第2話 login game or otherworldy ?

「う……、頭痛い……」


 ズキンッとした鋭い痛みで強制的に意識が浮上し、痛むこめかみを押さえながら瞼を開ける。

 瞳を開いた場所は、どこかの遺跡と思われる石作りの建造物の中で、部屋の中央に置かれた円形台座の上に自分は寝ていたようだ。


 見慣れぬ光景にに混乱したのはほんの一瞬だけで、直ぐに自分がどうしてここにいるのか思い出し、落ち着く。


(よかった……、現実の記憶は消えてない。私は黒崎ユイ。この世界ではシエル・レヴィンソン……)


 素手で触れた石の台座はつめたい。鼻腔をつくのは朽ちた遺跡特有の湿気とカビ臭だろう。

 当たり前だが周囲に人の気配はどこにもなかった。


「聞いてた通り、本当に現実世界と同じね。これでリアルの記憶が無ければ誰もここがゲーム世界だなんて思わないわ」


 疑似痛覚はゲーム時代にもあったが、物質に触れた感触や匂いは現実に勝るとも劣らないリアリティがある。


 どうやら現実世界の記憶は他の被害者と違って自分は忘れることはなかったようだと、ホッと安心する。忘れてしまっては啓一郎を探すことも出来ない。

 

 はじめてのゲームにログインしてやるべきは持ち物チェックだ。基本的に初めてログインしたキャラが持っているのは最低レベルの装備とアイテムがセオリーなのだが、


「ナニコレ?」


 思わず声に出てしまった。

 縦30センチ、横50センチ四方のグレー背景が透過したコマンド画面。

 目の前に現れたアイテムウィンドウに表示されているリストを眺めながら、目が点になる。


 装備は廃人でも揃えるのが難しいとされるS10ランクの全身フル装備。しかも全職業の装備がそろっている。

武器はロッド『インペリアル・エクス』。白を基調として紫のライン模様が描かれ、先端には拳大の赤水晶がはめこまれている。


(あああああ!これ欲しかったやつだ!!事件直前に実装されたけど素材はエンドボスのランダムドロップだし、生産職も最上級装備と施設揃えないといけないしで誰もまだ持ってなかったんじゃない!?)


 つい自分の置かれた現状を忘れて、『インペリアル・エクス』をアイテム欄から取り出し、うっとり見蕩れる。


「キレイ~、って私何を見惚れているのよ。こんなことしてる暇なんてないのに!」


 スマホを弄るように指で画面をフリックすれば選択コマンドを変更することもちゃんとできる。

 コマンド画面が開く。それはゲームシステムが生きているということを意味し、帰還者の証言とは食い違う事象だった。


「そういえばつい癖でコマンド画面開いたけれど、ゲームシステムはもう無かったはずじゃ?アイテムはリュックやポケットに詰めてたって、まとめサイトには書かれていたのに。しかも高級アイテム素材装備でいっぱいとかどういうスタートダッシュ………」


 帰還者の証言をまとめたまとめサイトを読み、サーバーが閉じられたアデルクライシス内の情報は出来る限り集めた。


 なのに目の前には薄いグレーの背景に青い蛍光色のラインと文字が、シエルのキャラステータスはもちろん、所持アイテム項目を選択すれば所持アイテム一覧を表示する。


(この世界がゲームであることを忘れているなら、コマンド画面の存在やシステムも忘れちゃっていたってことなのかな?)


 

 この世界がゲームという認識が無ければ、アイテムウィンドウが開くという概念すらないだろう。

 どこかの青くて丸いタヌキロボットアニメのように、物を出し入れできたら便利だが、このファンタジー世界に住んでいる住人がコマンド画面の存在を知っていたら、それはそれで不自然だ。


 次にスマホをタップするように指で選択すると、アイテムが具現化し、手のひらに現れる。


「フフフ、大変便利でよろしい」


 自然に頬がゆるむ。集めていた情報より不便は困れど、便利は喜ばしい。

 となればこのコマンド画面やアイテムウィンドウのことは、今後啓一郎を探す旅の中で可能な限り内緒にしておいた方が無難だろう。無警戒に使って騒ぎが起きたら面倒だ。


 そこでふと気づく。

 

 通常アイテムボックスとは別に、重要アイテムボックス覧が小さく点滅しているのを見つけ、重要アイテムボックスもチェックする。

 重要アイテムボックスはその名前の通り、イベント限定アイテムや他者に絶対譲渡不可のアイテム、またそのプレイヤーが事故等で決して失いたくないアイテムを入れておくボックスだ。


 点滅しているということは何か新しい重要アイテムが格納されたことを意味するのだが、開いたボックスには『黒の書』と書かれたアイテムがひとつ入っている。


(黒の書なんてアイテムあったかなぁ?)


