第23話 聖光の指輪
地下5階のフロアで遭遇する魔物は全て汚染されていると言って過言ではなかった。そしてレベルも100以上の魔物ばかりで、いくらSランク冒険者のヴィルフリートにAランク冒険者のカインの2人でも、普通とは逸脱した動きとスキルを使う魔物は決して侮れなかった。
赤く目が光り、背中に歪な3枚の翼を生やしたヨルムサーペント(冥府の蛇:LV150。
通常LV125)に遭遇したときは、ステータス上昇の援護魔法を受けてもカインの攻撃はあまり通用せず、それでも全く後退しなかったのはヴィルフリートの実力と、後衛に範囲攻撃が襲ってきても、不動の迎撃魔法でPT支援をしていたシエルの力によるものである。
(確かに強敵ではあるんだけど、自分が本気だせば敵じゃない。でも、2人の前で本気出すのはなぁ~……)
少し手間取るかもしれないが、全員の力でモンスターを退けられているなら必要ないかと、現状維持を選ぶ。
3人がどうしても敵わず、必要に迫られたら、本気を少し出しだそう。
「黒魔法ってこういう使い方もあるんですね……単に攻撃するだけかと思っていたら、敵の攻撃に魔法を当てて相殺するなんて……」
自分の見せた魔法に感嘆しているらしいユスティアに、
「的に当てるのは同じだから。相手が使った攻撃見て、炎で壁作ったり、ぶつけたり」
「それでも止まっている的ならまだしも、あれだけのスピードで複数の的を一発も外さず打ち落とすのは、相応の力と技術が必要だと思います」
「そんなに誉めても何もでないよ?あれはホント慣れだから。当たるようになると結構面白いよ?」
シューティングゲームで飛び交う的を打ち落とすような軽いノリで答えるが、実はカインの言う通り、熟練度を必要とするやり方なのは秘密だった。
元々が攻撃するための魔法なのに、それを防御魔法として使おうとしている時点で熟練度の低い者では土台無理なのだ。
そして倒したヨルムサーペントからドロップしたアイテム【冥府の珠玉】は言わずもがな汚染されており、それにシエルが右手をかざし浄化を唱える。
「それどういう魔法なんですか?黒呪士にそのような浄化魔法があったなんて、初めて見ました」
「黒魔法じゃないよ。どちらかというと治癒魔法の解毒に似てるかな~。黒魔法と治癒魔法を合わせた感じ。前に偶然知り合ったのんべぇ神父さんが教えてくれたんだよね~。まさかこんなところで役立つなんて自分でも驚いてるよ~」
白々しいことを言って笑いつつも、もちろん真っ赤な嘘である。
【聖光の指輪】が見えないカインとユスティアには、シエルの右手が治癒魔法をかけるときと似た光りで、汚染されたアイテムが浄化されているように見えているのだろう。
汚染されたアイテムかどうかの判別は、意外にも簡単だった。
【解読(ディサイファー)】が、汚染アイテムに対して有効だったからである。
これは解読を行う者のLVは関係しないようで、4人の中でレベルが90と一番低いユスティアでも判別が可能だった。恐らく魔物はLVが存在するが、アイテムにLVが存在しない所為であると考えられる。
また、実際には誰もまだ汚染された状態のアイテムに触れてはいないが、解読すると呪いまたは毒の付与が分かるため、あえて触れようとはしない。
さほど時間をかけず浄化が100%になる。最初に浄化した【毒牙】より、【冥府の珠玉】の方が浄化する時間に若干の差が出ている。
(時間差はドロップした魔物のLVによるものなのか、アイテム自体によるものなのか、他にも原因があるのか調べていく必要があるか)
汚染された魔物と通常の魔物の区別は、マーカーの色で区別するしか今のところ手段は判明していないが、ゲームシステムを覚えていないこの世界の住人がマップ機能をいきなり使えるかと考えたら難しいところだ。
これは警戒しながら戦ってもらうしかない。
「はい、終わり」
「さすがシエル殿です。汚染されたアイテムがドロップしてもこうして浄化してしまえば問題ありませんね」
うんうん頷き、【冥府の珠玉】を拾うカインに、反対にシエルは、ん~、とあさっての方角を見ながら、別の見解を付け足す。カインの年齢はシエルより上だが、性格は酷く真っ直ぐで物事を良いほうに捉える。これはもちろん美点であるが弱点にもなる危うさだ。
「そっかな?浄化すればしたで普通のアイテムになるけれど、汚染されたままの方が使い勝手のいい輩は少なからずいると思うけどな~?」
「どういう意味ですか?」
「例えば誰かをすっごく憎んでる人とか、自分より成功している人を貶めたい人とか。パッと見は普通のアイテムだけど、いざ触れてみたら誰でも簡単に呪いをかけられちゃうんだよコレ」
そうでしょ?と重ねて問えば、カインは返答に窮したように、唇をぎゅっと噛み締める。
浄化という珍しい魔法に目を奪われていた部分はあったが、いざ言われてみると否定はできない。
人は皆、善良ではないのだから。そしてどんなに優れた人、善人であっても些細なことが切欠で悪行へ転んでしまうことがある。元からの悪人はさらに悪行を行うために汚染アイテムを利用しようとしてくるだろう。
