第6話 ニアミス
馬で移動を始めて2日目。
遠くにぽつんぽつんと人家が見られるような開けた土地に出たあたりで、遠くから土煙を立てて近づく一団に気付いて、馬の進路を道端に寄せ路を譲る。
20騎はいるだろうか。何故こんなところに装備を揃えた騎士団が馬を走らせて急いでいるのか、ヴィルフリートの眉が眉間に寄る。
ちょうど目の前にきて、騎士団のリーダーらしきおとこがヴィルフリートの馬を引き止めた。
「そこの者!止まれ!このあたりの村人ではないな!?何ゆえこの地にいる!」
この手合いの輩は、とにかく上から目線で物を言うのが気に食わないが、いちいち反発したり喧嘩を売っていてもしょうがないので、ヴィルフリートは顔には出さず能動的に答えるに限る。
「冒険者だ。このさきの森での依頼を受けて、その帰りだ」
「名前は!?」
「ヴィルフリート・バーバリア。冒険者ギルドのランクはS」
「何!?Sランク冒険者だと!?」
冒険者ギルドのランクは一番下がEから始まり、一番上はSランクとなる。高ランク冒険者にもなると冒険者個人へ国から直接依頼を受けたり、冒険者ギルドと合同の魔物討伐を行う際の重要な戦力でもあり、将軍といえど下手に冒険者風情と侮ることはできない。
そして数少ないSランク冒険者たちの名は各国に知れ渡り、ダルダーノもヴィルフリートの名前は聞いた覚えがあった。
「ダルダーノ将軍、その方はヴィルフリート殿に間違いございません!以前、ギルド合同での魔物討伐の折、自分はヴィルフリート殿の顔を見たことがございます!」
「では本人で間違いないと言うのだな」
「はっ!」
部下の進言に、うむと鷹揚にダルダーノは頷く。この先のルノールの遺跡に現れたというレヴィ・スーンが目的で先に冒険者ギルドから依頼を受けてこの地にいたのかと真っ先に考えたのだ。
だが、ルノールの遺跡のあるハムストレムからヴェニカの街まで転移し、そのまま馬を四六時中走らせたダルダーノたちより早くルアールの遺跡に辿り着き、その帰る途中というのは距離も時間も難しい。
ヴィルフリートが既にダルダーノたちよりはやくレヴィ・スーンを確保しているのなら、尚更、堂々と国のはずれの村の道をのんびり馬で歩いているというのもおかしいだろう。
「わかった。引き止めてすまなかった。だがもし差し支えなければ、その後ろに乗っている者は何者か、教えてもらえまいか?貴殿は基本的にPTを組まず一人で依頼をこなすと聞いている。それにSランク冒険者が受けた依頼に同行するとはその者も冒険者か?」
「連れだ。今回の依頼でちょっと同行が必要だっただけでPTは組んでねぇよ。依頼内容についてはギルドの契約で話せねぇぜ」
白々しくヴィルフリートが答える。依頼を終えた直後にはぐれグリーンドラゴンに遭遇し、その戦いをほんの少し手伝って貰っているから完全な嘘ではない。
「なるほど。では顔だけ見せてもらっても?」
納得すると見せかけて、しつこく食い下がるダルダーノに、ヴィルフリートの表情がムッとする。
ハムストレムの将軍ダルダーノの名前はヴィルフリートも聞いたことがあるが、随分と勘ぐってくる性格のようだ。
この際、ダルダーノが疑り深い性格なのはどうでもいいが、冒険者ギルドを通しての冒険者への依頼内容は、国家であっても不干渉が暗黙の了解なのに、依頼同行者であると今しがた言ったばかりのシエルの隠した容姿に触れてくる。
どう言い逃れようかと思案していたところで後ろに乗っていたシエル自らがフードを落し、その場にいた全員がシエルに見蕩れることになった。
瑠璃色を帯びた銀糸の髪は太陽の日を浴びて、キラキラと反射している。伏せ目がちの瞳の色は濃い金色で、髪と同じ銀の睫がり、すっと伸びた鼻梁。目を引くのは白磁と見まがうような白肌だ。小さな顔に滑らかな白肌が唇の赤を際立たせる。
幼さが垣間見える15、6ほどと思われ、性別は少女とも少年とも判断つきかねる。
顔を見せて欲しいと言った張本人であるダルダーノも言葉が出ないようで、目を大きく見開きシエルに魅入る。
一番に我に戻ったのはヴィルフリートだ。自ら我を取り戻したのではなく、体調不良で声を出すのも億劫なシエルが後ろからヴィルフリートのコートを力なく握った感触で我に戻ったといったほうが正確だろう。
浅い呼吸でまた俯き加減になったシエルに、ハッとして、
「コイツは少し体調が悪いんだ。他に用がなければ行ってもいいか?」
「あ、ごほんっ、もう行ってもらって構わない」
ヴィルフリートに声をかけられたダルダーノもハッとして我に戻り、場を取り繕う。任務の最中に一瞬でも気を取られてしまったことを隠すように、ひとつ咳払いして変に声が堅くなってしまう。
「いくぞ!」
