第4話 遺跡脱出→遭遇

 遺跡から無事に出て、日が照らす地上に立つと、ふぅと溜息が出る。

 周囲は人の手が全く入っていない鬱蒼とした木々が生い茂り、蔦が崩れた建物を我が物顔で壁を張って葉を広げていた。森の中独特の植物と少し腐ったような土の臭いだ。

 

 間違ってもゲーム画面のドットなんて見えはしない。

 後ろを振り返れば、高く空へと伸びる塔が分かる。途中魔物と何度か遭遇したが、全職業スキル共にカンストしている『シエル』の敵ではなかった。


 それよりも知りたかったのは『感覚』だ。

 

 戦闘はもちろん体を動かすという感覚がどこまでリアルなのか知りたかった。アデルクライシスの世界がどれだけリアルなのか、いくらシエルがレベルカンストしているとはいえ、現実生還者の証言では、剣を振るうには力が必要で、走れば体力が減り魔法を使うには魔力を消費したという。


 現実世界では体育で木刀を見様見真似に振ったくらいで本物の剣を振り回したことも、魔法を使ったこともないため、出来るだけ早くこのアデルクライシスの世界に慣れようとした。


「武器装備の変更は装備アイテムを出し入れするだけでOKと。魔法はスペルを唱えるだけで使えるけど、少しだけ消費する感覚があったからたぶんアレが魔力の消費でいいのかな?」


 もっとも魔力を消費したといっても、微々たる疲労感だ。ステータス欄の数値変化を見ても、1桁も数字は減らず、直ぐに回復した。魔力の回復速度はゲーム時より随分と早くなっているらしい。


「問題はステータスか。なにこのデタラメな数字とスキル。兄さん馬鹿なんじゃない?」


 我が兄が作ったであろうキャラステータスに呆れるしか出来ない。


 コマンド画面を開いて再度自分のステータスを確認すればLVは10000。ログインするときに見たステータスは確かにゲーム時代のカンストLV200だったと思うが、見間違えたのだろうか。


 HPの99万を筆頭に全ステータス数がMAX近いものばかりだ。

 一番低いDEX(防御力)でさえ80万は下らない。事件前にHPが最も高い最上級装備のタンクですら1万はいかなかったというのに、開発権限乱用のチートステータスもいいところだ。


 一通りスキルの発動の仕方を初めとした戦闘の動きを把握したところで地上へ到着し、コマンド画面からマップを開く。


 アデルクライシスの地理はマップを開かなくても大体記憶している。

 プレイ時間が制限される社会人になってからはライトプレイヤーになり、生産職である製作職と採取メインの採取職をメインにプレイしていたことも影響しているだろう。


 今いる位置さえ把握できれば、ここから最も近い街の方角は分かる。


 開いたマップ画面は初期マップ状態になっており、自分のいるであろう場所を中心に円形に色がついた地理が表示され、円より外側はグレーで塗りつぶされていて何も見えない。

 

 この様子では一度行った場所にワープできる機能も、初期化されたこのマップでは使えないだろう。ただし現在地は判明した。


 マップに表示された『ルノールの遺跡』


(ルノール遺跡からならハムストレムが近いかな。それなりに大きい国だし情報収集もできそう)


 見知った地名と、己がいる場所を示す青のマーカー。食料などはアイテムボックスの中に大量にあり、道中に魔物が出てきたとしても、この『シエル』ならば戦闘面で心配はない。


 けれど、ハムストレムの王都にまで行くとなると時間がかかりすぎる。

 何か速く移動できる方法はと思案して、使役魔法を真っ先に思い浮べたが、ドラゴンやイーグルといった移動速度が速く乗り心地のよいモンスターが都合よく遭遇してくれるとは思えない。


 となると、アイテムボックスから取り出したのは『エアーボード』だ。ローラーの付いていないスケートボードのような形をしており、後方部に小型のエンジンのようなブースターが付属している。


