第14話 取り扱い説明書

 得られた情報を整理するのと、今後の予定を建てるために、一度宿に戻ろうということになり、シエルが取っている部屋にヴィルフリートも少し遅れてやってくる。


 部屋の明かりは窓から差し込む日差しのみで、いくら昼過ぎとはいえ電気の明かりが普通だった自分には薄暗い。

 外に出るときは着込んでいるケープは壁のフックに引っ掛けている。


 そして上は黒のノースリーブのハイネックシャツと、下は細身のパンツを履いて、膝上までの高さのニーハイブーツ。


 ゲーム時代もよくしていた格好なので、シエルになってもなんとなく部屋着としてこの衣装に落ち着いてしまった。


「どうしたの?入らないの?あ、お昼まだならヴィルも食べる?」


 部屋に数歩入って、ヴィルフリートは1点を見つめて凝視し固まっている。テーブルの上には市場で買ってきた数種のパンと果物が置いてある。


 一人では正直食べきれない量だが、食べ切れなかった分は手をつけていなければ、アイテムボックスに収納できることに気付いたので、後で食べる携帯食として問題はない。

 あとはアイテムボックスに入っている間に、腐ってしまわないことを祈る。


「飯はいい。それよりその剣はどうした?」


 ヴィルフリートが指差すのは、パンが置かれたテーブル奥の壁に立てかけられた一本の剣。


 騎士や剣闘士が持つオードソックスなタイプで、柄の根元に光属性の魔石が嵌められ、柄から先に向かって刃が尖っていく。


 刃の背には魔術文様が描かれ、持ち手の魔力に呼応するのだろうと推察できる。


 だが、その剣をヴィルフリートは一度見た記憶があった。というよりもSランク冒険者であるヴィルフリートにどうかとすすめられたのだが、獲物が剣であることとS4ランク武器の高額さで断った。

 その武器が何でもないように立てかけられている。


「ん?あれは買った」


「買ったってあれは500万メルは下らないだろうが!?S4ランクの武器だぞ!?」


「売り物かどうか聞いて値段聞いたら、800万メルっていうから買ったんだけど、やっぱりぼった価格だよね、ま、いいけど」


 ゲーム時代の感覚で言えば、500万メルで庭付きの個人宅が購入できる。それと比較すれば高い方ではあるが買えない金額ではないし、今は財布の中には1000億以上入っている。


「まさかとは思うが、その場で現金払いか?」


「他に支払い方法でも?」


 アイテムボックスから空間に出現させると驚かれるというのはヴィルフリートを見て理解している。

 だから一旦店の外へでて、そこで800万メルを出してからもう一度店に入った。


 お金は紙幣ではなく白金貨のみ。銅貨が一枚1メル。銀貨が1枚100メル。金貨が1000メル。そして白金貨が1万メルとなるので、800万メルは白金貨800枚。


(プレイヤー同士でお金や物をやり取りするときはトレード機能を使って直接アイテムボックスに収納出来てたから重さなんて関係なかったのに、800枚も白金貨が入った布袋は重過ぎ……)


 ファンタジー世界であるアデルクライシスに、カード決済やスマホ決済を初めとした現金払い以外の支払い方法があるのなら是非教えてもらいたい。

 だが、急にヴィルフリートは頭を抱え始めた。


「お前は……、あれだけ俺が目立つなって言ったのに……」


「別に大通りにあった武器屋で、剣一本買っただけだよ?お城とかギルドには行ってないし、ちょっと装備して、剣のスペックとか性能見てみたかっただけだよ?」


 ぷるぷる震えて怒りのオーラを滲ませ始めたヴィルフリートに、何かマズイことをしただろうかと、つい視線が泳ぐ。

 が、ほどなくヴィルフリートの雷が落ちた。


「城に行かなくても、高額な剣とか装備を現金払い一括で買うヤツがいたら十分目立つ!!」


「まさか、どこどこのお店の武器が誰に買われたとか噂になるわけ?」


「そうだ!金持ちの貴族や高ランクの冒険者なら使用目的は分かるし、ちょっと話題になるくらいだが、いきなりやってきた身元不明のやつがポンってS4ランク武器を買ったら十分騒ぎになる!」


