第66話 VS騎士団長

どうしてこうなった……そんな気持ちでいっぱいだった。


「頑張れー!」

「いけー騎士団長!」

「頑張ってー!フォール公爵!」


周りから聞こえてくるのは声援。場所は城の騎士団用の闘技場。その真ん中で、俺は訓練用の真剣を片手に持っており、目の前には騎士団長であるグリーズ子爵が俺と同じ剣を持って立っている。


周りから聞こえてくる声援を聞きつつ俺はその現況をじと目で見ながら言った。


「こんなに観客がいるとは聞いてなかったんですが?セレナ様」

「あら?いいではありませんか」


俺の抗議にセレナ様は涼しい顔で答えた。


「次期宰相の妻としては今のうちにこの国の最大戦力を知っておきたいのですよ」

「だからと言ってこの老体に無理を強いる必要はあったのですか?」

「たまには体を動かしたいでしょ?」


そんな会話をしているが、まあ、要するに国王陛下に謁見に行った時にポロリとそんな会話をしたらどこから聞き付けたのかセレナ様が俺と騎士団長で手合わせをするという事態に差し替えて噂を流したらしい。グリーズ子爵はグリーズ子爵でそれも面白いと認めてしまい、結果的に俺はグリーズ子爵と戦うハメになった。


「あ、あの……頑張ってください。フォール公爵」

「……ありがとうございます。セリュー様」


そして、セレナ様の隣には当然のようにセリュー様がいた。陛下と王妃様は忙しいそうで無理だが第二王女と第二王子が見にきているだけあって目立つ目立つ。


まあ、別に勝つ必要はないからある程度手を抜いても大丈夫かな……なんて少しだけ考えてから俺はセレナ様やセリュー様から、ローリエやサーシャに伝わることも考えられてため息をつく。


正直現役の騎士団長相手にどこまで粘れるかわからないけど……勝つつもりでやるしかないか、と俺は諦めることにした。せめて真剣ではなくて木刀なら気楽にいけるのになぁ……


「では、構えて」


そんなことを考えていたら、審判の騎士が俺とグリーズ子爵にそう言う。その言葉に互いに剣を構えてから視線を鋭くする。一瞬にも思える時間互いを見つめてから――審判の合図でスタートする。


「――はじめ!」

「ふっ!」


その合図と同時に飛び出したのはグリーズ子爵。とんでもない速さでこちらに突っ込んできた。俺はそれをすんででかわすと下段からグリーズ子爵に斬り込む。しかし、それを読んでいたかのようにグリーズ子爵は避けるとそのまま足払いをする。


「くっ……!」


なんとかそれを避けてから俺は距離をとって出方を窺おうとするが、それを許さないように追撃してくるグリーズ子爵。右、左、右、左、上、下、上、上、下、まさしく縦横無尽に攻撃してくる。それをなんとか捌きながら俺は体が徐々に思い出すのを感じる。


そうか……どうやら随分鈍っていたようだ。


「はぁ!」


決定的な上段からの斬撃、避けられないそれを俺は正面から受け止める。


「なに……?」


決まったと思っていたグリーズ子爵がそれに目を丸くする。俺は思わずそれに笑みを浮かべながら言った。


「すみません、スロースタートで。ここから本気でいきます……!」


キン!と、剣を弾いてから俺は視線を鋭くして殺すつもりで斬り込む。その意志が伝わったのか、グリーズ子爵は笑顔で答えた。


「上等!それでこそ剣鬼だ!」


キンキンキンと、金属が激しくぶつかる音がする。お互い本気で剣を振っているから風切り音もする。観客はその光景に目を丸くしているが、そんなことを気にせず俺とグリーズ子爵は互いに本気で殺しにかかる。


バトルオタクの素質はないはずなのになぁ。


何回、何十回、何百回打ち合っただろう。時には避けて、時には剣以外も使って文字通り死闘を繰り広げて、互いに互いしか見ていなかった。サーシャやローリエ、ミントにバジルにも見せられない光景だなと思いつつ、鍔迫り合いをしていると、グリーズ子爵が笑いながら言った。


「見事です剣鬼!引退したとは思えないほどの力量です!」

「騎士団長に褒められるとは嬉しい限りです」


ギリギリ!と互いの力で剣が軋む。おそらく俺とグリーズ子爵の力にこの剣が悲鳴をあげているのだろう。安物の訓練剣だから仕方ないが、それを忘れて打ち合う。


何度も何度も何度も……が、やがて限界がきたのだろう。そのことを忘れて打ち合う何度目かの斬撃に剣は明確な形で悲鳴をあげて刃先が割れた。


バキン!といい音がして互いに互いの喉元に半分になった剣を突きつけた状態で制止する。


「ここまで――かな?」

「ですね」


そうお互いに息を吐いて剣を納める。と、この光景に見とれていた審判は慌てたように言った。


「そ、そこまで!引き分けです!」


その言葉に会場は盛り上がる。今更ながらやりすぎたことを反省しつつ俺はため息をつくのだった。




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