 地面から30センチから200メートルの高さまで、好みで高さを調節しつつ空中飛翔できる移動用アイテムである。


 動力エネルギーは魔石で、これが車のガソリンと考えればいい。沢山走れば無くなるので補充する手間はあるがパーツをカスタマイズし改造すれば最大スピードを上げることができ、前に重心を傾ければ前に、右に傾ければ右に曲がってくれるという簡単操作で、ゲーム時代もプレイヤーの間でレベルを問わずもっとも一般的な移動手段だった。


 まだスイッチを入れていないボードに乗り、落ちないように固定バンドに足をひっかけてから電源を入れれば、静かな起動音と振動を足裏に感じて、ふわりと地面から少しだけ浮く。


「それじゃ行こうっと」


 重心を前に少しずつ傾けると、ボードの後部についているエンジン動力が推力を挙げ前へと滑り始める。道と言っても道らしい道はない。

 雑草が好き勝手に生えているので、浮力を上げて地面から20mの高さにまで高さ調節し、木々の上を進んでいく。


 スピード狂のつもりはないが、頬を切る風がとても気持ちいい。


 グレー部分に踏み入れると新しいマップが開け、地図が部分的に表示される。

 エアーボードで飛びながらマップを拡大表示すればかなり狭い範囲まで拡大でき、一番範囲が狭いMAPで四方30km程まで周囲を細かに見れた。


 しかも、周囲10km先のモンスターまで丸いマーカーが位置を示す。

 まだマーカー色が緑であることから、此方には気付いておらず、これもゲーム時代と同じであれば敵認識すれば緑が赤に変わるのだろう。


 余計な戦闘で時間をかけたくはないので、マップ上で表示されている緑のマーカーも避けていれば不要な魔物とエンカウントすることなく人里まで辿りつける。


 その予定だったのだが、


「赤のマーカー?この距離で?」


 マップに表示されていた緑マーカーの中に赤のマーカーが現れ、反応のある方向へ振りむく。赤マーカーの表示は自分から20km以上離れており、この距離でモンスターが自分を見つけて襲ってきたとは考え難い。それを証明するように、赤マーカーは自分の進路方向とは逆の方向へ移動していく。


 だとするなら、自分以外の誰かがモンスターと遭遇し戦っていることになる。しかも魔物を示す赤マーカーが、高LVのモンスターで溢れた森の奥の方へと移動しているからには、劣勢を強いられて敗走している可能性が高い。


(う~ん、ゲーム内なら別に無視するところだけれど)


 ゲーム時代ならば他人なんてフレンド登録している相手や同じギルドメンバーで無い限り基本無視だ。

 他人を助けるのを楽しみにゲームをしているわけではない。運悪く自分より強い魔物に遭遇したのだとして、自分のレベルに不相応な場所に行く方が悪いし、仮に死んだところで拠点登録している街で生き返れる。


 普通のゲームであれば。


(ちょっとだけ様子見てこようかな)


 ゲームであるにもかかわらず、現実世界同然となったこの世界で生きる者に対して興味が沸く。人の意識を閉じ込めているゲームと分かっていて、尚も自分がログインしたのはゲーム内に囚われている人々を助けるためではない。


(正直言って、自分ひとりで捕囚プレイヤーを全員助けられるなんて出来っこないもの)


 消えてしまった兄を探すためだ。

 この仮想世界の住人になってしまったプレイヤーを全員助けだそうだなんて大それた理念は持っていない。


 エアーボードの向きを変え、赤マーカーが動いている方へ進路へ方向転換する。

 マップの赤マーカーが近づくにつれて、断続的にドラゴンの吼える声と金属が弾く音が聞こえ始める。思ったとおり、誰かが戦っているので間違いない。


 気付かれないよう、そっと木の影から近づく。戦っているのは一人の男。身の丈より少し長い槍で戦っているからには槍術士なのだろう。


 肩当ては右だけで左にはなく、黒を基調とした革のロングジャケットがメインの装備。

 だいぶ使いこまれたのだろうコートの色落ち具合や傷跡が遠目からも視認でき、どんなに装備の耐久値が落ちようと、変わることの無かったグラフィックのゲームとの違いに、改めて自分の知るアデルクライシスではないと感じる。


(とはいえ、助けようか助けるまいか、どうしようかなぁ~)


 襲っているモンスターはLV160のグリーンドラゴンで、この辺りにこんなLVの高いモンスターが出ただろうかと顔をひねる。


 ドラゴンは比較的山岳地帯に出没していた魔物だったはずだけれど―――――といっても戦ってる槍術士のLVも高く、透視すればLVは188。手こずるかもしれないが1人で倒せられないLVではない。


(よし、ここはそっとしておこう!)