「うっわ、なにその個人情報駄々漏れひどい!」


「個人っ!?何を言ってるか分からねぇけど、とにかくそこらへんの店で高い買い物をするな!いいな!?」


 びしっと指をさして念押しされて、勢いに負けて不満はあったが渋々頷く。


 自分のお金で買ったものに他人から文句をつけられるとは思わなかったが、思い出してみると白金貨800枚が入った袋をテーブルの上にドンと出したときは、店員だけでなく店にいた客全員の注目を浴び、慌てて店員が店の奥に店長を呼びに行った。


 それを考えれば、確かに自分も現実世界で、目の前に1億円キャッシュで買い物する現場に居合わせたら、自分も注目するしネットにシェアするかもしれない。


「わかりました。もう軽はずみに高額なお買い物はしません」


「頼むからそうしてくれ……」


 一応納得した姿勢を見せたことで、盛大な溜息をついてヴィルフリートもそこで怒りを収めてくれる。


「それじゃあ、これが半年前以降に現れたダンジョンの情報だ。これから向かうダンジョンを含めて5つ。内2つは調査済み。残り3つは未調査でこの3つはまだ冒険者へは公開されていない情報だ」


 自分が座っている長いすの前まで来て、コートのポケットから一枚の紙を出す。

 それを受け取り、

 

「頼んだ自分が言うのもアレなんだけど、教えてくれてありがとう」


 昼間のチャットは深く考えずに頼んだけれど、これはかなりヴィルフリートにリスクを犯させているのではないかと思えはじめた。


 ヴィルフリートがしたことは冒険者ギルドの極秘情報を、部外者へリークしていることに他ならない。

 それだけでなく世界中から狙われているらしい自分と一緒に行動することは、必然ヴィルフリートにも危険が及ぶことは、想像に容易い。


「……もうPT抜ける?後悔してない?そのレヴィ・スーンっていうのだって、自分がそうである可能性が高いってだけで、確定じゃない。そんな相手のために、ヴィルがこれ以上危険を犯す必要はないよ」


 手渡されたメモ用紙を握りしめ、わざと何でもない風を装い軽い口調で言ったのに、反対にヴィルフリートの眼は鋭くなり、自分の勘が少なからずヴィルフリートの内心を言い当てたのだろうと思う。

 啓一郎は探したいが、誰かに必要外の迷惑はかけたくない。


 やや時間を置いて、僅かに重い空気が流れる中、


「最初に俺に知る勇気と覚悟を問うたのはお前だ。俺はそれに応じると自分で決めた。後悔なんかするわけねぇ」


「自分がレヴィ・スーンじゃなかったとしても?」


「当然だ」


「せっかくPT解除する機会をあげたのに、あとで解除したくなっても知らないから」


「なめんなよ。誰がするか」


「ならいい」


 もしヴィルフリートが望むなら本気でPT解除するつもりだった。新規ダンジョンの情報は得られたのだから、1人でも攻略できないことはないだろう。

 ただ、ほんの少し旅が寂しくなるかもしれないだけで。


「3週間前に見つかったダンジョンはいつ向かう?」


「明後日、朝からだ。ハムストレムの大門前で調査メンバー2人と合流してから向かう」


 部屋に入ってからずっと立ちっぱなしだったヴィルフリートが、打ち合わせの段階になってようやくテーブル前の椅子に腰掛けた。

立ち話でするには話しが長い。


「明後日?結構早いね」


 こういう新規のダンジョン攻略には、事前に装備やアイテムを整えたりする時間が必要な気がするが、そこまで警戒するほどのダンジョンではないということだろうか。


 ゲームでぱぱっと準備が揃うのではなく、リアルに準備をするならもっと時間がかかりそうなものだ。そうは言っても、シエル自身はアイテムボックス内に大量のアイテムが入っているので急なダンジョン攻略にも対処できる。


「ダンジョンは監視はついているが、メンバーが決まり次第いつでも調査が出来るように、事前準備のアイテムや装備は入り口で補給される」


「つまり身1つで行っても大丈夫ってこと?」


「そうだ。本来なら冒険者ギルドで事前調査を行うのが普通だ。だから報酬はゼロ。そのかわりアイテムの補給くらいは用意してもらえる。収入はダンジョンで倒した魔物の素材くらいだな」