「……あまり嬉しい使い方ではありませんが、そういった使い方をする人は出てきそうですね。冒険者ギルド側もアイテムの扱いには注意を促す必要が出てくるでしょう」
ユスティアが重々しく言うとカインもコクリと頷く。
汚染された魔物が出現するダンジョンが、この場所以外にも今後出てくるかもしれない。その時冒険者たちにどのように注意を促すかは、冒険者ギルドの腕にかかっていると言って過言ではない。
「じゃあ話が纏まったところで先に」
――グォアァァアアアアアアッ!!――
「……聞こえた?なんか嫌な声が聞こえた気がしたんだけど、幻聴かな?」
「私も聞こえましたね……」
「俺にも聞こえました……」
シエルに続いて、ユスティアとカインも魔物の叫び声が聞こえたと頷く。最後のヴィルフリートは答えるまでもないと、1つ頷く。
まだボスが待ち構える部屋に入ってもいないというのに、ここまで聞こえる叫び声の大きさといい、恐らく相手はダンジョンへの侵入者たちに気付いている。
「いきなり敵のLVが異常に高くなったかと思えば、もうボスか?」
いつもならもうボスに辿りついたと喜ぶ場面でも、今ばかりは異変続きで素直に喜べない。しかも、地下5階の魔物が全て汚染されていたというのなら、奥の部屋で待ち構えているボスも当然汚染されて然りだ。
マップに紫マーカーが出ないか注意しながら、あと1エリアだけマップが開示されるギリギリまで進む。
『あった。6階に下りる階段だ。恐らくそこに、さっき叫んだダンジョンのボスがいる』
『悩ましいな、ボス前まで来て退避を選ぶか、進むか……』
開示されたマップの反対側に、地下へ下りる階段を示すシンボルが表示された。
間違いないとシエルが皆の下へ戻り、
「シエルが見てきた先に、ボスに繋がると考えられる階段があったが、ここで一度採決を取ろうと思う。向うか、一旦引くか。今回は調査だし絶対倒さないといけない相手でもない。汚染アイテムについても一度ギルドで話したほうがいいだろう」
提案しつつヴィルフリートは、ちらとシエルを見やる。今言ったように、今回はダンジョン攻略ではなく、調査が目的である。
ある程度調査を行い、先へ進むのが困難と判断すればすぐに戻り、改めて調査をすることも十分選択肢の一つなのだ。
調査の収穫も、汚染された魔物とアイテムの情報だけで十分過ぎる。
シエル的に欲を言うと、5階フロアの左側マップを全て開けておきたかったが、こうもアクシデントが多発すると諦めざるを得ない。
このダンジョンは他のダンジョンとは違い汚染された魔物が溢れており、何より、シエルの正体を知らないカインとユスティアに必要以上の危険を冒させるわけにはいかないのだから。
ヴィルフリートが採決を提案してきた本当の狙いを直ぐに察して、シエルも小さく頷く。
『一度カインとユスティアを外へ出そう。その後すぐに戻ればいい。俺とお前なら時間をかけずここに戻って来られるはずだ』
『そうしたほうがいいね。ダンジョンの通路ですらLV150の魔物がうろついているのに、ボスまで汚染されてたら2人には危険すぎるよ』
『ああ、今回ばかりは俺も勝てるかどうか自信がない』
『勝てるよ、そんなの。ちゃんとヴィルも守ってあげるよ?』
『ざけんな。自分の身くらい自分で守る。てめぇの力なんて借りねぇよ』
『残念、じゃ頑張って』
手早くPTチャットで打ち合わせを済ませてから、ヴィルフリートが採決を取る。
「では奥へ進むという者は手を」
ゼロだ。
「一度外へ戻るという者は手を」
手が4つ上がる。満場一致だ。誰の文句もない。無言で4人とも踵を返、元来た道を戻ろうとする。
初めは小さい音だった。それが段々と大きくなり、
――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!――
地響きまでして地面が揺れ始める。
「きゃあっ!!」
ついに立っていることも出来なくなったユスティアが地面に膝をつき、慌ててヴィルフリートが駆け寄った。
「しっかりしろ!何が起こっているんだ!?」
何が起こっているかなんて、地面の揺れに耐えるのが精一杯で分かるわけがない。そもそもダンジョン内でこんな地震めいた揺れを体験したことすら、全員が始めてだったのだから。
気付かないうちにダンジョンギミックに引っかかってしまっていたのか、それともこの揺れも汚染された影響によるものなのか。
下手に動くことも出来ず、揺れに耐え、周囲を警戒する中、遂に揺れ耐えられなくなった床が崩落する。
「浮遊(フローター)!!!」
咄嗟にシエルは全員に浮遊魔法をかける。これで多少の落下の衝撃には耐えられるだろう。このダンジョンに来るまで、揺れる馬車にかけていた魔法でもある。
そうして落下しながら、下で待ち構え目を光らせている存在がシエルの目に飛び込んだ。
「ちょっ!強制エンカウント!?うそ!?」
床が崩落し、ダンジョンボスと強制戦闘の始まりである。
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