 知り合いでもなく、苦戦しようと恐らく勝てるだろう戦いにわざわざ自分が出て行く必要はないだろう。捕囚ゲームにログインした自分が、わざわざ自分から変なフラグを立てる必要はない。


 黙ってこの場を去ろうと踵を返そうとして、


「おい!!そこの木の陰に隠れているやつ!!手伝え!!」


(何故バレタ?)


 戦っている男の叫び声に、隠れていたつもりなのに強制フラグがもう立っているのかと若干気持ちが滅入る。

 他に誰か木の陰に隠れていないかそっと周囲を見渡しても、誰も現れない。


「早くしろ!!そこに青い玉が落ちてるだろうが!それを俺に投げろ!」


 やはり呼ばれているのは自分らしいと諦める。別に言われた青い玉とやらを投げ渡さなくても、グリーンドラゴン一匹くらいLV10000のシエルなら、一撃で倒すことはできるだろう。


 だが、実戦として他人がどのように戦うのか見たい気持ちが勝った。


 着込んでいるケープのフードをかぶり顔を隠してから木の陰から出て、言われた通りにグリーンドラゴンの背後に落ちている5センチくらいのガラスのような青い玉を拾う。


【カクティの蒼玉】


 触れた瞬間、拾った玉のアイテム名が頭の中に響く。

 水属性のアイテムで、効果は捕縛だ。


「はいどうぞ」


 ドラゴンの横を、一定距離を保って回り込み、アイテムを投げた。


「よし!離れていろ!」


【カクティの蒼玉】を掴んだ槍術士が、シエルが一定距離まで離れたのを確認してから掴んだ手に力を篭めると蒼玉は僅かに光り始める。

 その気配を察したのだろうグリーンドラゴンのブレスを、紙一重で避けてから、すかさず蒼玉をグリーンドラゴンの足元に投げつけた。


「ギャォオオオオオオオオン!!」


 玉が地面につくかつかないかの直前にまばゆく光り、地面から氷の刃が突き出てグリーンドラゴンの足を凍らせる。巨体に似合わない俊敏な動きをするグリーンドラゴンの動きが止まった。

 すかさず渾身の一撃を入れるために高く飛び上がった。


「ディノアスラストォォオ!!」


 渾身の一撃を込めたのだろう槍を、グリーンドラゴンの頭上目掛けて投擲する。なるほどと感心してしまった。


 威力が高い技は力を込めて発動するのに少し時間がかかる。それも投擲技ともなれば武器を手放すのだから、外したときのリスクは大きい。的に外すことなく的中させるのに、グリーンドラゴンの素早さは難題だった。


 それを【カクティの蒼玉】で動きを止めてから確実に一撃を与える戦略は理にかなっている。

 投げられた槍が見事にグリーンドラゴンの脳天を貫き、突き刺さった槍にとどめとばかりに雷属性の黒魔法が落とされた。


「マルバアルッ!」


 天空から落ちた雷がグリーンドラゴンの脳に直接ダメージを与え、最後の断末魔を上げてその場にズゥウウンと大地を揺らし崩れ落ちた。

 一連の連続攻撃と、フードをかぶっていても大気を通して肌に伝わってきたスキル発動の威力、雷撃の衝撃波にシエルは声を失う。


(すごい、ここまでゲームの世界がリアルになるなんて想像以上!)


 遺跡で少し魔物相手にスキルを試して見た時とは違う、殺すか殺されるかの生々しい戦闘だった。倒されたグリーンドラゴンからは雷で肉が焦げたのだろう独特の臭いが鼻につき、逆に槍術士が倒されていれば、そのままグリーンドラゴンの餌になっていた。




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