「報酬ゼロかぁ、でもこっちから情報欲しがって行くって言ったんだから、文句は言えないところだね」


「ああ。あっちも調査前のダンジョンで、何があっても責任が取れないってこともあるだろうよ」


「じゃあダンジョンクリアできたら、お礼に自分から何か報酬をプレゼントするよ」


 親しき者にも礼儀あり。

 お礼は常に報酬+製作代金。


 冒険者ギルドからの報酬がゼロなら、尚更謝礼はしっかりしておくべきだろう。これでもゲーム時代も親しいフレンドに装備やアイテムを貰った際には相応のお返し、またはメルを返礼していた自負がある。

 のだが、


「……なんか嫌な予感がしたから、そこは遠慮しておく」


 PT解除するか尋ねたときは、悩んでいたくせに、報酬プレゼントになると素で断られてしまった。

 心からの謝礼で申し出たのに聞き捨てならない。


「嫌な予感って何?」


「言葉通りだ。俺の長年の経験が、お前がくれるものはヤバイと言ってる。あ、でも一個あるな」


「何?何?何のアイテム?」


 パッとシエルの顔が明るくなり、


「アイテムじゃねぇ。暇な時でいいから一回、俺と手合わせしてもらっても、……そのあからさまに嫌な顔は何だ。少しは隠せ」


 瞬く間に笑顔が消え失せた。


「だって、また手合わせかと思って……」


 冒険者ギルドでも手合わせ手合わせとしつこかったばかりで、そういったのは暫く遠慮したいのだ。


「無理にとは言わない。気紛れに気が向いたときでいい」


「ん~……覚えてはおく……」


 覚えてはおくけど、本当にするかどうかは分からない。


(これだけスペック差があるんだもん。どうせ私が圧勝しちゃう未来しか見えないのに)


 チートキャラなんて分からないヴィルフリートは、単純に力試しをしたいのだろう。しかし、こちらとしては反則技で勝つようなものだから、フェアじゃない。軽い手合わせであってもめんどくささと申し訳なさが半々だ。


「ヴィル?大丈夫?」


 ふと、ヴィルの様子がおかしく思い、声をかけた。


(じっとこちらを見てるけど、どうかしたのかな?)


 ぼーっとしているのとも違う。周囲の音がヴィルフリートに何も入っていないような様子に、首をかしげる。途端にヴィルフリートはびくっと身を震わせ、我に戻ったのか口元を手のひらで隠す。


「え、あ…すまん、ちょっとぼーっとしてた……」


「ずっと気分の悪い自分を気にかけてくれてたし、ヴェニカの街でもどっかいっちゃってたりして疲れているんじゃない?そこのベッドで休んでいけばいいよ」


 会ったばかりで見ず知らずの自分の世話をしてくれて、ハムストレムまで連れてきてもらったことを考えれば、それくらいなんてことはない。PTリストに見えているヴィルフリートのHPバーは全快しているけれど、数字では見えないところで疲労していることは十分にありえた。


(私だって馬酔いしていたときはHPバーは全快だけど、すっごく気分悪かったし)


 明後日にはダンジョンにも向かうのだから、今のうちに休んでおくにこしたことはない。

 俯いているヴィルフリートにあゆみより、そっと頬に手を添え、治癒を念じる。


「いや、さすがにそれは……、今、俺になにした?」


「ん、念のため回復魔法かけておいた。気休めでも回復するかなって」


 頬から手を放し、驚き見上げるヴィルフリートの顔色をうかがう。やはり回復魔法はHPバーの数字にしか影響がないようで、それほどヴィルフリートの顔色が良くなったという気配は見つけられず、苦笑する。


「……無詠唱でか?」


「そういえば唱えなかったね。はは」


 無意識の無詠唱だったけれど、簡単な魔法であれば他の魔法も詠唱することなく使えそうだと深く考えずに思う。


「ところで話変えるけど、明後日まで時間あるし、夜行きたいところあって、南街のフルールベルっていうお店知ってる?」


 いつまでも押し問答の会話ではラチがあかないらば、題を昼間の果物屋で聞いた店についてヴィルフリートに尋ねる。


 果物屋の主人には悪いけれど、一般的な収入の稼ぎで高級なお店に頻繁に行く余裕はないだろう。


 となると、大衆向けのリーズナブルなお店で、あまり期待はできないだろうけれど、と付け足そうとして、ヴィルフリートが目を大きく見開いていることに気付く。


「は?お前、あんなところに何の用事あるんだ!?あそこがどんな店か分かってんのか!?」


「果物買ったお店の店主がすすめてくれたんだよ。お店のおねぇさんたちに、何か情報ないか聞きたくて。で、ヴィルフリート今何を想像したかちょっと教えてほしいな?店の名前聞いただけで、どんなお店か分かったってことは行ったことあるんだよね?」


