前触れは、誰よりも早く掴み見極めた上で手を組むべきか、それとも早めに潰しておくべきか判断する必要がある。
なのに、この報告書は長年モリスの元で仕事をしてきたモルガドも何が起こっているのか判断がつかなかった。
「その800万の剣、早々に使い捨てたもようです」
「捨てた?」
らしくもなくモルガドが何を言っているのか分からないと、モリスは眉間に皺を寄せる。
商業国家の代表の1人であるモリスにとってみれば、800万メルの金額は端た金額ではあるが、それは大商人であるが故だ。
そのモリスであっても買ってすぐにポイ捨てできるかと言うとそうではない。800万メルの金額以上のものを得られる確信があって、初めて捨てられる金額。
1メルであっても捨てる金はない。
「ハムストレム東の鉱山近くに新しいダンジョンが出現いたしました。そこの調査が終わり解放されたところ、最初に突入した冒険者たちが最奥のボス部屋で捨てられてる剣を見つけ持ち帰り、これでしばらく遊んで暮らせるとすぐに売り払ったようです」
「つまりダンジョンが解放される前にダンジョンに入った者が剣を買い、そして捨てて行った。最初の調査は冒険者ギルドが行うのが通例でしたね」
ならば冒険者ギルドがダンジョン調査のためにS4ランクの剣を購入したのかと考えても、それを忘れていくには随分な金額だ。攻略に使用するまでは話が通っても、決して使い捨てはしない。
そもそも最初の店、剣を買ったときに冒険ギルド所属であることを明かさず、ぼった価格で購入する理由がない。
となると剣の購入者は冒険者ギルドとは無関係。どうやって最初のダンジョン調査に潜り込んだかまでかは知らないが。
「その調査、誰が行ったのか調べられますか?」
「調べられるとは思いますが、何分冒険者ギルド内の情報であるため時間をいただけますでしょうか?」
「お願いします」
「かしこまりました」
一礼し、モルガドはモリスの私室から出て行く。
1人残った部屋で、モリスの眼差しはどこまでも鋭く研ぎ澄まされる。
(何を得た?それに800万の剣を何の惜しげもなく使い捨てれるほどの財力と実行力。要注意ですね)
自分の知らぬところで何かが動いている気配がする。直感的に言えば、気に入らない。
そうしてモリスは窓の下に広がるドナ・ロスの街を見下ろした。
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