「はっ」
ダルダーノの掛け声と共に、付き従う騎士たちも一斉に再び馬を駆け出す。馬が地を蹴る土煙に、ヴィルフリートは顔を顰め、シエルも口元にケープの裾を当てて土煙を吸わないようにする。
土煙が収まった頃には、一団の姿が遠くに消え、ヴィルフリートは盛大な溜息を付いて背後のシエルを気遣う。
「ほら、フード被ってろ。日差しもキツイんだろう?」
馬に乗るのが初めてだと言っていた通りに、シエルは馬酔いした。非常にゆっくりのスピードでも常に揺られ、馬から下りても体が揺れている感覚が消えることはない。
馬に乗って平気だったのは最初の1時間だけだった。
次第にシエルは顔面蒼白となり、途中途中で休憩をするため、なかなかヴェニカの街に辿りつかない。
回復アイテムを試してはみたが、基本的に回復アイテムは怪我や魔法による障害に対して効果を発揮するため、馬酔いには全く効かなかった。
顔色が悪いシエルにフードをかぶりなおさせてから再び馬をゆっくり歩かせ始める。
「あれ、誰……?」
「ハムストレムの将軍だ。あんな大物がこんな辺境までやってくるなんて、戦争か何か起こるんじゃねぇか?もっともお前はそんなのに構ってる余裕は全くないか」
あまり気持ちが悪いときは背中に持たれていいとヴィルフリートが申し出てからは、最初こそは出会ったばかりで遠慮していたのだが、二日目の今朝からはたまに額をもたれるようになった。
本当につらいのだろう。
そこへあの騎士団の集団にからまれて、シエルまで顔を見せろを言われたときはどう言い逃れたものかと一瞬思案したが、思いがけずシエルはすんなりと自分からフードを下ろしたことがヴィルフリートには意外だった。
「顔、見せて大丈夫だったのか?」
「え?」
「ずっと隠してただろうが。見られたくなかったんじゃないのか?」
「隠してたというか、なんとなく………うっ、気持ち悪い………」
はじめはヴィルフリートを念のため警戒してのことだったが、それよりも黒歴史の容姿を見られるのが恥ずかしくてとは言えず、話しているうちに胃から何かせりあがってくる気配を感じて咄嗟に口元を押さえる。
昨日から馬酔いの気持ち悪さでほとんど食事は食べていないせいか、口の中は胃液独特の甘酸っぱいようなすえた味しかしない。
「少し休むか?それとも水でウガイするか?」
「休みはもういいから歩く。そっちの方が楽」
馬から下りたところで馬に揺られている感覚は抜けないが、少しでも早くヴェニカの街に辿り着きたい。
「周り誰も見当たらないし、歩くよりしばらくエアーボード乗ってろ。どうせ持ってるんだろ?誰か人を見つけたら教えるから隠せよ」
「そうする……」
ほら、と馬から先に下りたヴィルフリートに手伝って貰いシエルは馬から下りると、エアーボードを何もない空間から取り出す。
エアーボードが何もない空間にいきなり現れてもヴィルフリートは驚かない。昨夜、野宿の準備をしている時にいきなり2人分の簡易軽食と寝袋をシエルが同じように出現させた瞬間は驚いた。
驚くなと言うほうが無理だ。
本人は旅の道具を魔法で最小限まで小さくして持ち運び、必要なときに元の大きさに戻しているだけだと説明したが、馬酔いの気持ち悪さで何も食べずにすぐに横になってしまい、説明もおなざりで本当かどうか分かったものじゃないだろう。
とにかく、ヴィルフリートはそれなりに冒険者として世界中を旅し様々なものを見てきたが、シエルのように物を突然空間に出現させるという魔法ははじめて見た。
(こいつ貴族のガキかと思っていたが、どっかの国専属の魔術師とかそっち系なのか?そこを黙って抜けてきたとか?)
だとするなら、ヴィルフリートのグロウ武器を一目で見抜いたことも納得できる。しかし、アイテムを自由に出し入れできる貴重な魔術師を国が簡単に手放すだろうか。下手をして他国へ仕えてしまえば、自国の脅威になるというのに。むしろ刺客を向けて暗殺せんとする方がヤツラらしい。
ヴィルフリートの思考を他所にのろのろとした動きで電源を入れたボードの上にシエルは座る。そしてヴィルフリートも馬に再度乗って歩き始めると、馬と同じ速度で、馬のように揺れることなく、一定の高さを保ち宙に浮いたまま進んでいく。
「まだ揺れてる感覚がする……」
「これだけ馬酔いして、どうやって魔物しかいねぇ森の奥まで行ったんだよ。俺にはそっちが不思議でなんねぇよ」
溜息一つこぼして貴族であれ国の専属魔術師であれ、こんな旅慣れていない世間知らずをよくぞ外に放流したものだと、ヴィルフリートは呆れるしかできなかった。
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