 でなければ、店の名前を聞いただけでそんなに慌てることはない筈だ。

 自分の突っ込みに急にヴィルフリートはそわそわし始めた。


「ごほん、つかそれは置いといて、シエル、今後一緒に旅をしていく上で、一個聞いておきたいことがあるんだが、怒るなよ?変な意味はない。確認しておきたいだけだ」


「なに?」


 咳払いしてわざとらしくと話題を変えてきたけれど、ヴィルフリートがフルールベルの店を知っていることは分かったので、夜になったら案内させよう。

 その上で、旅をしていく上で確認が必要と言われたらスルーするわけにはいかない。


「男?女?どっちなわけ?」


「そんなこと?男でも女でもないけど?」


 急に神妙な顔になって尋ねるものだから、実は自分が未調査のダンジョンに入るには、冒険者ギルドに入らないといけないとか、条件を出されたのかと疑ってしまった。


 男か女か。

 なんだ、そんなことかと肩透かしを食らった気分になった。


「そうか。男でも女でもないのか……、ってなんだそれ!?」


「なんだって言われても、そうなんだから仕方ないじゃない!」


 いくら驚かれても自分のステータス覧には<Angelos:中性>と記載され、<Male:男性>でも<Female:女性>でもない。


「じゃあ、ずっと男でも女でもないままなのか?」


「たぶん……いや、ちょっと待って確認するから………」


 何か特殊なアイテムを使えば、キャラリメイクという形で性別は変更できた。そのシステムが生きているか不安になる。


 ほぼ現実世界となったアデルクライシスで性別を変更出来るアイテムがもしあるのなら、恐らくヴィルフリートは先ほどの質問をきっとしないだろう。


 となると、確認できる手段としては、ずっと思い出すまいとしてきた黒の書をイベントアイテムボックスから取り出す。


 何も書かれていない真っ黒な表紙の薄いノート。

 自分が中学生の頃に書いたキャラ設定集。


「それは?」


「黒の書。シエル・レヴィンソンの取り扱い説明書。見たらコロス」


 本気でヴィルフリートを睨みつける。いつものように何もない空間にポンと出現したノートにヴィルフリートの視線が寄せられるが、これだけは絶対に誰にも見られたくない。


 自分で描いた物だが、自分で見るのも苦痛なノートだ。


「さようで」


 黒の書を大事に胸に抱き、脱兎のごとく部屋の端っこに移動し、ヴィルフリートが遠くにいることを確認する。

 そして深く深呼吸をし、覚悟を決めてページをパラリと開く。




【性別設定:Angelos】

 男でもない女でもないアンジェロス。俗に中性体または天使体と呼ばれる。

 特定条件を満たすとで男にも女にもなれる。分性した後は別の性になることも、アンジェロスに戻ることもできない。





「いやあああああああああああ!!!」





「どうした!?」


 突然大声を出した自分に、ヴィルフリートは駆け寄ろうとして、すぐに見るなと先に言われていたことを思い出したのか踏みとどまってくれた。

 見る前から分かっていたことだが、黒の書の自分へのダメージは計り知れない。


「何でもないけど何でもあるっ……、(厨二全開だった頃の昔の)自分が、恐ろしいよぉ……」


 何を考えてそんな設定にしたのか思い出せないが、あの頃の自分に一度会えるのならノートを取り上げて破り捨てて、啓一郎に見られる前に灰にしたい。


「おう、わからねぇけど、とりあえず落ち着け」


「結論から言うと、男か女になろうと思えばなれるっぽい……。でも一度男か女になったらもうその性で固定される、らしい……」


「つまりめんどくせぇ体質してるってことだな。分かったから、その書は片付けておけ」


「うん……」


(ていうか、特定条件って何!?キャラ設定書ってそこが一番大事な事でしょ!?)


 イベントクリアならまだしも、特定アイテムの使用だったら気づかないうちに使用して性別が固定されたら、たまったものじゃない。


 ヴィルフリートに慰められる形で、再び黒の書をイベントアイテムボックスの中に戻した。




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