 それなりにアデルクライシスのαテストユーザーからプレイしている自分にも、そんなアイテムは聞いたことも見たことも無い。


「これは後でじっくり中身見ておこう」


 あいにくと今はゆっくり中身を確認している暇はない。

 ログインしたこの場所が安全な場所である保証はないのだから。


 一通り装備とアイテムを確認し、現れた円形台座から備え付けられた階段を降りていく。


 四方2mほどの台座を下りてようやく台座が床から5mほど高い位置に備えつけられていたこと、そして台座の天蓋で見えなかった天井はさらに15m以上高いことに気付いた。


 崩れた壁面から外の光が差し込んで、朽ちた遺跡だからこその幻想的な景色は美しいが、これが10万もの人々を閉じ込めているゲームの世界でなければ、どれだけ見蕩れたことだろう。


 しかし美しければ美しいだけ空しさが増していくようで、そっと瞼を閉ざし踵を返し部屋の出口へと近づいたところで、


「え?」


 壁に備えつけられた若干曇った姿鏡に、今の自分 の姿を見て固まった。


 どこかで見たような姿。

 瑠璃色を帯びた銀糸の髪はゆるく波うちながら腰近くまで長く、大きな金色の瞳を髪色と同じ長い銀の睫が縁取る。恐らく誰がどう見ても美人に違いない16、7頃の容姿。


 けれども遠い昔、どこか遠い昔に見たようなデジャヴを感じる容姿に、先ほど一度は重要アイテムボックスに収納した『黒の書』を急いで取り出した。

 パラリと見開く1ページ目、そこに鉛筆で描かれた人物に大きく目を見開き、


「いやぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 絶叫が部屋に木霊する。ぶるぶる震える手で開かれた『黒の書』の中身はユイがまだ中学生だった頃にノートに書き出した黒歴史的キャラが自分が書いた絵そのままに描かれていたからである。


 次のページをめくるのも恐ろしく、ぶるぶると震える手がノートをパタリと閉じる。記憶する限り、次のページにはキャラの詳細設定が書かれているはずだ。


 髪色を初めとした容姿設定はもちろん、装備デザイン、使えるスキルや照合まで事細かな部分までまるっと記されている。まさにユイ自身にとって黒歴史を記した『黒の書』だった。


(うそ!?な、なんでこのノートがここにッ!?知ってたの!?このノートのこと、ずっと前に棄てたはずなのにどうしてゲームの中にあるのよ!?)


 高校の時、机の引き出し奥に隠していたこのノートを見つけ、厨二病を発症していた自分が恥ずかしさに直ぐにゴミの日に棄てたのだ。


 このノートの存在を知っている者が自分の他にいるとすれば只1人しかいない。


 しかもノートを見つけたことは黙っておいて、ユイの黒歴史的キャラを実際にゲームに組み込める人物を思い浮べて、沸々と怒りが沸きあがる。


「棄てっ、棄てなきゃって、何で棄てられないのよぉ!?」


 重要アイテムも選択すればアイテムボックスから捨てることが出来たはずなのに、『黒の書』には『捨てる』の選択ボタンがない。


(わ、わざとだわ……私がこのアイテムを絶対捨てれないようにわざと棄てられないようにしたんだわ……)


 自分を育ててくれて、多忙にもかかわらず休日には都内のイベントに一緒に行ってくれたり、グッズを一緒に買ってくれる優しい兄だった。けれど、たまに悪戯や冗談で自分を驚かせては、むくれる自分に謝っていた兄の顔が思い浮かび、


「絶対この世界のどこかに兄さんがいる……見つけて一発殴ってやるんだからっ……!」


 拳をきつく握りしめ、決意を新たにユイは立ち上がった。


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